NASA、宇宙飛行士専用の臓器チップをアルテミス2に搭載 骨髄への放射線影響を個別解析

NASA、宇宙飛行士専用の臓器チップをアルテミス2に搭載 骨髄への放射線影響を個別解析 - innovaTopia - (イノベトピア)

NASAが2025年9月15日、アルテミス2ミッションで実施する医療実験AVATAR(A Virtual Astronaut Tissue Analog Response)を発表した。

この実験では、アルテミス2宇宙飛行士から採取した細胞を使用して作成された臓器オンチップデバイスを、約10日間の月周回飛行に搭載する。臓器チップはUSBサムドライブほどの大きさで、深宇宙放射線と微小重力が人体に与える影響を研究する目的で使用される。

実験では特に骨髄由来の造血幹細胞と前駆細胞に焦点を当てる。骨髄は放射線曝露に最も敏感な臓器の一つであり、免疫システムにおいて重要な役割を果たす。宇宙飛行士は地元の医療システムに血小板を提供し、エミュレート社がこれらの細胞を精製して骨髄チップを作成する。

チップはスペース・タンゴが開発したカスタムペイロードに固定され、バッテリー駆動で自動環境制御を行う。帰還後、研究者は単一細胞RNAシーケンシング技術を使用して宇宙飛行の影響を分析し、地上実験と比較する。

From: 文献リンクAvatars for Astronaut Health to Fly on NASA’s Artemis II

【編集部解説】

今回のAVATAR実験が画期的なのは、従来のマウスやラットを使った動物実験から、実際の宇宙飛行士の細胞を使った「その人専用」の医療研究へとパラダイムシフトを起こした点です。これまでの宇宙医学研究では、地上での動物実験結果を人間に外挿する限界がありましたが、今回は宇宙飛行士本人の細胞を使うことで、より正確なデータが得られます。

臓器オンチップ技術自体は新しいものではありませんが、従来は30日程度しか細胞を維持できませんでした。しかし、NASAと研究機関は現在、この期間を6ヶ月まで延長する技術開発を進めており、長期宇宙ミッションに対応した研究が可能になります。

この実験で最も注目すべき点は、個別化医療の実現可能性です。従来の宇宙医学では「平均的な宇宙飛行士」を想定した対策しか立てられませんでしたが、各宇宙飛行士の遺伝的特性や体質に応じた医療用品の選定が可能になります。これは特に火星探査のような長期ミッションで重要な意味を持ちます。

期待される効果として、この技術は宇宙医学だけでなく地上の医療にも革新をもたらす可能性があります。がん治療における薬剤選択や、放射線治療の個別化などに応用できるでしょう。

一方で、潜在的なリスクとして、宇宙飛行士の遺伝情報や医療データの管理・プライバシー保護の問題があります。また、個別化医療の実現には膨大なコストがかかる可能性もあり、将来的な実用化には経済的な課題も残されています。

長期的な視点では、この実験の成功は人類の多惑星居住計画の実現に向けた重要なステップとなります。月面基地や火星植民地での医療システム構築において、事前に各個人の宇宙環境への適応性を予測できる技術は不可欠です。

【用語解説】

AVATAR(A Virtual Astronaut Tissue Analog Response)
NASAがアルテミス2ミッションで実施する宇宙医学実験の名称。宇宙飛行士の細胞を使った臓器チップにより、深宇宙環境が人体に与える影響を研究する。

臓器オンチップ(Organ-on-a-chip)
USBメモリサイズの小型デバイス内で人間の臓器の構造と機能を再現する技術。生きた人間の細胞を培養し、心臓のように拍動し、肺のように呼吸する機能を再現できる。

微小重力環境
宇宙空間における重力がほぼゼロに近い状態。地球上とは異なる物理条件で、人体の骨密度低下や筋肉萎縮などの影響をもたらす。

造血幹細胞
骨髄に存在し、すべての血液細胞(赤血球、白血球、血小板)の元となる細胞。放射線に敏感で、免疫機能に重要な役割を果たす。

単一細胞RNAシーケンシング
個々の細胞レベルで遺伝子の発現パターンを解析する最新技術。細胞がどのような変化を受けているかを詳細に調べることができる。

【参考リンク】

NASA Artemis(外部)
NASAの月探査プログラム公式サイト。アルテミス計画の全体像や最新情報を提供している。

Emulate, Inc.(外部)
今回のAVATAR実験で使用される臓器チップ技術を開発した企業。臓器オンチップの商用化を進めている。

Space Tango(外部)
宇宙環境での実験装置開発を手がける企業。今回のペイロード開発を担当している。

NASA Science Mission Directorate(外部)
NASA科学ミッション局の公式サイト。宇宙科学研究の最新成果や計画を発信している。

【参考記事】

NASA’s Artemis II Mission Overview(外部)
アルテミス2ミッション全体の概要を説明するNASA公式ページ。約10日間の月周回飛行計画や乗組員情報を提供している。

Biological and Physical Sciences Division(外部)
NASA生物物理科学部門の公式ページ。宇宙環境が生物に与える影響に関する研究プログラムを紹介している。

【編集部後記】

今回のAVATAR実験は、私たち一人ひとりが持つ遺伝的な個性を宇宙医学に活かすという発想に驚かされます。地上での医療でも「オーダーメイド治療」が注目される中、宇宙という極限環境でこそ、その人だけの医療が必要になるのかもしれません。

みなさんは、もし自分の細胞が宇宙に行って、将来の宇宙旅行に備えた医療データを提供してくれるとしたら、どんなことを知りたいと思いますか。また、この技術が地上の医療にも応用される日が来たとき、私たちの病気への向き合い方はどう変わるでしょうか。宇宙開発が私たちの日常の医療体験まで変えていく未来について、一緒に考えてみませんか。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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