(アイキャッチはAcuity HPより)
すべてが数値化された世界
私たちは今、人類史上最も「測定可能」な時代を生きています。スマートフォンは歩数を記録し、スマートウォッチは心拍数を監視し、SNSは「いいね」の数で感情の価値を定量化します。「データ」は21世紀の石油と呼ばれているほど重要視されています。しかし、この数値化の波は、単なる便利さを超えて、人間存在そのものの本質を問い直す地点に到達しています。
アキュイティー株式会社が掲げるAcuityとは、”人間の視覚や聴覚といった能力”と”鋭敏さ”という意味を併せ持つ英単語です。曖昧さをなくしていくことで、世の中の発展と安心安全な社会を実現するという思いを込めて命名された企業名は、まさに現代社会の本質を映し出しています。
目視検査の自動化や移動体の自動制御など、既存製品では実現することができなかった数々の自動化ソリューションを構築するアキュイティーの技術は、人間の「感覚」を数値に変換し、「経験」をデータに置き換えます。この過程で、私たちは何を得て、何を失うのでしょうか。
現代のデータドリブンな意思決定 (DDDM) の定義は、事実、指標、データを使用して、自社の目標、目的、イニシアチブに合致する戦略的なビジネス上の意思決定を導くことが求められる社会において、職人の手の感覚や、スポーツ選手の直感、医師の経験に基づく診断といった、これまで「数値化不可能」とされてきた人間固有の能力が、センサーとAIによって測定可能な領域へと引き込まれています。
実演:モーションキャプチャ技術は産業を変えるのか?
今回はAcuityさんが初めて主催する「メディア座談会」に参加してきました。
座談会では、モーションキャプチャ技術を手がけるAcuity社の取り組みについて、各分野での実用例を交えた活発な議論が展開されました。同社の技術は、従来の測定手法では困難だった精密なデータ取得を可能にし、多様な領域で注目を集めています。
スポーツ分野における科学的アプローチ
横須賀市で実施されている子供のスポーツ能力測定プロジェクトでは、スポーツ能力発見協会との協力により、身体能力の定量的測定を実現しています。この取り組みでは、単なる適性診断にとどまらず、現在取り組んでいるスポーツでのパフォーマンス向上に向けた具体的な改善点を特定することが可能です。実例として、サッカーに取り組む子供の身体能力を測定した結果、動体視力の低さが課題として明確化され、それに基づいた専門的なトレーニング方針が決定されたケースが紹介されました。プロ野球界でも宮国選手のフォーム解析に同技術が活用されるなど、競技レベルを問わない幅広い応用が進んでいます。

伝統技術の可視化と継承
産業分野では、日本の伝統的な職人技術の解析にも応用されています。特に注目すべきは、かんな仕事における技術の定量化です。「かんなは腰で引く」という伝統的な表現を、実際の腰の動きや力の配分として数値化することで、熟練技術の科学的解明と効果的な技術継承を実現しています。さらに、能楽のモーションキャプチャも実施されており、文化的価値の高い所作の記録・分析という新たな可能性も示されています。

学術研究での工数削減効果
学術領域では、耐震試験におけるセンサー技術としてAcuity社のモーションキャプチャ技術が導入され、変位測定の精度向上と大幅な工数削減を達成しています。従来の手法と比較して、解析・準備・試験にかかる工数を90%削減したという具体的な成果が報告されました。現在は産業技術総合研究所との共同研究により、同技術のISO規格適応に向けた検証が進められており、標準としての確立も視野に入っています。
これらの事例は、モーションキャプチャ技術が単なる映像制作ツールを超えて、人間の動作や物理現象の本質的理解を深める重要な技術基盤として発展していることを示しています。

インタビュー!
アキュイティー CEO 佐藤眞平さんの思い描く数値化の先の未来

野村「本日はよろしくお願いします。innovaTopia サイエンスライターの野村です」
佐藤「よろしくお願いします。アキュイティー CEOの佐藤です」
野村「佐藤さんはスポーツ経験があったから、モーションキャプチャに至ったのですか?それとも大学院での経験から事業の着想を得たのですか?」
佐藤「就職する際にスポーツに関係することをしたくて、そこで『映像によるスポーツパフォーマンス分析』って求人があって『これだ!』って思って就職したのがきっかけですね。分析の中で細かいデータを分析して数値化できるすごさに魅了されていきました。ただ、自分の想像しているスポーツの仕事ではなくて、営業として入社しました」
野村「佐藤さんと話してて、さわやかで素敵な人って思うのはやっぱり営業職のおかげとかなんですかね」
野村「座談会の中でお話しされていましたが、日本大学を辞めてから、修士号をとられたきっかけについて教えてください」
佐藤「実は日大を辞めてから、体育の先生になりたくて、玉川大の教育学部に入ったのですが、結局、学部を出てからベンチャーに入って、そこからさらに電通総研に入って、35ぐらいの時に東北大の教授に誘われて修士号を取るという流れでした。最初は社会人博士に行こうと思ったのですが、博士後期課程をやっているうちに起業しちゃって博士はとれずにいます」
野村「もともとはドクターをとるつもりだったんですね。社会人をしながら大学院に行くってかなり険しい道のりですね……社会人博士に行くタイミングで葛藤とかありましたか?」
佐藤「起業したときは葛藤ってよりもあきらめたって感じです。とった方がいいなとは思いますね。仕事をするうえで博士をとった方が色々有利なんです」
野村「名刺の横にPh.Dって書けますし、いいですよね」
佐藤「それ以外にも色々ありますが、とにかく当時は博士号をとるよりも、事業を頑張るって気持ちの方が強かったですね」
野村「ベンチャー企業→大手→ベンチャー企業という経歴から見て、おそらくベンチャー企業での仕事が好きな方と思ったのですが、ベンチャーならではの良さや楽しさのようなものを教えてください」
佐藤「責任が全部僕にあるのがいいなというのがあります。大企業の方はワークフローが確立している上に完全にリスク管理もしっかりしているとは感じました。その分大きなお金や大きなプロジェクトができる楽しさはありますが、僕の場合は自分で仕事を作る方が楽しかったです」
野村「自分で作る仕事ってめちゃ楽しいですよね」
佐藤「結局僕は40歳で起業したのですが、ベンチャーで事業に携わる中で、20代ぐらいで起業を意識していましたね。起業する前に業界観を持つために大手に行くことにしたというところは僕の場合は大きいですね」
野村「実際、40歳になって色々な経験をしたうえで企業してよかったな。と感じますか?」
佐藤「今を正解にするしかないなという気持ちでいます。結局そういうのは、一長一短なのですが30代の時に10年目を迎えているのか50代で10年目を迎えるのかは大きな違いですね」
野村「モーションキャプチャを現場で使おうって発想はどこからきましたか?どうしてもモーションキャプチャというとVtuberがVRゲームのイメージが強くて。産業と結び付けようとしたきっかけを教えてください」
佐藤「大学の時の研究が大きいと思います。東北大にいるときに教授が、指の動きを1 mmの誤差で秒100回分析するシステムを100万円以内でつくれと言われて、何とかこれを実現しようとしたのが大きかったと思います。その時に治具の加工精度を気にしたり、温度の変化とか色々気にすればこれは1 mmどころの誤差じゃなくてもっと精密に人の動きを測定できるぞって自分の中で構想が固まってきたというところですね」
野村「そもそも、製造中の治具の精度にまで目を配って機器そのものの精度を上げるって……もうこれはモーションキャプチャの技術の話ではなく精密測定の専門家のような話ですね」
佐藤「本当に最後は光学測定と同じになっていきましたね」
野村「佐藤さんの話を最初に伺ったときに、佐藤さんは道理にに合わないことが嫌い。という話が個人的に一番興味があってそのことについて教えてほしいです。具体的なエピソードとかありますか?」
佐藤「やっぱり、だれに対しても『どうして?』って聞いちゃいますね。たぶん僕は人の感情を理解するのが苦手で、道理とか理由付けがないことに納得がいかないんだと思います。社員の表情が曇っているのを見て、理由を知って「そこっ!?」ってなることが多く、人間って複雑だなと思います。正直AIを相手にしてる方が楽だなとかたまに考えちゃいますね」
野村「今までの家庭環境や幼少期の経験から、このような論理的な考え方をするようになったのですか?」
佐藤「ん~。僕は三人兄弟の長男で、先輩や年上の方と強く関わりたいって強く思っている部分があって、それは家庭環境由来だと思います。あと、大学の頃にアメフトの監督から試合に勝って1万円をもらったことがあって、それが凄い汚いお金に見えて、いやになっちゃって学校を出て行って追っ手をまきながら住み込みで働いてたとか、ありましたね。あれはいい経験でしたね。これぐらい汚いことが俺は嫌いなんだって思いました。」
野村「『追っ手から逃げる』って言葉、映画以外で初めて聞いたかもです(笑)」
佐藤「例えば展示会の準備をしている社員さんに、『何のためにこれ展示会に出すの?』って聞いて、『去年も出していたから』とか言ってこられると『おい!』ってなりますね。何にしても理由がないのが嫌なのだと思います」
野村「佐藤さんのような、ここまでロジカルな方と仕事をされてると社員さんってどう育っていくんですかね」
佐藤「技術が好きな人がどんどん育っていきますねやっぱり。ただ僕としては<元気>であってほしいなって思いますね。これからマーケットを作っていくにしたがってホスピタリティって大事だなと思います。多くを求めすぎとは言われますが、もう少し、大変だけど頑張ってほしいなとは思っています」
野村「数値化しにくいなってものある?」
佐藤「精密な温度とか、嗅覚ですかね。ぱっと思いつくものですと」
野村「そもそも、温度を非接触で測ろうとすると、黒体輻射を見るわけで、それを高い分解能で、、、というのは難しいのかなと思いますね。嗅覚にしても匂いを受容する細胞の種類が多すぎるとかが理由ですか?」
佐藤「嗅覚って空気とかもそうですけど、とにかく条件が作りにくいですね。においを分解できない。例えば味覚って甘みとか苦みに分解できて、音もそうですけれども周波数に分解できる。でも匂いはそれが難しいという問題があります」
野村「そうですね。香水とかがそうですが濃度によって快不快がかなり変わってしまうものだと思います」
佐藤「もっと言えば、まぶしいとかと違って味は人によって何を感じやすいとかもあります。人によっては辛さをあまり感じない人とかもいます」
野村「複雑なことは面白いですよね。様々なものを数値化してきて『これは曖昧なままでも。。。』っていいものは、逆にあったりしますか?」
佐藤「ん~、、、難しいなあ。月並みですが人の感情ですかね。人の感情って定量化されたら成長が止まる気がして、ネガティブもポジティブも全部混ざって成長につながると思うんですよね。急に今までネガティブに感じ取っていたものが自分の中でポジティブになったりして、これが大事な気がするんです」
野村「なるほどです。佐藤さんの感情を数値化して真似れば僕も同じぐらいスーパーマンになれるって考えちゃったんですけど。そういうわけでもないのですね」
佐藤「体は機能が定まっているからいいと思うんです。ポジティブなことがネガティブに変わったりとか、むしろあいまいな方が実社会で善く動くと思うんですよね。例えば野村さんが彼女が怒っている原因とか数値化されたらどうですかね」
野村「余計に落ち込むというか、普通に嫌ですね(笑)。確かに数値化されないから思いやれている。色々慮れるという節はあると思います」
野村「佐藤さんは、このAcuityの取り組みがこれから先世界中に波及したらどのような世界がやってくるとお考えですか?」
佐藤「そうですね。データがあり、そしてデータによって解釈の余地がなく事実ベースの世界になると思いますね。そうすると、ファクトと感情が明確に整理されていき、人が成長するための『次の一手』を打ちやすい世の中になると思います」
佐藤「全ての人がモチベーションで世界の明日が楽しくなるような世の中を作りたいです。データになって明確になる、そうすると何をするべきか、どのように次はするべきか、何が向いているのかがわかる。そうすると成長欲求が高まる。私たちの事業がそこに向かっていけばと考えています」
【編集部後記】
「数値化された世界」という言葉を聞いたとき、多くの方が抱くのは、おそらく人間の可能性が数字によって決めつけられてしまう窮屈な未来像ではないでしょうか。まるでSF小説に描かれるディストピアのように、人間特有の無限の可能性が失われてしまう世界を想像してしまいがちです。
しかし、佐藤さんが描くビジョンは、私たちのそうした先入観を見事に覆すものでした。「数値化によってファクトと感情を明確に分離することで、むしろモチベーションを向上させることができる」—この発想は、実に新鮮で革新的でした。
数値化とは制約ではなく、むしろ解放の手段なのだということ。感情に惑わされることなく現実を正確に把握し、その上で人間らしい情熱や意欲を最大化できるという考え方は、テクノロジーの真の可能性を示していると感じました。
実際のプロダクトデモや計算結果を拝見させていただく中で、佐藤さんが思い描く「数値化がもたらす未来」の具体的な姿が見えてきました。そこには確かに希望があり、人間の可能性を広げる大きな力が宿っていました。
テクノロジーが人類の進化を促進するという私たちinnovaTopiaのコンセプトを体現するような、本当に刺激的なお話を聞かせていただきました。佐藤さん、貴重なお時間をありがとうございました。