アメリカのスタートアップ企業Quaise Energyが、ジャイロトロンを使用した深部地熱掘削技術の実証実験を2025年9月4日にテキサス州マーブルフォールズ近郊で実施した。
この技術はミリ波放射により岩石を気化させて掘削する方式で、花崗岩を118メートル貫通した。従来の機械掘削と比較して約50倍の速度となる1時間あたり最大5メートルの掘削速度を記録した。以前にヒューストン近郊で行われた試験では1時間あたり12メートルの速度を記録したとも報じられている。
同社CEOのCarlos Araqueは、既存の化石燃料発電所を地熱発電所に転換する計画を発表した。国際エネルギー機関によると、地殻上部10キロメートル内の熱量は世界の年間エネルギー需要の5万倍に相当するが、現在深部地熱は世界の電力供給の0.5%にとどまっている。Quaiseは最大7キロメートルまでの掘削を計画している。
From: The U.S. Is About to Tap Into an Energy Source 50,000 Times Bigger Than We Need — Thanks to a Laser
【編集部注記】
元記事では国際エネルギー機関(IEA)が「地殻上部10キロメートル内の熱量は世界の年間エネルギー需要の5万倍に相当する」と推定したとされていますが、innovaTopia編集部による詳細な調査の結果、IEAがこのような発言を行った記録は確認できませんでした。
IEAの最新レポート『The Future of Geothermal Energy』(2024年)では、次世代地熱システムの技術的ポテンシャルは「世界の電力需要の140倍を満たすのに十分」「年間発電の技術的ポテンシャルは現在の世界年間電力需要の約150倍」と記載されており、「5万倍」という数値とは大幅に異なります。
一方で、世界エネルギー会議(World Energy Council)の2013年レポートでは地殻の熱量が2007年の世界電力生産量の約76,000倍、欧州地熱エネルギー会議(EGEC)の資料では約90,000倍との計算結果が示されており、地球内部に膨大なエネルギーが存在することは科学的事実です。
この数値の相違は、測定対象(電力需要vs総エネルギー需要)、評価深度、算出方法の違いによるものと考えられますが、正確な情報源の確認なしに「IEAの推定」として報じることは適切ではありません。読者の皆様におかれましては、エネルギー関連の統計データを参照される際は、必ず一次情報源をご確認いただくことをお勧めします。
【参考文献】
https://www.globalccsinstitute.com/archive/hub/publications/121288/geothermal-electricity-combined-heat-power.pdf
https://www.worldenergy.org/assets/images/imported/2013/10/WER_2013_9_Geothermal.pdf
【編集部解説】
この技術革新の核心は、従来の物理的掘削から電磁波による「非接触掘削」への根本的なパラダイムシフトにあります。ジャイロトロンが放出するミリ波は、岩石の分子構造に直接作用して気化させるため、ドリルビットの摩耗や破片の除去といった従来の課題を完全に回避できます。
注目すべきは掘削速度の劇的な向上です。花崗岩のような硬岩での従来掘削は1時間に10センチメートル程度が限界でしたが、Quaiseの技術は最大で1時間あたり5メートル、つまり50倍の効率を実現しています。これは単なる改良ではなく、技術的ブレークスルーと言えるでしょう。
この技術が特に革新的なのは、既存インフラの活用戦略です。廃止予定の石炭火力発電所は、送電網、冷却システム、タービンなどの設備が既に整っているため、地熱発電への転換コストを大幅に削減できます。エネルギー転換における「リユース」の概念は、従来の再生可能エネルギー導入よりも現実的なアプローチかもしれません。
ただし、深部地熱開発には技術的課題も残されています。7キロメートルという深度では地下水の管理、地震誘発リスク、設備の長期耐久性などが懸念されます。また、ジャイロトロンは元々核融合研究で使用される高度な装置であり、商業化にはコスト面での課題も存在するでしょう。
長期的な視点では、この技術は地熱エネルギーの地理的制約を大幅に緩和する可能性があります。従来は火山帯や特定の地質条件が必要でしたが、より深く掘削できれば世界中どこでも地熱発電が可能になり、エネルギー安全保障の概念を根本から変える可能性を秘めています。
【用語解説】
ジャイロトロン
高周波電磁波(ミリ波)を発生させる装置。核融合実験や材料加工などで使用される。電子ビームを磁場中で回転させることで高出力のミリ波を生成する。
ミリ波放射
周波数30-300GHzの電磁波。物質の分子を励起させる性質があり、工業加工や通信分野で利用される。Quaiseの技術では岩石を気化させるために使用される。
深部地熱エネルギー
地下数キロメートルの深部から得られる地熱エネルギー。従来の浅部地熱よりも高温で安定した熱源を提供し、地理的制約が少ない。
超高温岩体地熱(EGS)
人工的に地下に水を注入し、高温の岩体で加熱して蒸気を作り出す地熱発電方式。天然の地熱源がない場所でも発電可能。
【参考リンク】
Quaise Energy(外部)
深部地熱開発を手がけるアメリカのスタートアップ企業公式サイト
国際エネルギー機関(IEA)(外部)
世界のエネルギー政策に関する分析と提言を行う国際機関の公式サイト
【参考記事】
Deep Geothermal Energy: The Next Frontier(外部)
深部地熱エネルギーの技術的背景と世界的潜在力について解説
Gyrotron Technology Applications(外部)
ジャイロトロン技術の原理と産業応用について詳細解説
Renewable Energy Infrastructure Transition(外部)
既存発電設備の再生可能エネルギーへの転換事例と課題分析
【編集部後記】
この技術を見ていると、エネルギーの未来が本当に変わろうとしているのを感じませんか。私たちの足元に眠る地熱が、これまでの「掘れない」という物理的限界を超えて手の届く存在になりつつあります。特に興味深いのは、廃止予定の火力発電所を地熱発電に転換するアイデアです。破壊ではなく再生、これこそ持続可能な社会への現実的なアプローチかもしれません。
以前にもこのQuaise Energyの挑戦を追った記事(Quaise Energy、ミリ波掘削でスーパーホット地熱エネルギー実現へ)を掲載しました。今回の記事は、その計画が実際にフィールドでどれほどの成果を上げたかを示す、まさに「続報」です。過去の記事と合わせてお読みいただくことで、コンセプトが現実の技術へと進化していく過程を、より立体的に感じていただけるはずです。皆さんは、この技術の進展をどうご覧になりますか?