2025年6月13日、米国マサチューセッツ州ボストンのMITエドワード&ジョイス・リンド音楽館Thomas Tull Concert Hallで、国際コンピュータ音楽会議(ICMC 2025)の公式プログラムとして「FUTURE PHASES」コンサートが実施された。
MIT音楽テクノロジー&計算大学院プログラム主催の本公演では、A Far Cry弦楽オーケストラがEvan ZiporynとEran Egozyによる「EV6」(世界初演)、Tod Machover「FLOW Symphony」(米国初演)、Ali Balighi「The Wind Will Carry Us Away」、Celeste Betancur Gutiérrez&Luna Valentin「A Blank Page」、Peter Lane「Coastal Portrait: Cycles and Thresholds」を演奏。
特に「EV6」では観客がスマートフォンを持ち演奏参加。終演後はMIT学生・研究者による音楽テクノロジーデモンストレーションも披露された。
From: “FUTURE PHASES” showcases new frontiers in music technology and interactive performance
【編集部解説】
このMITのコンサートが示唆しているのは、単なる音楽とテクノロジーの融合を超えた、より根本的な変化です。今回のイベントは、音楽体験における「参加」の定義を再構築している重要な実例といえるでしょう。
従来の音楽テクノロジー分野においては、電子音楽の演奏は小規模なアンサンブルか、完全にコンピュータベースのパフォーマンスに限られることが多く、18人編成のフルオーケストラが電子機器と共演するのは極めて稀でした。この点で今回の企画は、音楽テクノロジーの新たな可能性を探る実験的な取り組みとして評価できます。
特に注目すべきは「EV6」における観客参加システムです。従来のコンサートホールで観客は受動的な聞き手でしたが、ここでは各自のスマートフォンを楽器として使用し、オーケストラの一員として演奏に参加します。これは単なる技術的な新奇性ではなく、音楽体験の民主化とも捉えられるでしょう。
AI技術の音楽制作への導入については、「FLOW Symphony」が示すアプローチが興味深いものです。川の流れの音を録音し、それをAIが弦楽器の音と融合させることで、自然音と人工音の境界を曖昧にしています。さらに、オンライン版では聴衆がダイヤルで楽曲の展開を操作できる「AI Radio」機能も開発されており、従来の作曲家と聴衆の関係性も変化させる可能性があります。
一方で、こうした技術革新には潜在的なリスクも存在します。観客参加システムが普及すれば、音楽ホールにおける静寂や集中といった伝統的な価値観の変化が懸念されます。また、AI生成音楽の発展は、作曲家やミュージシャンの創作プロセスや著作権の概念にも影響を与える可能性があります。
技術的な観点からも、この取り組みは複数の先端領域を統合しています。リアルタイム信号処理、生成AI、モバイルアプリケーション、空間音響システムなど、これらの技術が一つのパフォーマンスで統合されることで、今後の音楽制作やライブエンターテインメント業界に与える影響は大きいでしょう。
長期的な視点では、このプロジェクトはMITの新設音楽テクノロジー&計算大学院プログラムの研究基盤を示すものでもあります。音楽・工学・コンピュータサイエンスの学際的アプローチが、次世代の音楽技術者やアーティストの育成につながることで、音楽産業全体のイノベーションが加速される可能性があります。
また、世界的な音楽技術カンファレンスで披露されたことで1、こうした実験的手法が国際的に普及し、各地の音楽機関やアーティストによる類似の取り組みが生まれることも期待されます。これにより、音楽とテクノロジーの融合は一層多様化し、新たな表現形式が創出されていくでしょう。
【用語解説】
EV6:
MITのZiporyn、Egozyによる新作。観客参加型でスマートフォンを使う現代音楽。
FLOW Symphony:
Tod Machoverによる、電子音楽と弦楽オーケストラのコラボレーション作品。
Tutti:
MIT開発、観客全員のスマートフォンをリアルタイム楽器化するシステム。
A Far Cry:
ボストン拠点、グラミー賞ノミネートの自律型弦楽オーケストラ。
ICMC:
International Computer Music Conference、電子音楽とテックの世界最大級学術会議。
ジェネレーティブAI:
入力データに応じ音楽・映像・テキストなどを自動生成するAI技術全般。
リアルタイム信号処理:
音声などアナログ/デジタル信号を即時に変換・加工する技術群。
【参考リンク】
MIT Music Technology and Computation Graduate Program(外部)
MITの音楽テクノロジーと計算学の大学院課程。研究、教育、社会実装を推進している。
A Far Cry(外部)
ボストン拠点の室内オーケストラ。グラミーノミネート歴もある協働型アンサンブル。
Tutti(外部)
MITが開発した観客参加型音楽演奏システム。スマホで合奏体験ができる。
Tod Machover(外部)
MITメディアラボ教授。電子音楽・拡張楽器・創造的AI研究の世界的権威。
ICMC 2025(外部)
2025年6月8〜14日、ボストン各所で開かれた国際コンピュータ音楽会議の公式サイト。
【参考動画】
【参考記事】
“FUTURE PHASES showcase new frontiers of music technology and interactive performance”(外部)
MIT News公式記事。イベントの概要、参加アーティスト・システム、実験的な試みやテクノロジーの詳細を網羅的に解説している。
Music Technology and Computation Graduate Program (MTC)(外部)
MIT公式。プログラム内容、研究分野、狙いを解説。最新の音楽×テクノロジー教育・研究拠点の全体像に触れられる。
ICMC Conference 2025 – International Computer Music Association(外部)
2025年開催の国際コンピュータ音楽会議の公式ページ。会期・主催校・会議テーマ概要を確認できる。
【編集部後記】
「楽器はできないけど、みんなでセッションしようぜ!」そんな声が友人同士のパーティで聞こえる日も、そう遠くないかもしれません。今回のMITコンサートで観客がスマートフォンを手に演奏参加した光景は、音楽の「敷居の高さ」を一気に下げる可能性を秘めています。
従来、音楽セッションといえば楽器を習得した人たちの特権でした。しかし、Tuttiのような技術が普及すれば、リビングに集まった友人たちが各自のスマホを手に、即席バンドを結成することも夢ではありません。ピアノが弾けなくても、ギターを持っていなくても、みんなでリズムを刻み、メロディーを重ね、ハーモニーを作り上げていく。そんな体験が、特別な機材も知識もなしに実現できる時代が到来しつつあります。
技術の進歩によって、楽器経験がなくても気軽に音を紡ぎ、仲間と一緒に何かを創り上げる喜びを味わえる未来が見えてきました。音楽は「聴く」ものから「一緒に作る」ものへと変化し、私たちの日常にもっと身近に溶け込んでいくかもしれません。あなたなら、どんな「みんなでできる音楽体験」を試してみたいですか?
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