テキサス大学オースティン校のArchith RayabharamとN. R. Aluruは、ハイブリッド量子-古典フレームワークを開発した。この手法は、量子アルゴリズムと古典シミュレーションを統合し、グラフェン類似体と分子や金属間の結合エネルギーを予測する。Noisy Intermediate-Scale Quantum(NISQ)デバイスに適した変分量子固有値ソルバー(VQE)、Unitary Coupled Cluster(UCC)、Quantum Equation of Motion(Q-EOM)を含むアルゴリズムを使用している。水の分解反応や、鉄、コバルト、ニッケルなど遷移金属が関与する反応にも応用した。化学的に高精度な予測を可能とし、標準的手法では把握しにくい電荷移動や多参照特性も捉える。現状では適用範囲は限定的だが、今後の量子ハードウェアの進化を見据えている。
元論文: https://arxiv.org/abs/2508.21325
【編集部解説】
電子強相関系の計算が重要である理由ですが、物質の反応性や特性、触媒作用、材料設計など最先端分野で広く必要とされているからです。これらの系は通常の密度汎関数理論(DFT)など既存手法では適切に扱えず、より精密な多参照的な量子化学計算が不可欠です。現代科学では分子や材料の構造や性質を最適化する上で、こうした電子の複雑な挙動まで正確に再現する手法の確立が待望されています。特に、化学者や物理学者はこの計算の精度と効率化を長年追い求めてきましたが、計算資源やアルゴリズムの限界が課題でした。
今回発表されたハイブリッド型の量子-古典計算手法は、実用段階に近いNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)デバイスで利用できる現実的なアプローチです。強相関系で顕著な電荷移動や多参照性質を大規模系でも数値的に捉えることができるため、触媒設計や新素材創出、表面化学、センシング等への応用範囲が広がります。従来は大掛かりなスーパーコンピューターや特殊な多参照計算でしか対処できなかった複雑反応や欠陥のある材料まで効率的に計算可能となるため、特に産業応用や医薬・エネルギー分野にとってインパクトが期待されます。
量子と古典のハイブリッド計算への関心は国際的にも高まっており、NVIDIAはCUDA-Q(旧QODA)プラットフォームや量子加速研究センターでAIスーパーコンピューターと量子ハードウェアを連携させる開発を進めています。こうした技術力をもつ企業がクラウドやソフトウェア基盤から進化を加速しています。量子-古典協調によって現行の量子デバイスで扱える問題規模が拡張され、世界の研究者が化学や材料科学、AI、金融など多岐にわたるアプリケーションに挑戦可能となります。
ポジティブな側面としては、今後実用化が進むことで科学技術イノベーションの加速が見込まれます。一方で、計算手法の複雑化による評価や規制の議論も必要となり、データや計算結果の解釈・標準化が大切です。量子化学計算の進歩は長期的に医薬開発、クリーンエネルギー創出、新材料設計など幅広い産業に波及効果をもたらす可能性があります。
【用語解説】
NISQデバイス:Noisy Intermediate-Scale Quantumの略称。誤り訂正が不十分な中規模量子コンピューターを指す。
変分量子固有値ソルバー(VQE):量子回路と古典計算を組み合わせて効率的にエネルギー固有値を求めるアルゴリズムの一種。
Unitary Coupled Cluster(UCC):分子の電子構造計算に用いられる、より高度な量子化学アルゴリズム。
多配置自己無撞着場(MCSCF):複数の電子配置を考慮して分子の電子状態を記述する量子化学手法。
密度汎関数理論(DFT):物質の電子状態を効率よく計算する手法。多くの材料科学分野で広く利用されている。
量子化学計算:分子や材料の量子力学的な性質を計算で予測する手法。新素材・医薬開発などで重要。
多参照性:電子状態記述に複数の基準配置が必要な状況を指し、強相関系で顕著。
【参考リンク】
NVIDIA Accelerated Quantum Research Center
https://www.nvidia.com/en-us/accelerated-quantum-research/
NVIDIAが量子コンピューター向けにスーパーコンピューターと連携したプラットフォームを提供する研究拠点の情報を公開している。