東京大学の飯塚毅氏らの研究チームが、JAXAのはやぶさ2探査機が収集した小惑星リュウグウのサンプルを分析した結果をNature誌に発表した。
このサンプルでは、岩石の年代測定に信頼できるはずのルテチウムとハフニウムの同位体測定値が太陽系そのものよりも古い年代を示した。この結果は流体による同位体の攪乱が原因と考えられる。
研究チームは、リュウグウの母天体に他の天体が衝突し、岩石を破砕して隠された氷の貯蔵庫を解放、その熱で氷が融解して液体水が流れた可能性があると結論づけた。この衝突により母小惑星が破壊され、リュウグウ自体が誕生したとみられる。
現在、科学者たちはサンプル内のリン酸塩鉱脈を調査し、水活動の正確な年代測定を進めている。2023年に到着したNASAのOSIRIS-RExによる小惑星ベンヌのサンプルとの比較研究も予定されている。
From: Ryugu Asteroid Stuns Scientists With Traces of Ancient Flowing Water
【編集部解説】
今回の発見は、宇宙科学の常識を覆す重要な成果と言えるでしょう。これまで小惑星は乾燥した岩石の塊と考えられてきましたが、リュウグウのサンプル分析により、予想よりもはるかに長期間にわたって液体の水が存在していた可能性が示されました。
特に注目すべきは、同位体年代測定の「異常値」を手がかりに水の存在を突き止めた研究手法です。ルテチウム-ハフニウム系の同位体比が示す年代が太陽系の形成年代を上回るという矛盾から、流体による同位体の再分配を推定するアプローチは、今後の小惑星研究における新たな分析手法として重要な意味を持ちます。
この発見は地球の海洋形成理論にも大きな影響を与える可能性があります。従来、地球の水は主に彗星や含水鉱物から供給されたと考えられていましたが、炭素質小惑星が長期間氷を保持していたとすれば、より大量かつ継続的な水の供給源となった可能性が浮上します。
はやぶさ2が持ち帰ったサンプルは微量でしたが、その中に含まれる情報の密度は想像を超えるものでした。現在進行中のリン酸塩鉱脈の詳細分析により、水活動の具体的な時期や期間が明らかになれば、太陽系初期の水循環システムの理解が飛躍的に進展するでしょう。
2023年に地球に到着したNASAのOSIRIS-REx探査機によるベンヌのサンプルとの比較研究も控えており、リュウグウの発見が特異なケースなのか、それとも炭素質小惑星に共通する性質なのかが判明する見込みです。もし後者であれば、生命の起源や地球型惑星の居住可能性に関する理論の根本的な見直しが必要になるかもしれません。
【用語解説】
はやぶさ2
JAXAが開発した小惑星探査機。2014年に打ち上げられ、小惑星リュウグウからサンプルを採取して2020年に地球に帰還した。
リュウグウ
地球近傍小惑星の一つで、直径約900メートルのこま形をした炭素質小惑星。C型小惑星に分類され、有機物や含水鉱物を含むとされる。
ルテチウム-ハフニウム系
放射性同位体を利用した年代測定法の一つ。ルテチウム176がハフニウム176に崩壊する半減期を利用して岩石の形成年代を測定する。
OSIRIS-REx
NASAが開発した小惑星探査機。小惑星ベンヌからサンプルを採取し、2023年に地球に帰還した。Touch-And-Go方式でサンプル採取を行った。
炭素質小惑星
炭素を多く含む暗い色の小惑星。C型小惑星とも呼ばれ、有機物や含水鉱物を含むため、生命の起源に関する重要な手がかりを持つとされる。
リン酸塩鉱脈
リン酸塩鉱物が岩石の割れ目に沿って形成された筋状の構造。水の存在下で形成されるため、過去の水活動の証拠となる。
【参考リンク】
JAXA宇宙航空研究開発機構(外部)
日本の宇宙開発を担う研究開発機関。はやぶさ2プロジェクトを主導
NASA(外部)
アメリカ航空宇宙局。OSIRIS-REx探査機による小惑星ベンヌ探査を実施
Nature(外部)
世界最高峰の科学学術誌。今回のリュウグウ研究成果が掲載された権威ある雑誌
【参考記事】
Water flowed on ancient asteroid | The University of Tokyo(外部)
東京大学公式発表。リュウグウ母天体での水活動とその地球への影響について詳細解説
Scientists find evidence of flowing water on Ryugu’s ancient parent asteroid(外部)
Space.com記事。同位体分析による水流証拠の発見と惑星形成理論への影響を報告
‘Potentially hazardous’ asteroid Ryugu once had ‘flowing water’(外部)
Live Science記事。リュウグウ内部の水流活動と地球の水獲得プロセスへの示唆を解説
【編集部後記】
宇宙から届いた小さなサンプルが、私たちの地球観を根底から揺るがすかもしれません。
過去に当メディアで「6月13日【今日は何の日?】小惑星探査機「はやぶさ」帰還」として初代はやぶさの偉業をお伝えしましたが、その後継機はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの発見は、さらに驚くべき事実を明かしています。
生命に欠かせない水がこれまで想像していた以上に宇宙に豊富に存在し、しかも10億年以上という途方もない期間、小惑星が氷を保持していた可能性を示しています。皆さんは、もし地球の材料となった炭素質小惑星が従来推定の2〜3倍もの水を含んでいたとしたら、生命誕生の確率についてどう考えますか?
今回の成果を受けて、今後ベンヌのサンプル分析結果にも注目が集まります。初代はやぶさから続く日本の宇宙探査技術の進歩と、それが明かす新たな発見に、一緒にワクワクしながら目を向けてみませんか。