Malwarebytesは2026年2月18日、GoogleのAIアシスタント「Gemini」を偽装したチャットボットが、架空の暗号通貨「Google Coin」のプレセールサイト上で稼働していることを報告した。このボットはGemini風のブランディングを施し、訪問者に対して1トークンあたり3.95ドルのプレセール価格、上場予定価格27.55ドル、約7倍のリターンといった具体的な収益予測を提示し、暗号通貨の送金へ誘導していた。
Googleは独自の暗号通貨を発行しておらず、プレセールも実施していない。サイトにはOpenAI、Google、Binance、Coinbase、SpaceXなどのロゴが無断で掲載されていた。Chainalysisによると、暗号通貨詐欺ウォレットへの資金流入の約60%がAIツールを使用する詐欺師に関連している。FTCのデータでは、米国の消費者が2024年に投資詐欺で報告した損失額は57億ドルで、前年比24%増であった。
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Scammers use fake “Gemini” AI chatbot to sell fake “Google Coin”
【編集部解説】
今回報告された事案は、AIチャットボットが詐欺の「営業担当者」として機能するという、従来の暗号通貨詐欺とは質的に異なる進化を示しています。従来の詐欺では、Telegramなどのメッセージアプリ上で人間のオペレーターが一対一で被害者を説得するのが一般的でした。この手法には、人件費と対応可能人数という明確な制約がありました。
AIチャットボットの導入は、その制約を根本から取り払います。24時間365日、同時に数百人と「会話」でき、感情的に疲弊することもなく、設定されたペルソナを決して崩しません。さらに重要なのは、被害者の質問に応じてカスタマイズされた収益予測を提示できる点です。これは単なる自動応答ではなく、対話型のソーシャルエンジニアリングの自動化と言えます。
この事案で注目すべきもう一つの側面は、ブランドの信頼性を「二重に」悪用している構造です。一つはGoogleという企業ブランド、もう一つはGeminiというAIアシスタントのブランドです。AIアシスタントが「知的で信頼できる存在」として社会に浸透しつつある今、その信頼そのものが攻撃ベクトルになっています。
背景にあるデータも深刻です。Chainalysisが2026年1月に公開したレポートによると、2025年の暗号通貨詐欺による損失は推定170億ドルに達し、過去最高を記録しました。AIベンダーとのオンチェーンリンクを持つ詐欺は、1オペレーションあたり平均320万ドルの収益を上げており、AI未使用の詐欺と比べて約4.5倍の規模です。また、なりすまし詐欺は前年比で1,400%増加しています。
規制面では、現在のところAIチャットボットを使った詐欺に特化した法的枠組みは確立されていません。既存の詐欺防止法やフィッシング対策は人間による行為を前提としている部分が多く、AIが自律的にセールストークを展開するケースへの対応は追いついていないのが現状です。今後、AIが生成するコンテンツの出所を証明する仕組みや、正規のAIアシスタントであることを検証可能にする認証基盤の整備が求められるでしょう。
技術的な視点から見ると、この事案はAIの「アライメント(整合性)」問題の裏返しでもあります。正規のAIサービスは有害な出力を防ぐためにガードレールを設けていますが、詐欺師はその制約を意図的に外し、「絶対にキャラクターを崩さない」「詐欺の可能性を認めない」という、いわば”悪意のアライメント”を施しています。AI安全性の議論が学術的な領域にとどまらず、消費者保護の現場に直結する問題であることを、この事例は示しています。
【用語解説】
プレセール(Presale)
暗号通貨トークンが取引所に正式上場する前に、初期投資家向けに割引価格で販売する仕組み。正規プロジェクトでも行われるが、詐欺の手口としても頻繁に悪用される。
トークン(Token)
ブロックチェーン上で発行されるデジタル資産の総称。独自のブロックチェーンを持つ「コイン」とは異なり、既存のブロックチェーン基盤上に構築される。
ソーシャルエンジニアリング(Social Engineering)
技術的な脆弱性ではなく、人間の心理的弱点を突いて情報や金銭を詐取する手法の総称。信頼の構築、緊急性の演出、権威の偽装などが典型的な手口である。
オンチェーン(On-chain)
ブロックチェーン上に記録された取引やデータを指す。オンチェーン分析により、資金の流れを追跡し、不正なウォレットアドレスを特定できる。
アライメント(Alignment)
AI分野において、AIシステムの動作を人間の意図や価値観と一致させる取り組みを指す。本記事では、詐欺師が「絶対に詐欺を認めない」というルールをボットに組み込んだことを”悪意のアライメント”と表現している。
ガードレール(Guardrails)
AIモデルが有害・不適切な出力をしないよう設けられた安全機構。正規のAIサービスは、違法行為の助長や虚偽情報の生成を防ぐ制約を備えている。
IOC(Indicators of Compromise/侵害指標)
セキュリティ侵害やサイバー攻撃の痕跡を示す技術的情報。不正なウォレットアドレス、IPアドレス、ドメイン名などが含まれる。
【参考リンク】
Malwarebytes公式サイト(外部)
マルウェア対策やウェブ保護ツールを提供するサイバーセキュリティ企業。本記事の原報告元。
Chainalysis公式サイト(外部)
ブロックチェーン分析プラットフォーム企業。年次レポート「Crypto Crime Report」を発行している。
Google Gemini(外部)
Googleが開発・提供するAIアシスタント。本件では名称とブランディングが詐欺に無断悪用された。
FTC(米国連邦取引委員会)公式サイト(外部)
米国の消費者保護と競争促進を管轄する連邦機関。詐欺被害データを収集・公開している。
OpenAI公式サイト(外部)
ChatGPTなどのAIモデルを開発する企業。本件の詐欺サイトにロゴが無断掲載された。
Binance公式サイト(外部)
世界最大級の暗号通貨取引所。本件の詐欺サイトにロゴが無断掲載された企業の一つ。
【参考記事】
AI-Powered Crypto Scams: How AI is Being Used for Fraud(外部)
Chainalysisの分析。暗号通貨詐欺ウォレットへの入金の約60%がAI活用詐欺に関連すると報告。
AI, Impersonations Drove Crypto Scam Losses to Record $17 Billion in 2025: Chainalysis(外部)
2025年の暗号通貨詐欺損失が推定170億ドルに到達。AI活用詐欺は未使用の約4.5倍の収益を記録。
New FTC Data Show a Big Jump in Reported Losses to Fraud to $12.5 Billion in 2024(外部)
FTC公式発表。2024年の米国消費者の投資詐欺損失が57億ドル(前年比24%増)で最大カテゴリ。
Scam Abuses Gemini Chatbots to Convince People to Buy Fake Crypto(外部)
Dark Readingの報道。偽Geminiボットが人間の営業のように振る舞い一度もキャラクターを崩さなかった点を詳報。
Chainalysis: Impersonation and AI scams are becoming crypto’s biggest threat(外部)
CoinDeskの報道。なりすまし詐欺がサイバー攻撃を上回り暗号通貨の主要な損失要因になりつつあると分析。
【編集部後記】
AIチャットボットが「信頼できる相談相手」として日常に溶け込みつつある今、その信頼そのものが攻撃の入口になり得るという現実が見えてきました。
「このボットは本物か?」と立ち止まる感覚を、私たち自身もアップデートしていく必要がありそうです。みなさんは普段、AIアシスタントの真正性をどのように判断されていますか?







































