コロラド大学ボルダー校、シラキュース大学、中国東方技術研究所の研究者が、機械学習を使用して疑問視されるオープンアクセス科学ジャーナルを特定する研究を実施した。
研究結果はScience Advances誌に掲載された。研究チームは約200,000のオープンアクセスジャーナルから15,191誌に絞り込み、AIモデルで1,437誌を疑問視される可能性のある雑誌として特定した。しかし人間による検証の結果、約1,092誌が真に疑問視される雑誌、345誌が偽陽性、1,782誌の問題雑誌が検出されずに残ることが判明した。偽陽性は全体の24パーセントに相当する。
研究を主導したダニエル・アクーニャはReviewerZero AIの創設者でもある。疑問視される雑誌とは編集基準が低く、著者から高額な手数料を徴収するが適切な編集レビューを提供しない出版物を指す。研究者らは現時点で具体的な雑誌名の公表は行わず、今後インデックスサービスや出版社との協力を検討している。
From: AI spies questionable science journals, with some human help
【編集部解説】
今回の研究が注目される背景には、科学出版業界における深刻な構造的問題があります。オープンアクセス運動は科学的知識の民主化を目指した素晴らしい取り組みでしたが、同時に「略奪的ジャーナル」という新たな問題を生み出しました。
こうした問題の一般的な傾向として、特に中国やインド、イランなど学術機関が成長段階にある国の研究者が標的にされやすいとされ、年間数百ドルから数千ドルという決して安くない出版料を騙し取られるケースが頻発しています。これは単なる経済的損失にとどまらず、科学的知識の信頼性そのものを脅かす深刻な問題といえるでしょう。
今回の研究で興味深いのは、AIが完璧ではないことを率直に認めている点です。24%という偽陽性率は決して低くありませんが、むしろ人間とAIの協働の重要性を示唆しています。完全自動化を目指す多くのAI応用事例とは対照的に、この研究は人間の専門知識とAIの処理能力を組み合わせたハイブリッドアプローチの有効性を実証しています。
この技術の実用化が進めば、研究者は投稿前に雑誌の信頼性を事前チェックできるようになります。また、大学図書館や学術出版社にとっても、膨大な数の雑誌を効率的にスクリーニングする強力なツールになるでしょう。実際に、研究主導者のアクーニャ氏が創設したReviewerZero AIは、すでに画像操作検出や統計分析の検証など、より広範な研究不正検出サービスを展開しています。
一方で、誤検知による「冤罪」のリスクも無視できません。正当な新興雑誌や地域特化型の学術誌が誤ってフラグ付けされる可能性があり、学術出版の多様性を損なう懸念もあります。また、悪質な業者がAIの判定基準を逆手に取って、より巧妙な手法で検知を回避しようとする「いたちごっこ」の展開も予想されます。
長期的には、この技術が科学出版業界の健全化に寄与し、研究者がより安心して研究成果を発表できる環境づくりに貢献することが期待されます。科学的知識の信頼性確保は、AI時代における最も重要な課題の一つといっても過言ではないでしょう。
【用語解説】
略奪的ジャーナル(Predatory Journal)
適切な査読を行わずに出版料を徴収する疑問視される学術雑誌である。2009年にジェフリー・ビールが命名した。
Directory of Open Access Journals(DOAJ)
2003年から運営される非営利組織である。質の高いオープンアクセス雑誌のディレクトリを提供し、疑わしい雑誌をフラグ付けしている。
Science Advances
アメリカ科学振興協会が発行する査読付きオープンアクセス学術雑誌である。
【参考リンク】
ReviewerZero AI(外部)
研究の整合性問題を検出するAIプラットフォーム。画像の重複検出や統計的不整合の発見など包括的な研究不正検出サービスを提供
コロラド大学ボルダー校(外部)
今回の研究を主導した米国の州立大学。工学・応用科学分野で高い評価を受けており、コンピューターサイエンス学部も有名
Science Advances(外部)
アメリカ科学振興協会が発行する学際的なオープンアクセス学術雑誌。今回の研究論文が掲載された権威ある科学雑誌
Directory of Open Access Journals (DOAJ)(外部)
質の高いオープンアクセス雑誌のディレクトリを提供する非営利組織。2003年から運営され、疑わしい雑誌の特定にも取り組む
【参考記事】
AI exposes 1,000+ fake science journals – ScienceDaily(外部)
コロラド大学の研究チームが開発したAIシステムが15,200のオープンアクセス雑誌から疑わしい雑誌を特定した研究を報告
Estimating the predictability of questionable open-access journals(外部)
今回のニュースの元となった原著論文。機械学習を用いた疑問視される雑誌の予測可能性について詳細な分析を実施
An open automation system for predatory journal detection – Nature(外部)
略奪的雑誌検出の自動化システムに関するNature誌の研究論文。AIを活用した雑誌評価の先行研究として重要な参考文献
【編集部後記】
ネット上に公開されている研究論文の信頼性について、皆さんは普段どのくらい意識されているでしょうか。私たちが日々目にする研究成果や技術革新のニュースの中にも、実は疑問視される出典からの情報が紛れ込んでいる可能性があります。今回ご紹介したAIによる学術雑誌の品質判定技術は、まさに情報の「真偽」を見極める新しいアプローチです。
みなさんは研究論文や技術記事を読む際、どのような基準でその信頼性を判断されていますか?また、AIと人間が協働して情報の質を向上させるという今回のアプローチについて、どのような可能性や課題を感じられるでしょうか。ぜひSNSで、みなさんの視点をお聞かせください。