チューリッヒ大学・USC、幹細胞による脳卒中治療でマウスの脳損傷修復に成功

[更新]2025年9月24日06:31

チューリッヒ大学・USC、幹細胞による脳卒中治療でマウスの脳損傷修復に成功 - innovaTopia - (イノベトピア)

チューリッヒ大学と南カリフォルニア大学の研究チームが、マウスの脳卒中による脳損傷をヒト幹細胞で修復する実験に成功した。

研究は2025年9月にNature Communications誌に発表された。研究者らは脳卒中を起こしたマウスにヒト神経幹細胞を注射し、5週間にわたって経過を観察した。その結果、移植された幹細胞の大部分が神経細胞に変化し、既存の脳細胞との通信を確立した。

同時に血管の自己修復、脳内炎症の減少、血液脳関門の強化も確認された。マウスは運動機能と協調性の改善も示した。研究チームのクリスチャン・タッケンベルク氏によると、脳卒中直後ではなく1週間後の移植が効果的であることも判明した。

現在、脳卒中による脳損傷は不可逆的で、成人の4人に1人が生涯のうちに経験するといわれる疾患である。この研究は従来修復不可能とされた脳損傷の治療法開発への道筋を示しているが、ヒトでの応用にはさらなる長期研究が必要である。

From: 文献リンクStem Cells Repair Brain Damage Caused by Stroke in Mice

【編集部解説】

脳卒中による脳損傷は現在、世界中で深刻な健康問題となっています。元記事によると、成人の4人に1人が生涯で経験する可能性のある疾患であり、内出血や酸素制限により脳細胞が永久的に破壊され、言語や運動機能に著しい影響を及ぼします。

今回の研究で特に注目すべきは、移植のタイミングが治療効果に大きく影響するという発見です。研究チームは脳卒中発症直後ではなく、1週間後に幹細胞を投与することで最良の結果を得ました。これは脳が急性期の炎症状態から安定期に移行するタイミングを見計らった戦略的なアプローチといえます。

従来の幹細胞治療研究では、移植した細胞の生存率や分化能力に焦点が当てられてきました。しかし本研究では、移植された幹細胞が既存の神経ネットワークと実際に接続し、機能的な回路を形成することを詳細に証明した点が画期的です。これにより、単なる組織の置き換えではなく、真の機能回復が期待できることが示されました。

一方で、ヒトへの応用には多くの課題が残されています。マウスとヒトでは脳の構造や免疫反応が大きく異なるため、同様の効果が得られるかは未知数です。また、移植した幹細胞が制御を失い、腫瘍化するリスクも完全には排除できません。

規制面では、このような先進的な再生医療技術は各国で厳格な安全性評価が求められます。日本では再生医療等安全性確保法により段階的な臨床研究が義務付けられており、実用化までには相当な時間を要する可能性があります。

長期的な視点では、この技術が確立されれば脳卒中だけでなく、他の神経系疾患治療にも応用できる可能性があります。研究チームも「神経幹細胞が新しいニューロンを形成するだけでなく、他の再生プロセスも誘発する」と述べており、現在治療選択肢が限られている脳疾患に対する新たなアプローチとして期待されています。

【用語解説】

神経幹細胞
脳内で神経細胞やグリア細胞に分化する能力を持つ未分化細胞。自己複製能力と多分化能を併せ持ち、脳の発達や損傷修復において重要な役割を果たす。

血液脳関門
脳と血液の間にある選択的な透過性バリア。有害物質から脳を保護する一方で、必要な栄養素や酸素は通す重要な生体防御機構である。

Nature Communications
英国の科学雑誌出版社ネイチャー・リサーチが発行する査読付きオープンアクセス学術誌。生物学、物理学、化学などの自然科学分野で高い権威を持つ。

脳卒中
脳血管の閉塞や破裂により脳組織が損傷を受ける疾患の総称。脳梗塞、脳出血、くも膜下出血に分類され、運動麻痺や言語障害などの後遺症を残すことが多い。

【参考リンク】

チューリッヒ大学(外部)
スイス最大の大学で神経科学研究において世界的に有名な研究機関

南カリフォルニア大学(外部)
幹細胞研究や再生医療分野で革新的な研究を行う米国西海岸の名門大学

ScienceAlert(外部)
最新の科学研究成果を一般読者向けに分かりやすく報道する科学メディア

【参考記事】

Stem cell transplant for stroke leads to brain cell growth(外部)
南カリフォルニア大学の公式発表、移植幹細胞の神経分化と運動機能改善を報告

Scientists reverse stroke damage with stem cells(外部)
移植幹細胞が既存神経回路と接続形成する過程を詳しく解説したサイエンス記事

New stem cell approach could repair stroke-damaged brains(外部)
臨床応用への課題や規制承認プロセスについて専門的視点から分析した記事

【編集部後記】

この研究を見ていると、未来の医療がすぐそこまで来ているような気持ちになりませんか?実際に身近な方が脳卒中を経験された方もいらっしゃるかもしれません。現在「治らない」とされている脳の損傷が、ひょっとすると10年後には治療可能になっているかもしれないのです。

そんな未来を想像する時、私たちはどんな準備をしておけばいいのでしょうか。新しい医療技術への期待と同時に、安全性や倫理的な課題についても考えていく必要がありそうです。みなさんは、この技術が実用化されたら、どんな可能性が広がると思いますか?

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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