1926年8月13日、東北帝国大学の研究室で一つの特許が取得されました。八木・宇田アンテナ——魚の骨のような形状を持つ、後に世界標準となる技術です。それから60年後の1986年8月13日、種子島の空に打ち上げられた日本初のアマチュア人工衛星「ふじ1号」。
2つの出来事は、アマチュア無線家という存在によって深く結びついています。
魚の骨が世界標準になるまで
1926年、八木秀次教授と宇田新太郎助教授が共同で発明した八木・宇田アンテナ。当時の無線通信が抱えていた課題——電波を特定の方向に集中させる——をシンプルな構造で解決しました。
中央の輻射器が電波を送受信し、後方の反射器が電波を前方へ押し出し、前方の複数の導波器が電波を導く。金属棒の配置だけで、電波に方向性を与える。八木が理論を、宇田が実験を担当した共同作業の結晶でした。
発明当初、日本国内での評価は限定的でした。しかしアメリカで「Yagi Antenna」として注目され、世界へ広がります。第二次世界大戦中、この日本発の技術は敵国のレーダーにも使われました。現在では、家庭の屋根、携帯電話基地局、宇宙通信まで、あらゆる場所で活躍しています。
技術は、思わぬ形で世界を巡るものかもしれません。
50kgの夢を宇宙へ
1986年8月13日午前、H-Iロケットが種子島から打ち上がりました。搭載されていた「ふじ1号」は、重量約50kg、26面体の小さな人工衛星です。正式名称はJAS-1、国際的にはFO-12(Fuji-OSCAR 12)。
このプロジェクトは、1970年代から日本アマチュア無線連盟を中心に検討が始まり、約10年をかけて実現しました。開発の多くを担ったのは、職業としてではなく、情熱として無線に向き合う人々でした。限られた予算、宇宙規格の信頼性、打ち上げ機会の獲得——困難の連続でしたが、技術者と一般のアマチュア無線家が一体となって実現へとこぎつけます。
高度約1,500kmの軌道に投入された「ふじ1号」は、145MHz帯のアップリンクと435MHz帯のダウンリンクで中継機能を提供しました。地球上の遠く離れた地点同士が、小さな設備で交信できる。世界中のアマチュア無線家が衛星を介して言葉を交わし、テレメトリを受信し、実験に協力しました。
国境を越えた協力が、このプロジェクトを支えていました。
60年を結ぶ糸
「ふじ1号」の地上局で使われたアンテナの多くは、八木・宇田アンテナでした。1926年の発明が、1986年の宇宙通信を支える。アマチュア無線家たちは、八木・宇田アンテナを改良し、性能を高め、ついには宇宙への扉を開きました。
単なる趣味の範疇を超えて、アマチュア無線家は電波通信技術の発展に貢献し続けてきました。自らの手で実験し、改良し、限界に挑む。「ふじ1号」の成功は、その後のふじ2号、ふじ3号へとつながり、日本のアマチュア衛星シリーズとして現在も運用が続いています。
技術は誰のものか
8月13日という日付に刻まれた2つの出来事。研究室で生まれた理論が、情熱を持つ人々の手で磨かれ、やがて宇宙へと到達する。
技術の力とは、発明そのものだけでなく、それを受け継ぎ、応用し、新たな可能性を切り開いていく人々の営みの中にあるのかもしれません。
Information
一般社団法人日本アマチュア無線連盟(JARL)
https://www.jarl.org/
1926年設立。アマチュア無線家による非営利団体として、周波数確保、制度改善、国際交流を推進し、日本のアマチュア無線文化を支えています。
公益財団法人日本無線協会
https://www.nichimu.or.jp/
無線従事者の国家試験や資格講習を実施。無線技術者の育成を通じて、電波利用の健全な発展に貢献しています。
用語解説
- 八木・宇田アンテナ(Yagi-Uda Antenna): 複数の金属棒を配置し、電波を特定方向に集中させる指向性アンテナ。輻射器、反射器、導波器から構成される。
- アマチュア無線: 金銭的利益を目的とせず、個人的な興味により行う無線通信。技術研究、国際交流、災害時通信など多様な役割を持つ。
- OSCAR(Orbiting Satellite Carrying Amateur Radio): アマチュア無線用人工衛星の国際的な呼称シリーズ。1961年の第1号以来、世界各国で開発が続いている。
- トランスポンダ: 受信した電波を増幅し、周波数を変換して再送信する中継装置。衛星通信において地上局間の通信を可能にする。































