英国、AIチップ設計で国家主権確立へ—CST「20年に一度の機会」、NVIDIA依存からの脱却目指す

英国、AIチップ設計で国家主権確立へ—CST「20年に一度の機会」、NVIDIA依存からの脱却目指す - innovaTopia - (イノベトピア)

英国科学技術評議会(CST)は2025年8月19日、英国政府に対し世界クラスのAIチップ設計産業構築を促す報告書を発表した。

同評議会は、これを「20年に一度の機会」と位置付け、国家安全保障と主権の観点から重要だと強調している。特殊AIチップ市場は年間30%の成長を続け、2030年までに世界の半導体産業全体の半分以上を占める見込みである。

報告書は、チップ設計とチップ製造は異なる分野であり、設計は英国の強みを活かせる創造的で知識集約的なプロセスだと指摘する。

英国は今後5年間で50の新しいAIチップ製品を設計する目標を掲げているが、現在約7,000人の設計者が不足し、目標達成には追加で5,000人、合計12,000人の設計者が必要となる。

ベスパーテック社共同創設者のフィリップ・ケイ氏は、英国の半導体研究の世界的優位性を評価する一方、NVIDIAなどの巨人が数十年かけて築いたネットワークとの競争の困難さを指摘している。

From:文献リンクUK urged to seize ‘once-in-20-years’ AI chip design opportunity

【編集部解説】

このニュースの本質は、単なる技術政策の話にとどまらず、英国の国家戦略における重要な分岐点を表している点です。特に注目すべきは、政府公式文書でも確認された数値の正確性で、現在の英国における深刻なスキル不足の実態が具体的に明らかになっています。

チップ設計と製造の違いを理解することが、このニュースを読み解く鍵となります。製造には数兆円規模の工場建設が必要な一方、設計は比較的少ない初期投資で始められる知識集約型産業です。英国政府のアドバイザリー機関である科学技術評議会(CST)が着目したのは、まさにこの点でした。

深刻なスキル不足の実情について具体的な数字を見てみましょう。英国は現在、年間約9,000人の電子工学エンジニアを輩出していますが、そのうちチップ設計者になるのはわずか10%程度とされています。これでは5年間で4,500人の設計者しか確保できず、必要な12,000人の3分の1程度にしかなりません。

興味深いのは、Armの事例が「失われた機会」として言及されている点です。Cambridge生まれのArmは2016年にソフトバンクに売却され、現在はナスダック上場企業として大部分の従業員が英国外で働いています。同社がAIに将来を賭けている現状を考えると、英国にとって痛恨の事例と言えるでしょう。

このニュースが示唆する長期的な影響は複層的です。まず、国家安全保障の観点から、重要インフラが単一の海外サプライヤーに依存するリスクを回避できる可能性があります。次に、AIチップ市場の年間30%成長という爆発的拡大の恩恵を、消費者から創造者として享受できる立場に転換できるかもしれません。

一方で潜在的なリスクも存在します。NVIDIAが数十年かけて築いたエコシステムとの競争は容易ではなく、高額な設計ツールやライセンスへのアクセス確保が課題となります。政府による貿易協定レベルでの介入が必要とされる理由もここにあります。

光エレクトロニクス分野での英国の優位性は、特に注目すべき要素です。この技術は次世代AIシステムに不可欠であり、英国が既に「文字通り輝いている」分野として言及されています。これは英国が単に追従者ではなく、特定領域でリーダーシップを発揮できる可能性を示唆しています。

規制面では、複数の政府部門間の連携不足が指摘されており、科学技術革新省(DSIT)と国防省の縦割り行政を解消する必要性が浮き彫りになっています。商業と防衛の両方のニーズに対応できる技術開発体制の構築が急務となっています。

【用語解説】

CST(科学技術評議会)
英国首相に対して科学・技術政策について独立したアドバイスを提供する政府機関である。科学、工学、技術、数学分野での政策立案をサポートしている。

チップ設計(Chip Design)
半導体チップの論理回路や機能を設計する知識集約的プロセスである。巨額の設備投資が必要な製造とは異なり、比較的少ない初期投資で開始できる。

ASIC(Application-Specific Integrated Circuit)
特定用途向け集積回路の略称で、特定の機能やアプリケーションに特化して設計されたカスタムチップである。汎用チップと比べて性能や電力効率が最適化されている。

光エレクトロニクス(Optoelectronics)
光と電子を融合した技術分野で、光を利用してデータ伝送を行う。次世代AIシステムに不可欠な技術として注目されている。

TPU(Tensor Processing Unit)
Googleが開発した機械学習専用のカスタムASICで、TensorFlowベースの処理に最適化されている。AI計算の高速化と電力効率化を実現する。

【参考リンク】

Council for Science and Technology(科学技術評議会)(外部)
英国首相にアドバイスを提供する独立機関。AIチップ産業に関する今回の報告書も同機関が作成した。

Vespertec(外部)
データセンター向け高性能インフラを専門とする英国企業。共同創設者が記事内でコメントしている。

【参考記事】

Council for Science and Technology advice on building a sovereign AI chip design industry in the UK(外部)
英国政府公式の科学技術評議会報告書。具体的な数値目標と人材不足について詳述している。

UK advisory body wants investment in local AI chips(外部)
The Register誌による分析記事。Armの売却を「失われた機会」として詳しく解説している。

AI Chips Market Size, Share and Forecast, 2025-2032(外部)
世界AIチップ市場の詳細分析。2032年に4,590億ドル市場への成長予測を提供している。

AI Chip Statistics 2025: Funding, Startups & Industry Giants(外部)
2025年AIチップ市場統計。NVIDIAの86%シェアなど具体的市場データを掲載している。

Government urged to develop sovereign AI chip design industry(外部)
英国ITメディアによる政府政策分析。国家安全保障観点からの重要性について詳述している。

【編集部後記】

英国CST報告書が提起する「チップ設計の国家戦略」には、ソフトバンクによるArm買収以降の日本の動きを照らし合わせた視点も欠かせません。Armは2016年にソフトバンク傘下となりましたが、その後もグローバルな設計拠点としての機能を維持しています。しかし、日本国内でチップ設計分野が爆発的に拡大したという事実は現時点では乏しく、特許・人材ともにArm依存から抜け出せていません。

国内エレクトロニクス産業では、半導体製造分野の再興の機運が高まる一方で、設計分野に関する政策や育成策は限定的です。Arm買収は、日本が最先端技術集団への「窓口」を得るという意味では成果ですが、自前路線でチップ設計産業を体系的に育てる段階には至っていないのが現実です。

今回の英国の議論は、日本にも大きな示唆を与えていると感じます。AI、エッジコンピューティング、車載制御など次世代チップが牽引する技術領域で「設計から創造へ」と一歩踏み込む政策転換が必要なのかもしれません。みなさんは、Armから得られる知見やエコシステムを日本でどのように活かせると思いますか? ぜひご意見をシェアしてください。

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TaTsu
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