三菱電機は、プラスチックのケミカルリサイクルにおけるマイクロ波加熱技術を開発し、従来比約5倍の分解効率を実現した。
同社は加熱効率の高い10GHz程度の高周波を選定し、プラスチックと触媒の混合比を最適化することで世界最高の分解効率を達成した。
従来は2.45GHzのISM帯が使用されてきたが、加熱時間が長く電力コストが高い課題があった。今回、複数の共振器を用いた電波漏洩抑圧技術も確立し、開口状態でもマイクロ波を照射できる分解装置を可能にした。
これにより連続投入が可能となり、ケミカルリサイクルの低コスト化に貢献する。
本技術はマイクロウェーブ展2025で11月26日から28日にパシフィコ横浜で出展される。三菱電機は2030年までの製品化を目指し、実証研究を進める。
From:
世界最高のプラスチック分解効率を実現するマイクロ波加熱技術を開発
【編集部解説】
三菱電機が発表したマイクロ波加熱技術は、プラスチックリサイクルの世界で長年の課題を解決する可能性を秘めています。この技術の核心は、周波数の選択という極めてシンプルながら効果的なアプローチにあります。
これまでマイクロ波加熱といえば、2.45GHzのISM帯が業界標準でした。これは電子レンジと同じ周波数で、ライセンス不要で使えるという利便性から広く採用されてきました。しかし三菱電機は触媒の加熱特性を詳細に測定し、10GHz程度の高周波の方が加熱効率が圧倒的に高いことを突き止めました。

この発見の意味は小さくありません。加熱効率が高いということは、昇温速度が速く、加熱時間を短縮でき、必要な電力量も削減できるということです。従来比約5倍という分解効率の向上は、ケミカルリサイクルの経済性を根本から変える可能性があります。
もう一つの技術的ブレークスルーは、電波漏洩抑圧技術です。従来のバッチ式では、加熱時に装置の開口部を閉じる必要がありました。これではプラスチックを連続的に投入できず、効率に限界がありました。三菱電機は複数の共振器を用いて「電波の壁」を作り出し、開口状態でもマイクロ波を照射できる装置を実現しました。

これは単なる技術改良ではありません。連続投入が可能になることで、プラスチックリサイクル施設の処理能力が飛躍的に向上し、運用コストも大幅に削減できます。大量のプラスチック廃棄物を効率的に処理する道が開けるのです。
日本におけるプラスチックリサイクルの現状を見ると、この技術の重要性がより明確になります。日本の資源循環戦略では、2025年までにすべてのプラスチック包装をリサイクル可能または再利用可能にし、2030年までにプラスチック容器・包装の60%を再利用またはリサイクルするという目標が掲げられています。しかし現実には、日本のマテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの合計は22〜25%程度にとどまっており、サーマルリサイクル(焼却によるエネルギー回収)が主流となっています。
ケミカルリサイクルは、プラスチックを分子レベルまで分解して化学原料に戻す技術です。マテリアルリサイクルと比較して、異なる種類のプラスチックが混在していても処理でき、品質劣化の問題も回避できます。しかし高い電力コストがネックとなり、普及が進んでいませんでした。
三菱電機の技術は、まさにこの経済性の壁を突破する可能性を持っています。2030年の製品化を目指すとしていますが、これは日本のプラスチック循環戦略の目標時期とも重なります。技術が実用化されれば、日本のケミカルリサイクル率を大きく押し上げる原動力となるでしょう。
また、再生可能エネルギー由来の電力でマイクロ波を生成すれば、製造時のCO2排出も大幅に削減できます。カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーという二つの目標を同時に達成する技術として、世界的にも注目される可能性があります。
2025年3月に日本最大級のプラスチックリサイクル施設「J Circular System」の稼働式が行われるなど、日本国内でプラスチックリサイクルのインフラ整備が急速に進んでいます。このタイミングでの高効率マイクロ波技術の発表は、日本がプラスチック循環型社会の実現に向けて本格的に動き出していることを示しています。
【用語解説】
ケミカルリサイクル
廃プラスチックを加熱して化学原料に分解し、その化学原料を合成することでプラスチックに戻すリサイクル手法である。マテリアルリサイクル(物理的に分解・選別して再生材料とする方法)やサーマルリサイクル(燃料として燃やし熱を利用する方法)と並ぶ主要なリサイクル技術の一つである。
ISM帯
Industrial, Scientific and Medical Bandの略称で、産業、科学、医療の用途に利用されることを目的とした周波数帯である。902-928MHz、2.4-2.5GHz、5.725-5.875GHzなどが一般的で、特定のライセンスなしで利用できるため扱いやすい。
共振器
特定の周波数で電磁波を共振させる装置である。マイクロ波加熱装置では、複数の共振器を用いて電波の壁を作り出し、開口部からの電波漏洩を抑制する技術に応用されている。
触媒
化学反応を促進する物質である。プラスチックのマイクロ波加熱分解では、触媒がマイクロ波を吸収して熱に変換し、効率的な分解を実現する。
マイクロ波加熱
マイクロ波を物質に照射して内部から直接加熱する技術である。従来の外部加熱と比較して、加熱速度が速く、選択的な加熱が可能で、エネルギー効率が高いという特徴がある。
サーキュラーエコノミー(循環型経済)
資源を採取、製造、消費、廃棄するという一方通行の経済モデルから脱却し、製品や資源を循環させることで廃棄物の発生を最小限に抑える経済システムである。
【参考リンク】
三菱電機株式会社 公式サイト(外部)
日本の大手総合電機メーカー。社会システム、エネルギー、FAシステム、自動車機器など幅広い事業を展開
三菱電機 情報技術総合研究所(外部)
今回のマイクロ波加熱技術を開発した研究開発拠点。神奈川県鎌倉市に所在する三菱電機の中核研究所
マイクロウェーブ展2025(MWE2025)(外部)
マイクロ波技術に関する国際展示会。2025年11月26日から28日にパシフィコ横浜で開催される
環境省 プラスチック資源循環戦略(外部)
日本政府が2019年に策定したプラスチックの3R+Renewableを推進する戦略資料を公開
【参考記事】
Mitsubishi’s microwave technology cuts plastic recycling time by two-thirds(外部)
三菱電機のマイクロ波技術が加熱時間を最大3分の1に短縮しプラスチックリサイクルを革新する内容を報じている
Continuous process design of the microwave chemical recycling of waste plastics(外部)
マイクロ波吸収加熱素子を用いたプラスチック廃棄物のケミカルリサイクルの連続プロセス設計に関する学術論文
After years of dabbling, Japan gets serious about plastics recycling(外部)
日本がプラスチックリサイクルに本格的に取り組む背景と各企業の技術開発状況を詳細に報じている
How Japan is using the circular economy to recycle plastics(外部)
日本の循環型プラスチック経済への取り組みを文化的背景から解説し伝統と現代政策の結びつきを論じる
Japan’s Largest Plastic Recycling Facility Begins Full-Scale Operations(外部)
2025年4月から本格稼働を開始した日本最大級のプラスチックリサイクル施設に関する発表
Japan Recycled Plastic Materials(外部)
日本がリサイクル材料の使用を義務化する法改正を2025年2月に承認し循環型経済市場が拡大している状況を報告
【編集部後記】
プラスチック問題の解決策として、私たちはこれまで「使わない」「燃やす」という選択肢に目を向けがちでした。しかし三菱電機の技術は、「使ったものを効率的に循環させる」という第三の道を現実的なものにしようとしています。周波数を変えるだけで効率が5倍になるという発見は、まだ私たちが気づいていない解決策が身近なところに眠っているのかもしれないと教えてくれます。2030年の製品化まであと5年。この技術が実用化される頃、私たちの日常で捨てるプラスチックがどのように生まれ変わるのか、ぜひ注目してみてください。

























