メントールがアルツハイマー病治療に新たな光|スペイン研究チームがマウス実験で認知機能向上を実証

[更新]2025年9月11日11:29

メントールがアルツハイマー病治療に新たな光|スペイン研究チームがマウス実験で認知機能向上を実証 - innovaTopia - (イノベトピア)

スペインの応用医学研究センター(CIMA)の研究チームが、アルツハイマー病のマウスにメントールを吸入させる実験を行った。

2023年4月にFrontiers in Immunology誌で発表された研究によると、APP/PS1アルツハイマーマウスモデルに対して6ヶ月間(1ヶ月につき1週間)メントール暴露を行った結果、認知機能の低下が抑制された。

健康な若いマウスでも認知能力が向上した。メントール吸入により、炎症反応を調節するタンパク質であるインターロイキン-1-ベータ(IL-1β)の減少が観察された。免疫学者のフアン・ホセ・ラサルテ氏と神経科学者のアナ・ガルシア=オスタ氏らによる実験では、T制御細胞を人為的に減少させた場合にも同様の効果が確認された。

自己免疫疾患治療薬アナキンラを用いてIL-1受容体を阻害した場合も、健康なマウスとアルツハイマー病マウスの両方で認知能力が向上した。

From: 文献リンクUnexpected Link Between Menthol And Alzheimer’s Found in Mice

【編集部解説】

この研究で注目すべきは、従来の薬物治療とは全く異なるアプローチでアルツハイマー病に立ち向かっている点です。スペインのCIMAの研究チームは、メントールという身近な化合物が脳に与える影響を詳細に解析し、嗅覚-免疫-神経系という3つのシステムの複雑な相互作用を明らかにしました。

技術的な背景について

メントールの吸入実験では、1日8回(3時間おきに15分間)、1ヶ月につき1週間という慎重にデザインされたプロトコルが用いられています。この研究の鍵となるのは、炎症性サイトカインであるインターロイキン-1-ベータ(IL-1β)の発現レベルの変化です。健康なマウスでも認知機能が向上したという結果は、予防医学の観点から非常に興味深い発見といえるでしょう。

この発見が持つ意味

従来のアルツハイマー病研究は、アミロイドβプラークの除去に焦点を当てることが多かったのですが、今回の研究では認知機能の改善がアミロイド量の減少とは無関係に起こることが示されました。これは、病気の進行メカニズムに対する新たな理解を提供しています。

実用化への課題

マウス実験の結果を人間に適用する際には、いくつかの重要な課題があります。まず、実験で使用されたメントール濃度や暴露時間が人間にとって安全で効果的かどうかの検証が必要です。また、個人の嗅覚能力の差異や、既存の嗅覚障害を持つ患者への影響も考慮しなければなりません。

将来への展望

この研究は、香りを活用した治療法の可能性を示唆しています。特に日本のような高齢化社会においては、非侵襲的で副作用の少ない治療選択肢として注目されるでしょう。ただし、人間での臨床試験が必要であり、実用化までには数年から十数年の時間が必要と予想されます。

注意すべき点

メントールの過度な使用は逆効果になる可能性があります。研究では短期間の暴露が効果的だったことから、適切な使用方法の確立が重要になります。また、他の匂い分子との相互作用や、個人差による効果の違いについても、さらなる研究が必要です。

この研究は、私たちの五感が健康に与える影響について新たな視点を提供しており、今後の認知症治療において重要な一歩となる可能性を秘めています。

【用語解説】

インターロイキン-1-ベータ(IL-1β):炎症反応を調節する重要なタンパク質(サイトカイン)で、分子量約17-18kDaの単鎖プロテインである。主に単球、マクロファージ、好中球によって産生され、脳では小膠細胞とアストロサイトが分泌する。正常な免疫反応において重要な役割を持つが、過剰に発現すると組織損傷を引き起こす可能性がある。

APP/PS1マウス:アルツハイマー病の研究で広く使用される遺伝子改変マウスモデルの一つ。アミロイド前駆体タンパク質(APP)とプレセニリン1(PS1)の遺伝子変異を持ち、人間のアルツハイマー病に類似した病理学的変化を示す。

T制御細胞(Treg細胞):免疫系の過剰反応を抑制し、自己免疫を防ぐ役割を持つリンパ球の一種。炎症反応を適切にコントロールし、組織損傷を防ぐ重要な細胞である。

アナキンラ:IL-1受容体拮抗薬として使用される薬物で、関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療に用いられる。IL-1βの作用を阻害することで炎症を抑制する。

【参考リンク】

応用医学研究センター(CIMA)(外部)
スペインのナバラ大学に所属する研究機関で、がん、心疾患、肝疾患、免疫療法、遺伝子治療の分野で最先端の医学研究を行っている

Frontiers in Immunology(外部)
国際免疫学会連合の公式ジャーナルで、免疫学分野で最も被引用数が多い学術誌。インパクトファクター5.9を持つ

【参考記事】

Improvement of cognitive function in wild-type and Alzheimer´s disease mouse models(外部)
本研究の原著論文。メントール吸入による認知機能改善効果とIL-1β発現減少について詳細なデータを提示している

Menthol inhalation improves cognitive ability in animal models of Alzheimer’s disease(外部)
News-Medicalによる研究結果の詳細解説記事。実験プロトコルや認知機能への影響メカニズムを分かりやすく説明

Could inhaling menthol help improve memory in Alzheimer’s disease?(外部)
Medical News Todayによる研究解説記事で、臨床的意義と将来の治療応用への可能性について専門家コメントを含めて論じている

【編集部後記】

今回の研究は、私たちがまさに直面している高齢化社会の課題に対する新しいアプローチとして興味深いものでした。メントールという身近な化合物が、思わぬ形でアルツハイマー病研究に光を当てているのは印象的です。

皆さんはアルツハイマー病の新しい治療法として、レカネマブやドナネマブなどの抗アミロイドβ抗体薬のニュースを目にされたことがあるかもしれません。これらの薬物治療とは対照的に、嗅覚を活用したアプローチはどのような可能性を秘めているのでしょうか。

また、私たちの五感が脳や健康に与える影響について、この研究を通じてどんな気づきを得られたでしょうか。日常生活の中で感じている香りや匂いが、実は健康に重要な役割を果たしているのかもしれませんね。

投稿者アバター
Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

読み込み中…
advertisements
読み込み中…