イーライリリー社は木曜日、経口薬オルフォルグリプロンの初期試験結果を発表しました。
この18ヶ月間の試験には、平均開始体重228ポンド、BMI37の成人3,000人以上が参加。参加者はオルフォルグリプロン6mg、12mg、36mg、またはプラセボを投与されました。
最低用量で8%未満、中間用量で9%の体重減少が見られ、最高用量では平均12%(約27ポンド)の体重が減少。これはプラセボの2ポンドを上回る結果です。
最高用量群では参加者の約60%が10%以上、40%が15%以上の体重を減らしました。副作用には吐き気や便秘などがあり、各用量群で20%以上の参加者が試験から脱落。同社は2025年末までに薬事承認申請を行う計画です。
From Eli Lilly’s Obesity Pill Shows Promising Weight Loss in New Results
【編集部解説】
イーライリリー社が開発中の経口肥満治療薬「オルフォルグリプロン」のニュースについて、その背景と未来への影響を解説します。単なる新薬のニュースとしてではなく、私たちの生活や医療がどう変わるのか、という視点でお読みいただければ幸いです。
注射から「飲む」へ、治療のハードルを大きく下げる一歩
このニュースの最大のポイントは、これまで注射が主流だった「GLP-1受容体作動薬」というタイプの薬が、本格的な「経口薬(飲み薬)」として登場する可能性が示された点にあります。GLP-1作動薬は、脳の食欲中枢に働きかけて満腹感を持続させ、食欲を抑えることで体重減少を促す画期的な医薬品です。
しかし、これまでの代表的な薬「ウゴービ」や「ゼップバウンド」は週1回の自己注射が必要でした。注射という行為は、多くの人にとって心理的・物理的な負担が伴います。オルフォルグリプロンが毎日飲むだけの錠剤になれば、肥満治療のハードルは劇的に下がり、より多くの人が治療の選択肢として検討しやすくなるでしょう。
12%減量の「現実的な効果」と副作用のバランス
今回の試験で示された約12%の体重減少という数値は、正直に言って既存の注射薬が達成した15%~22%超という効果には及びません。しかし、これは失敗を意味するわけではありません。むしろ、利便性と効果の「トレードオフ」として捉えるべきでしょう。
毎日手軽に飲めるという大きなメリットがあれば、最大の効果よりも「続けやすさ」を重視する人にとっては、非常に魅力的な選択肢となります。特に、ノボノルディスク社が先行して開発した経口薬「リベルサス」と異なり、食事や飲水の制限なく服用できる点は、日常生活への溶け込みやすさで大きなアドバンテージです。
一方で、無視できないのが副作用です。吐き気や嘔吐、下痢といった消化器系の症状が報告されており、各用量群で20%以上の参加者が試験期間中に脱落しました。安全な薬ではあるものの、この「続けにくさ」が、実際の普及における課題となる可能性は否定できません。
技術的なブレークスルー:「低分子化合物」というイノベーション
なぜ今まで「飲むGLP-1薬」の開発は難しかったのでしょうか。それは、従来のGLP-1薬が「ペプチド」という大きな分子でできており、そのまま飲むと胃腸で分解されてしまい、体内にうまく吸収されなかったためです。
オルフォルグリプロンが画期的なのは、この課題を「低分子化合物」というアプローチで解決した点にあります。分子を小さくすることで、消化管からの吸収を可能にし、経口投与を実現しました。これは製薬技術における大きな進歩であり、今後の医薬品開発にも影響を与える可能性を秘めています。
未来への影響:肥満治療が「当たり前」になる時代の幕開け
この薬が2025年末に承認申請され、順調にいけば2026年にも市場に登場する可能性があります。経口薬の登場は、製造コストの低下や流通のしやすさにも繋がり、高額だった治療費が下がることも期待されます。そうなれば、肥満治療は一部の人のための特別なものではなく、高血圧や高脂血症の治療のように、誰もが当たり前に選択できる時代が来るかもしれません。
もちろん、これは始まりに過ぎません。イーライリリー社も、さらに効果の高い別の経口薬を開発中です。今回のオルフォルグリプロンは、注射から経口薬へと移行する「架け橋」としての役割を担い、私たちの健康とライフスタイルを大きく変える確かな一歩と言えるでしょう。
【用語解説】
GLP-1受容体作動薬
グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)という、食後に小腸から分泌されるホルモンに作用する薬である。脳の視床下部に働きかけて食欲を抑制したり、胃の内容物の排出を遅らせたりすることで満腹感を持続させる効果がある。もともとは2型糖尿病の治療薬として開発されたが、高い体重減少効果が認められたため、肥満治療薬としても応用されている。
BMI(ボディマス指数)
Body Mass Indexの略で、体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数である。体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出する。日本では18.5未満が「低体重」、18.5以上25未満が「普通体重」、25以上が「肥満」とされる。
プラセボ
偽薬(ぎやく)とも呼ばれる。有効成分を含まない、見た目や味などを本物の薬に似せたもののことである。臨床試験において、薬の有効性を客観的に評価するために用いられる。プラセボを投与されたグループと、本物の薬を投与されたグループの結果を比較することで、薬本来の効果を測定する。
生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)
投与された薬物が全身の循環血中に到達し、作用部位で効果を発揮する量の割合を示す指標である。経口薬の場合、消化管で吸収され、肝臓で代謝される過程で一部が失われるため、この数値が低いと十分な効果が得られないことがある。
低分子化合物
分子量が比較的小さい(一般的に500~1,000以下)有機化合物のことである。分子が小さいため、細胞膜を通過しやすく、経口投与でも体内に吸収されやすいという特徴を持つ。オルフォルグリプロンは、この技術を用いることで経口での投与を可能にした。
【参考リンク】
イーライリリー・アンド・カンパニー(外部)
1876年設立のアメリカの製薬会社。オルフォルグリプロンやゼップバウンドの開発元。
ノボノルディスク(外部)
デンマークの製薬会社。GLP-1薬のウゴービやオゼンピックを開発・販売している。
Zepbound®(ゼップバウンド)(外部)
イーライリリー社が開発した週1回投与の注射剤。高い体重減少効果が示されている。
Wegovy®(ウゴービ)(外部)
ノボノルディスク社が開発した週1回投与の注射剤。肥満治療で広く使用されている。
【参考動画】
【参考記事】
Lilly’s oral GLP-1, orforglipron…(外部)
イーライリリー社の公式発表。第3相臨床試験で平均12.4%の体重減少を達成したと報告。
Eli Lilly’s much-anticipated obesity pill…(外部)
医療メディアSTATの記事。結果は既存の注射薬に及ばず「控えめ」と評価している。
Trial: Eli Lilly obesity pill…(外部)
CNBCの記事。アナリストの期待値には届かなかった点を指摘しつつ、専門家の声を紹介。
【編集部後記】
注射から「飲む」治療へ。この変化は、私たちの健康管理の常識を大きく変えるかもしれません。
もし、かつては特別な治療だった肥満対策が、サプリメントのように手軽な選択肢になったら、あなたのライフスタイルやウェルネスへの考え方はどう変わるでしょうか。ぜひ皆さんの未来像をお聞かせください。