NASAとSpaceXは、Dragonフレイターのトランクに搭載されたDracoスラスターの15分間の燃焼により、国際宇宙ステーション(ISS)の軌道上昇に成功した。今回の成功は、オペレーターが予定されていた19分22秒の燃焼を4分未満で手動中断した後の再挑戦である。燃料タンクが計画通りに切り替わらなかったことが中断の原因だった。今回の成功により、2025年後半のソユーズ乗組員交代オペレーションへの準備が整った。次のソユーズ乗組員は2025年11月27日にバイコヌール宇宙基地からMS-28に搭乗して打ち上げられる予定で、NASA宇宙飛行士クリストファー・ウィリアムズにとって初飛行となる。乗組員は2026年半ばまでISSに滞在する。ISSは2030年に制御された再突入を予定しており、SpaceXは2029年までにその任務を遂行できる機体を提供する計画である。
From: Engineers successfully reboost International Space Station after early Dragon abort
【編集部解説】
このニュースは、宇宙開発における重要な転換点を示す出来事です。今回SpaceXのDragonフレイターが成功させたISSのリブースト(軌道上昇)は、単なる技術実証以上の意味を持っています。
まず技術的な背景を説明しましょう。ISSは地球周回軌道上を飛行していますが、高度約400キロメートルでも微量の大気が存在し、これが抵抗となってステーションの軌道は徐々に低下します。放置すれば大気圏に突入してしまうため、定期的に軌道を上げる「リブースト」が必要となります。
これまでこの作業は主にロシアのProgressロケットやズヴェズダモジュールのスラスターが担ってきました。欧州宇宙機関のATV(自動輸送機)も2014年まで活躍しましたが、プログラム終了後はロシアへの依存度がさらに高まっていました。この状況に変化をもたらしたのが、民間企業による新たな能力の獲得です。
SpaceXは今回、Dragonのトランク部分に搭載された専用のリブーストキットを使用しました。このキットには独立した推進剤システムと2基のDracoスラスターが含まれており、年間約9メートル/秒の速度変化をISSに与えることができます。これはProgress宇宙船の約1.5倍の能力に相当します。
今回の成功が特に注目される理由は、9月25日の初回試行が失敗に終わっていたからです。予定されていた19分22秒の燃焼が4分未満で中断され、燃料タンクの切り替えが計画通りに機能しませんでした。しかし、わずか数日後の再挑戦で15分間の燃焼を完遂したことは、SpaceXの問題解決能力の高さを示しています。
この技術開発には、より大きな目的があります。NASAは2030年頃にISSを制御された形で大気圏に再突入させる計画を立てており、SpaceXに最大8億4300万ドルの契約でその専用機体「米国デオービット機体」の開発を委託しています。この機体は通常のDragonを大幅に強化したもので、46基のDracoスラスター(通常の16基に対して30基追加)と約3万キログラムの質量を持ちます。今回のリブースト実証で得られたデータは、この巨大プロジェクトの基礎となります。
一方で、この技術進歩の背景には地政学的な要因も存在します。ロシアのウクライナ侵攻以降、国際宇宙協力の将来に不透明感が漂っています。ロシアは2028年以降ISSから撤退する可能性を示唆しており、米国としては軌道維持能力の自立が急務となっていました。実際、ロシアの宇宙企業エネルギア社のCEOは従業員に対し「現状について自分たちや他者に嘘をつくのをやめなければならない」と語ったと報じられています。
興味深いのは、技術的に自立可能になっても、ISSの米露セグメントの完全分離は現実的でないという点です。欧州宇宙機関が提供したステーションのメインコンピューターがロシアのズヴェズダモジュールに設置されているため、姿勢制御を含むロシアセグメントの機能をすべて置き換えるには、Dragonのスラスター以上の大規模な改修が必要となります。
また、ロシアセグメントでは継続的なエアリーク(空気漏れ)の問題も報告されています。状況が悪化すれば、ハッチを恒久的に閉鎖する可能性も専門家から指摘されています。ステーションの老朽化が進む中、このような対症療法的な措置が必要になる日も遠くないかもしれません。
今回の成功により、11月27日に予定されているソユーズMS-28の打ち上げに向けた準備も整いました。NASA宇宙飛行士クリストファー・ウィリアムズにとって初飛行となるこのミッションの乗組員は、2026年半ばまでISSに滞在する予定です。
民間企業による宇宙インフラ維持能力の獲得は、宇宙開発の新たな段階を象徴しています。政府機関に依存した時代から、SpaceXやNorthrop Grummanといった民間企業が重要な役割を担う時代への移行です。これは単なるコスト削減ではなく、宇宙へのアクセスと運用の持続可能性を高める戦略的な転換と言えるでしょう。
【用語解説】
ISS(International Space Station / 国際宇宙ステーション)
地球の低軌道上を周回する有人宇宙施設。高度約400キロメートルで地球を約90分で1周している。1998年から建設が始まり、米国、ロシア、欧州、日本、カナダなど15か国が参加する国際協力プロジェクト。
リブースト(Reboost)
人工衛星や宇宙ステーションの軌道を上昇させる操作。ISSは大気抵抗により軌道が徐々に低下するため、定期的にスラスターを噴射して高度を維持する必要がある。年間35〜40メートル/秒の速度変化が必要とされる。
Dracoスラスター
SpaceXのDragon宇宙船に搭載される姿勢制御用エンジン。ヒドラジンと四酸化二窒素を推進剤とするハイパーゴリック推進システム。通常のDragonには16基搭載されているが、デオービット機体には46基搭載される予定。
Progress宇宙船
ロシアが開発した無人補給船。1978年から運用されており、ソユーズ宇宙船の無人版として設計された。ISSへの物資輸送とリブースト作業を担当してきた。約2,400キログラムの貨物を運搬可能。
Cygnus宇宙船
Northrop Grumman社が開発した無人補給船。2013年から運用開始。2018年に初めてリブーストのテスト、2022年から本格的なリブースト能力を実証。約3,760キログラムの貨物を運搬可能。
ATV(Automated Transfer Vehicle / 自動輸送機)
欧州宇宙機関が開発した無人補給船。2008年から2014年まで運用され、約7,500キログラムの大容量貨物輸送とリブースト能力を持っていた。Progressの約3倍の輸送能力を誇った。
ズヴェズダモジュール(Zvezda module)
ISSのロシアセグメントの中核モジュール。2000年に打ち上げられ、生命維持システム、居住区、姿勢制御用スラスターを備える。欧州宇宙機関が提供したISSのメインコンピューターもここに設置されている。
デオービット(Deorbit)
人工衛星や宇宙船を軌道から離脱させ、大気圏に再突入させること。ISSは2030年頃に制御された形でデオービットされ、太平洋の無人海域に落下させる計画。
米国デオービット機体(US Deorbit Vehicle / USDV)
NASAがSpaceXに開発を委託したISS専用のデオービット機体。Dragonをベースに、46基のDracoスラスター、約1万6000キログラムの推進剤を搭載。契約額は最大8億4300万ドル。
バイコヌール宇宙基地
カザフスタンにあるロシアが運用する世界最古かつ最大の宇宙船発射施設。1957年に世界初の人工衛星スプートニク1号が打ち上げられた歴史的な場所。現在もソユーズ宇宙船の主要発射基地。
姿勢制御(Attitude Control)
宇宙船や人工衛星の向きを調整・維持する技術。ISSは地球観測機器やソーラーパネルを適切な方向に向けるため、常に姿勢制御が必要。
大気抵抗(Atmospheric Drag)
高度約400キロメートルでも微量の大気が存在し、ISSのような大型構造物が高速で移動すると抵抗を受ける。この抵抗により軌道が徐々に低下するため、定期的なリブーストが不可欠。
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【参考記事】
【編集部後記】
ISSの軌道維持という地味に見える作業の裏側に、国際関係の変化と民間宇宙企業の台頭という大きな潮流が隠れていることに驚かれたのではないでしょうか。2030年のISS退役まで残り5年。その後の低軌道における人類の活動拠点はどうなるのか、商業宇宙ステーションは本当に実現するのか——この移行期にこそ、宇宙開発の未来を占うヒントが詰まっています。政府主導から民間主導へのシフトが宇宙開発にどんな変化をもたらしていくのでしょうか。