アリババは今週、中国・杭州で開催されたApsara会議で、3年間で530億ドルのAIインフラ投資計画を発表した。
同社は中東、ヨーロッパ、東南アジア、ラテンアメリカにAIデータセンターチェーンを構築する予定で、オランダ、フランス、ブラジルに初のデータセンターを設置する。現在アリババは世界29地域で91のアベイラビリティゾーンを運営しており、ロンドンとドイツに既存施設がある。新しいQwen3-Omni LLMはApache 2.0ライセンスで提供され、テキスト、画像、音声、動画を処理できる。
同社は企業向けにModel Studioで最大20億の無料トークンと最大12万ドルのクラウドクレジットを提供する。米国の制裁により、アリババはNvidiaのハイエンドGPU購入を阻止されており、代替として自社開発のT-Headチップを使用している。英国は今回の拡張計画に含まれていない。
From: Alibaba unveils $53B global AI plan – but it will need GPUs to back it up
【編集部解説】
このアリババの530億ドル投資計画は、単なる規模の大きさ以上に重要な意味を持っています。中国のテック企業が本格的にグローバル展開を加速させる転換点として捉えることができるでしょう。
特に注目すべきは、Apache 2.0ライセンスでQwen3-Omniを提供し、企業がエコシステムに縛られることなく導入できる点です。これまでOpenAIのChatGPTやGoogleのGeminiといった西側企業のサービスに依存していた企業にとって、オープンソースの選択肢が生まれることは大きな意味があります。企業は自社システムに組み込みやすく、ベンダーロックインを避けられる利点があります。
しかし、この計画の実現には大きな障壁が存在します。米国による半導体輸出規制により、アリババはNvidiaの最新GPUにアクセスできません。代替として自社開発のT-Headチップを使用していますが、この技術格差がサービス品質にどう影響するかは未知数です。
データセンターの地理的配置も戦略的です。ヨーロッパ、中東、東南アジア、ラテンアメリカへの展開は、これらの地域での中国の影響力拡大を意味します。特にヨーロッパでは、米国のクラウドサービスに対する懸念が高まる中、第三の選択肢として位置づけられる可能性があります。
ただし、データ主権の問題は避けて通れません。欧州各国政府は、重要なデータが中国に流れることへの警戒感を強めており、EU対外直接投資スクリーニング規則による規制も予想されます。アリババが既存のデータセンター事業者の施設を活用する戦略は、こうした規制回避の側面もあると考えられます。
この動きは、AI分野における米中競争が新たな段階に入ったことを示しています。技術開発競争から、グローバルなインフラ構築競争へと競争の舞台が拡大しているのです。
【用語解説】
LLM(Large Language Model)
大規模言語モデルの略称。膨大なテキストデータで訓練された人工知能モデルで、自然言語の理解と生成を行う。ChatGPTやGeminiなどが代表例である。
Apache 2.0ライセンス
オープンソースソフトウェアライセンスの一種。商用利用、修正、再配布が自由に行える柔軟なライセンス形態で、企業での採用が進みやすい。
アベイラビリティゾーン
クラウドサービスにおける地理的に分散された独立したデータセンター群。障害時の冗長性確保や低遅延サービス提供のために設置される。
T-Headチップ
アリババが自社開発した半導体チップ。米国の輸出規制によりNvidia製品が使用できない中、AI処理能力を確保するための代替手段として開発された。
EU対外直接投資スクリーニング規則
欧州連合が重要なインフラや技術分野への外国投資を審査・規制する制度。安全保障上の懸念がある投資案件を事前にスクリーニングする。
【参考リンク】
Alibaba Cloud(外部)
アリババのクラウドコンピューティング部門。世界各地でクラウドサービスを提供し、今回のAIデータセンター拡張計画の中核を担う
Qwen(通义千问)(外部)
アリババが開発するLLMシリーズ。今回発表されたQwen3-Omniは多モーダル対応でApache 2.0ライセンスで提供
NVIDIA(外部)
AI向けGPUの世界最大手メーカー。H100、H20などのチップを製造するが、米国の輸出規制により中国企業への販売が制限
The Register(外部)
英国のIT専門メディア。エンタープライズIT、クラウド、半導体業界の詳細な分析記事で知られる
【参考記事】
Alibaba to Invest RMB380 billion in AI and Cloud Infrastructure Over Next Three Years(外部)
アリババクラウドの公式ブログ記事。今後3年間でAIとクラウドインフラに3800億元(約530億ドル)を投資する計画を詳細に説明している。
The Hunt for AI Gains Is Lifting Chinese Stocks. Here’s What You Need to Know(外部)
投資情報サイトInvestopediaの記事。アリババのような中国テック企業によるAIへの巨額投資が、中国の株式市場全体に与える影響について分析している。
【編集部後記】
アリババのこの大胆な計画を見ていると、AI分野における地政学的な変化を肌で感じませんか。私たち日本の企業や開発者にとって、米中のAI覇権争いは遠い話ではありません。Apache 2.0ライセンスで提供されるQwen3-Omniのような選択肢が増えることで、これまでとは違ったAI活用の可能性が生まれるかもしれません。
一方で、データ主権やセキュリティの問題も無視できない現実です。皆さんは、自社や日常で使うAIサービスを選ぶ際、どのような基準を重視されているでしょうか。技術の優位性か、データの安全性か、それとも経済性でしょうか。この変化の波を、私たちはどう捉え、どう活用していけばよいのか、ぜひご意見をお聞かせください。