信用調査機関TransUnionが2025年9月17日に発表した分析によると、米国の金融貸付業者における合成アイデンティティ詐欺によって損失リスクにさらされている金額(exposure)は2024年に33億ドルに達し、2020年の19億ドルから増加した。
自動車業界の貸付業者が集中的な攻撃対象となっている。合成アイデンティティは金融商品の種類により最大1%の取引で使用されており、クレジットカードや自動車ローンなどが含まれる。
サイバーセキュリティ企業Entrustの「2025年アイデンティティ詐欺レポート」によると、金融業界が合成アイデンティティ詐欺の最大標的であり、暗号通貨詐欺が約10%、貸付業界が約5%で2位、従来銀行も約5%となっている。
TransUnionのデータサイエンス担当副社長ブラッド・ドードリルとビジネスアイデンティティプラットフォームMiddeskの広報担当者ジャッキー・ワイリーが専門家として言及されている。
合成アイデンティティの39%は親族とのつながりがなく、これは実際の人口より5.2倍高い数値である。
From: Plastic People, Plastic Cards: Synthetic Identities Plague Finance & Lending Sector
【編集部解説】
合成アイデンティティ詐欺は、既存の個人情報と偽造情報を巧妙に組み合わせることで、実在しない人物の完全な身元を作り上げる手法です。従来の身元盗用とは異なり、完全に架空の人物を創造するため、被害者が存在しないという特徴があります。
このため発見が困難で、金融機関にとって深刻な脅威となっています。詐欺師は長期間にわたって偽の信用履歴を構築し、最初は少額から始めて徐々に信用限度額を上げていく「育成戦略」を採用しており、数年かけて数万ドル規模の詐欺を実行する事例が増加しています。
特に注目すべきは、AI技術の普及が詐欺の巧妙化を加速させている点です。犯罪者は同じクラウドサービスやAIツールにアクセスでき、より精巧な合成プロファイルを大量生成できるようになりました。一方で防御側も機械学習アルゴリズムを活用し、人間関係の欠如など合成アイデンティティの特徴的な欠陥を検出する技術を発達させています。
自動車ローン業界が標的となりやすい理由は、比較的高額な融資でありながら審査プロセスが迅速である点にあります。また、企業の合成アイデンティティも新たな脅威として浮上しており、休眠企業を悪用したり架空の事業体を創造する手法が確認されています。
この問題は単なる金融犯罪を超えて、デジタル社会における本人確認システム全体の根本的な見直しを迫るものといえるでしょう。生体認証技術やブロックチェーンベースの身元証明など、新たな認証技術の導入が急務となっています。
【用語解説】
合成アイデンティティ詐欺
実在する個人情報と架空の情報を組み合わせて、完全に偽の身元を作成する詐欺手法。従来の身元盗用とは異なり、実在する被害者が存在しないため発見が困難である。
exposure
金融機関や事業者が特定のリスクに見舞われた際、「理論的に最大発生し得る損失額」を示す指標。
信用育成戦略
詐欺師が合成アイデンティティを使って少額の融資から始め、定期的な返済により信用スコアを向上させ、徐々に高額な融資を受ける長期的な詐欺手法。
ディープフェイク
AI技術を使用して作成される、実在しない人物の顔や音声を含む偽のメディアコンテンツ。合成アイデンティティの構築に悪用される場合がある。
KYC(Know Your Customer)
金融機関が顧客の身元確認を行う規制要件。合成アイデンティティ詐欺の対策として重要な役割を果たす。
【参考リンク】
TransUnion(外部)
米国の大手信用調査機関。個人・企業の信用情報サービスと詐欺検出ソリューションを提供
Entrust(外部)
デジタルセキュリティと身元確認ソリューション企業。2025年アイデンティティ詐欺レポート発行
Middesk(外部)
ビジネス身元確認プラットフォーム提供企業。企業向け合成アイデンティティ詐欺対策に特化
Dark Reading(外部)
サイバーセキュリティ業界専門メディア。企業セキュリティ担当者向けの脅威情報を提供
【参考記事】
‘Synthetic fraud’ reaches record levels(外部)
Experianが2025年3月発表。合成詐欺が過去最高レベル達成と金融機関影響を分析
Synthetic Identity Fraud: The Fastest-Growing Financial Crime of 2025(外部)
2025年最急成長の金融犯罪として合成ID詐欺を特集。被害額増加傾向と対策必要性を詳述
Detecting and Defeating Synthetic Identity Fraud(外部)
合成ID詐欺の検出・対策に焦点。技術的対応策と業界取り組みを専門的に解説
How banks can fight Synthetic Identity Fraud(外部)
Kyndrylによる銀行向け合成ID詐欺対策ガイド。実践的防止策と技術ソリューション提案
Identity Fraud Statistics For 2025(外部)
2025年身元詐欺統計レポート。合成IDを含む各種詐欺の被害状況と傾向を数値で提示
【編集部後記】
この記事を通じて、合成アイデンティティ詐欺の巧妙さを実感されたのではないでしょうか。私たちが日常的に利用している金融サービスの背後で、これほど高度な詐欺が進行していることに驚かれたかもしれません。
皆さんもオンライン決済や口座開設時に「本人確認って面倒だな」と感じた経験があるかと思います。しかし、この記事を読んだ今、そうした認証プロセスがいかに重要な防壁となっているかがお分かりいただけるでしょう。
さらに気になるのは、皆さんの個人情報が既にこうした詐欺に悪用されている可能性です。特に過去のデータ漏洩事件で自分の情報が流出している場合、知らないうちに合成アイデンティティの「材料」として使われているかもしれません。
この脅威に対して、私たち個人ができることはあるのでしょうか。また、金融機関選びの基準として、こうした詐欺対策の充実度を重視すべきなのでしょうか。皆さんはどのように考えますか?