マイクロソフトは2025年9月3日、1976年に開発したMOS 6502プロセッサー向けBASICをオープンソース化したと発表した。
このBASICは創業者のビル・ゲイツと2番目の従業員リック・ワイランドが開発したもので、ゲイツとポール・アレンが1975年に作成したAltair 8800向けBASICの移植版である。
1977年にコモドール・コンピューターが25,000ドルでライセンス取得し、PET、VIC-20、Commodore 64で使用された。リリースされたのはバージョン1.1で、1978年にコモドールエンジニアのジョン・フィーガンスとビル・ゲイツが共同実装したガベージコレクター修正版が含まれる。Commodore PETユーザーには BASIC V2として知られる。
ソースコードは6,955行のアセンブリ言語で、GitHubにMITライセンスで公開された。Apple II、Commodore PET、Ohio Scientific、MOS Technology KIM-1などの複数システム向け条件付きコンパイルサポートを含む。マイクロソフトによる同様の取り組みは2020年のGW-BASICソースコード公開に続き2度目となる。
From: Microsoft open-sources the 6502 BASIC coded by Bill Gates himself
【編集部解説】
今回のマイクロソフトによる6502 BASICのオープンソース化は、コンピューター史における重要な瞬間を示しています。なぜなら、これは単なる古いコードの公開ではなく、現代のIT産業の基盤となった技術的・ビジネス的手法を現代の開発者が直接検証できる機会だからです。
特に注目すべきは、このBASICがMicrosoftの現在につながるビジネスモデルの出発点だった点です。1977年のコモドールとの25,000ドルのライセンス契約は、後のMS-DOSやWindowsで確立される「ソフトウェアライセンシング」というビジネス手法の原型でした。このモデルは現在のSaaS産業の基礎にもなっており、その起源を直接確認できる価値は計り知れません。
技術的な観点では、6,955行のアセンブリコードに込められた効率性の追求が興味深い要素です。当時の8ビットシステムでは数キロバイトのメモリが貴重であり、文字列ガベージコレクションや動的メモリ管理といった現代でも重要な技術が、極限まで最適化された形で実装されていました。
このオープンソース化により、保存活動や教育面での影響も期待されます。FPGAベースの古典コンピューター再現プロジェクトや博物館での展示において、正確な動作を保証する公式ソースコードが活用可能になります。また、現代の開発者が「制約の中でいかに創造性を発揮するか」を学ぶ教材としても機能するでしょう。
マイクロソフトは2020年のGW-BASICに続く2回目の歴史的ソースコード公開として位置づけていますが、これは同社の「技術遺産の民主化」という新たな戦略の表れとも解釈できます。オープンソース化により、コンピューティング史の検証可能性が高まり、次世代の技術者育成にも貢献すると考えられます。
【用語解説】
6502プロセッサー
MOS Technology社が1975年に開発した8ビットマイクロプロセッサー。Apple II、Commodore 64、Atari 2600、ファミコンなど多くの家庭用コンピューターやゲーム機で使用された。
BASIC
Beginner’s All-purpose Symbolic Instruction Codeの略称。プログラミング初心者でも習得しやすいように設計された高水準プログラミング言語。1960年代に開発され、1970年代から1980年代のパーソナルコンピューター普及期に標準的な言語として広く使用された。
アセンブリ言語
コンピューターの機械語を人間にとって読みやすい形で表現したプログラミング言語。ハードウェアの動作を直接制御でき、実行速度が速いが、高い技術的専門知識が必要。
ガベージコレクション
プログラムが使用しなくなったメモリ領域を自動的に解放する仕組み。限られたメモリ容量の8ビット時代では特に重要な技術だった。
MITライセンス
オープンソースソフトウェアライセンスの一種。商用利用、改変、再配布が自由に行える非常に制限の少ないライセンス。
Altair 8800
1975年に発売された初期のパーソナルコンピューター。マイクロソフトが初めて開発したBASICインタープリターの対象機種。
【参考リンク】
Microsoft(外部)
アメリカに本社を置くソフトウェア・クラウドサービス企業。1975年にビル・ゲイツとポール・アレンが創業。
GitHub – Microsoft BASIC-M6502(外部)
今回オープンソース化された6502 BASIC バージョン1.1のソースコードが公開されているリポジトリ。
Microsoft Open Source Blog(外部)
マイクロソフトによる6502 BASICオープンソース化の公式発表記事。開発の歴史的背景を詳述。
【参考記事】
Microsoft Releases Historic 6502 BASIC(外部)
マイクロソフト公式による発表記事。6502 BASICが数百万人の初心者プログラマーに学習機会を提供した重要性を強調。
Bill Gates’ 48-year-old Microsoft 6502 BASIC goes open source(外部)
Tom’s Hardware による詳細記事。Apple II、Commodore 64での採用経緯と技術的仕様について解説。
【編集部後記】
48年前のソースコードが現代に蘇るなんて、まるでタイムカプセルが開かれた瞬間のようではないでしょうか。当時の開発者たちが制約の中でどれほど創意工夫を凝らしていたか、実際のコードから感じることができるのは貴重な体験です。
現在お使いのスマートフォンやPCも、こうした先人たちの積み重ねの上に成り立っています。もしお時間があるときに、この6502 BASICのGitHubリポジトリを覗いてみていただけませんか。プログラミング経験がなくても、コメントや構造から当時の技術者たちの熱意を感じられるはずです。
そして「なぜ今、マイクロソフトがこれを公開したのか」という視点でも考えてみてください。きっと現代のテクノロジー業界が抱える課題や方向性についても新たな発見があるのではないでしょうか。皆さんの感想をぜひお聞かせください。