Eko Health社のAI聴診器、15秒で3つの心疾患を検出―TRICORDER研究で診断機会3.5倍向上を実証

 - innovaTopia - (イノベトピア)

インペリアル・カレッジ・ロンドンとインペリアル・カレッジ・ヘルスケアNHSトラストが、AI搭載聴診器を使った全国規模の研究「TRICORDER」を実施している。このデバイスはカリフォルニア州のEko Health社が製造し、トランプカードほどの大きさである。単誘導ECGセンサーとマイクアレイを搭載し、心不全、心房細動、心弁膜症の3つの心疾患を15秒で検出する。クラスIIa医療機器として英国医薬品・医療製品規制庁の承認を受けている。150万人の患者を対象とした初期研究では、AI聴診器で検査した患者は心房細動の診断率が3.5倍、心弁膜症の診断率が2倍高かった。300万人以上をカバーする予定である。英国国民保健サービスは、このツールにより患者1人当たり2,400ポンドの医療費削減が可能で、将来的に1億ポンド以上の節約効果があると推定している。

From: 文献リンクAI-powered stethoscope promises heart disease detection in seconds

【編集部解説】

この記事で紹介されているAI搭載聴診器は、医療診断の歴史的転換点を象徴する技術革新です。TRICORDER研究によって実証されたその効果は、単なる機器の改良を超えて、医療制度全体のパラダイムシフトを予感させます。

従来の聴診器は1816年の発明以来、基本的な設計が変わることなく200年以上使われてきました。今回のEko Health社のAI聴診器は、この歴史ある医療器具をデジタル時代に適応させた画期的な取り組みといえるでしょう。トランプカード程度の小さなデバイスに、単誘導ECGセンサーと音響マイクロフォンアレイを組み込み、クラウドベースのAI解析によって15秒という短時間で診断支援を実現しています。

特筆すべきは診断機会の大幅な向上です。従来の診察と比較して、心房細動の診断を受ける可能性が約3.5倍高く、心弁膜症が約2倍高く、心不全が2.33倍高かったという数値は、見逃されがちだった疾患の早期発見を可能にする可能性を示しています。これは医師の聴診技術に依存していた従来の診断方法の限界を、テクノロジーによって補完することを意味します。

Class IIa医療機器としての適合(CE/UKCA)とMHRA登録を取得していることも重要です。これにより、英国の一次診療でも身体診察に準じた検査として通常は口頭または黙示の同意で運用でき、導入障壁は低くなります。MHRAは規制監督と登録を担い、欧米ではFDA 510(k) 等の制度とも相まって医療AIの実用化が進んでいます。

経済的インパクトも見逃せません。NHS(英国国民保健サービス)は患者1人当たり2,400ポンドの医療費削減効果を試算しており、将来的には1億ポンド以上の節約が期待されています。これは早期診断により緊急搬送や入院の必要性を減らすことで実現される効果です。

ただし、AI診断支援技術には潜在的なリスクも存在します。医師の診断スキルへの過度な依存減少、誤診の責任所在の曖昧化、データプライバシーの問題などが挙げられます。また、AIアルゴリズムの学習データに偏りがある場合、特定の人種や性別、年齢層での診断精度に差が生じる可能性も考慮する必要があります。

長期的な視点では、この技術は医療格差の解消にも寄与する可能性があります。専門医不足に悩む地域でも、一般開業医がより高度な診断を行えるようになれば、医療アクセスの改善につながるでしょう。さらに、テレメディシンとの組み合わせにより、遠隔地の患者に対しても質の高い心疾患スクリーニングを提供できるようになります。

規制面では、医療AIの承認プロセスの標準化が進むことも予想されます。今回の成功例は、他国の規制当局にとっても重要な参考事例となり、類似技術の承認を加速させる可能性があります。日本においても、このような診断支援AI技術の導入検討が活発化することが期待されます。

【用語解説】

心房細動(Atrial Fibrillation、AF)
心房が不規則に震えるように動く不整脈の一種。血栓形成により脳梗塞のリスクが高まる危険な疾患だが、自覚症状がない場合も多い。

心不全(Heart Failure、HF)
心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送れない状態。息切れ、疲労感、足のむくみなどの症状が現れる。

心弁膜症(Valvular Heart Disease、VHD)
心臓の4つの弁のうち1つ以上が正常に機能しない疾患。血液の逆流や狭窄を引き起こし、心機能に影響を与える。

単誘導ECG
心電図の一種で、1つの電極配置から心臓の電気活動を記録する方法。簡便で迅速な心拍リズムの評価が可能。

心音図(Phonocardiogram、PCG)
心臓の音を波形として記録・表示する検査法。心弁の開閉音や血流の音から心疾患の診断に活用される。

クラスIIa医療機器
EU医療機器規制における分類で、中程度のリスクを持つ医療機器。患者の特別な同意なしに医療現場で使用可能。

TRICORDER研究
スタートレックの医療スキャナーに由来する名称の研究プロジェクト。AI聴診器の有効性を検証する大規模臨床試験。

【参考リンク】

  1. Eko Health(外部)
    AI搭載デジタル聴診器を開発するカリフォルニア州の医療技術企業
  2. Imperial College London(外部)
    英国ロンドンにある世界トップクラスの研究大学でTRICORDER研究を主導
  3. 英国心臓財団(British Heart Foundation)(外部)
    英国最大の心疾患研究慈善団体で今回の研究にも資金提供
  4. NHS(National Health Service)(外部)
    英国の国民保健サービスでAI聴診器導入による医療費削減効果を試算
  5. 英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)(外部)
    英国の医薬品・医療機器の安全性と有効性を監督する政府機関

【参考記事】

  1. AI stethoscope rolled out to 100 GP clinics to help diagnose heart failure(外部)
    TRICORDER研究の詳細と£1.2millionの研究資金について報告
  2. Humble stethoscope gets an upgrade: AI helps it detect three heart conditions in 15 seconds(外部)
    200のGP診療所と150万人の患者を対象とした研究結果を詳述
  3. Triple cardiovascular disease detection with an artificial intelligence-enabled stethoscope (TRICORDER)(外部)
    TRICORDER研究の設計と根拠を詳細に説明した学術論文
  4. FDA clears Eko’s digital stethoscope AI for spotting cases of afib, heart murmur(外部)
    Eko Health社のAIアルゴリズムの技術的詳細を報告
  5. AI-powered stethoscope could pick up three heart conditions ‘within seconds’(外部)
    12,725人の患者を対象とした比較研究の詳細を報告

【編集部後記】

AI聴診器の登場は、私たちが普段受ける健康診断や医療体験を根本的に変える可能性を秘めています。15秒という短時間で3つの心疾患を同時に検出できるこの技術は、「新たな技術的革新」と言っても過言ではないでしょう。かかりつけ医での診察時にこのような最新技術が導入されたら、どのような変化を期待されますか?また、日本の医療現場でこうしたAI診断支援技術が普及する際に、どのような課題や機会がでてくるのか、興味深い記事でした。


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