10月8日は「木の日」です。漢字の「十」と「八」を組み合わせると「木」になることから制定されたこの記念日に、私たちは木材という古くて新しい素材の可能性について考えてみたいと思います。
人類は数万年にわたり木材を利用してきましたが、21世紀の今、木材は単なる伝統的な建築資材ではなく、先端技術との融合により「高機能木材」として生まれ変わろうとしています。脱炭素社会の実現が急務となる中、これらの革新的な木質材料は、持続可能な未来を築く鍵として世界中から注目を集めています。
透明な木材―光学特性を獲得した新素材
木材の概念を根底から覆す技術の一つが、透明木材です。
スウェーデン王立工科大学のラース・ベルグルンド教授らの研究チームによって2016年に技術が確立された透明木材は、木材からリグニンを除去し、その空隙に屈折率を調整した樹脂を充填することで、光学的に透明な木材を実現しています。日本では資生堂みらい研究グループが、環境負荷の低い薬剤を使用した循環型の透明木材を2022年に開発し、実用化に向けた研究が進められています。
透明木材の最大の特徴は、その断熱性能です。ガラスと比較して約5倍の断熱効果を持ち、建築物のエネルギー効率を大幅に向上させる可能性があります。メリーランド大学の胡良兵教授らは、透明木材を窓材として使用することで、建物の冷暖房エネルギーを最大30%削減できると試算しています。
さらに、透明木材は光の散乱特性を制御できるため、柔らかな自然光を室内に取り込むことができます。この特性は、眩しさを抑えながら明るさを確保する次世代の建築材料として期待されています。
CLT―木造建築の高層化を実現する革新
Cross Laminated Timber(CLT)は、ひき板を繊維方向が直交するように積層接着した大判の木質パネルです。1990年代にオーストリアで開発されたこの技術は、木造建築の可能性を劇的に拡張しました。
CLTの強度は、その構造に由来します。繊維方向を直交させることで、収縮や膨張を抑制し、寸法安定性が向上します。また、厚みのあるパネル構造により、優れた耐火性能を実現しています。表面が炭化することで内部を保護する「燃え止まり効果」により、一定時間の耐火性能が確保されるのです。
この技術により、木造建築の高層化が現実のものとなりました。ノルウェーのブルムンダールには、CLTを使用した85.4メートル、18階建ての集合住宅「ミョーストーネット」が2019年に完成しています。カナダのブリティッシュコロンビア大学には53メートルの学生寮が建設されました。また、2025年大阪・関西万博の「大屋根リング」は、建築面積61,035.55平方メートルで世界最大の木造建築物として2025年3月にギネス世界記録に認定されています。日本国内でも宮城県で10階建て以上のCLT建築が実現しています。
CLTによる炭素固定効果も見逃せません。木材は成長過程でCO2を吸収し、炭素として固定します。鉄筋コンクリート造と比較して、CLT建築は建設時のCO2排出量を約60%削減できるという試算もあります。
改質木材―性能を飛躍的に向上させる化学的アプローチ
木材の弱点である吸湿性や寸法変化、耐久性の問題を化学的に解決するのが改質木材です。
アセチル化木材は、木材中の水酸基をアセチル基に置換することで、吸湿性を大幅に低減します。オランダのアコヤ社が開発した「アコヤウッド」は、この技術により50年以上の耐久性を実現し、屋外デッキや外壁材として世界中で使用されています。
熱処理木材は、180〜230℃の高温で木材を処理することで、寸法安定性と耐腐朽性を向上させます。フィンランドで発展したこの技術は、化学薬品を使用しないため環境負荷が低く、欧州を中心に普及が進んでいます。
近年注目されているのがフルフリル化木材です。フルフリルアルコールを木材に含浸させて重合することで、密度と硬度が大幅に向上します。ノルウェーのケバニー社が製造する「ケバニーウッド」は、通常の軟材を広葉樹並みの硬度に変化させることに成功しています。
セルロースナノファイバー―木材から生まれる次世代素材
木材の主成分であるセルロースをナノレベルまで解きほぐしたセルロースナノファイバー(CNF)は、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を持つ驚異的な素材です。
CNFの応用範囲は極めて広範です。自動車部品への利用により車体の軽量化が進み、燃費向上に貢献します。トヨタ自動車や日産自動車は、CNF配合樹脂を用いた自動車部品の実用化を進めています。大王製紙は2025年7月に生産能力2,000トン/年のCNF複合樹脂商用プラントの商業生産を開始し、実用化が加速しています。
電子機器分野では、CNFから作られた透明なフィルムが、フレキシブルディスプレイの基板として研究されています。その高い透明性と寸法安定性は、次世代ディスプレイ技術の発展を支える可能性を秘めています。
医療分野でも期待が高まっています。CNFの生体適合性と高い保水性を活かし、人工血管や創傷被覆材への応用研究が進められています。
リグノセルロースナノファイバー―木材の全成分を活かす
従来のCNF製造では、リグニンを除去する必要がありました。しかし、リグニンを残したまま製造する「リグノセルロースナノファイバー(LCNF)」の開発により、製造コストの削減と新たな機能性の付与が可能になりました。
LCNFは、リグニンの持つ抗菌性や紫外線吸収性を保持しながら、ナノファイバーの特性を発揮します。製造工程も簡素化されるため、CNFの課題であった製造コストの高さを克服できる可能性があります。
木材の未来―バイオエコノミーの中核として
これらの高機能木材は、単なる技術革新にとどまらず、社会システムの転換を促す可能性を持っています。
循環型経済の実現という観点から、木材は理想的な素材です。適切に管理された森林から生産される木材は再生可能であり、使用後は生分解するか、バイオマスエネルギーとして利用できます。欧州では、木材を中心としたバイオエコノミーの構築が政策的に推進されています。
都市の木質化も重要なトレンドです。パリ協定以降、建築分野での脱炭素化が急務となる中、木造建築は炭素を都市に固定する「都市の森林」として位置づけられるようになりました。国際エネルギー機関(IEA)は、2050年までに建築分野でのカーボンニュートラルを達成するには、木材利用の拡大が不可欠だと指摘しています。
デジタル技術との融合も進んでいます。AI技術を用いた木材の品質評価、ドローンによる森林管理、ブロックチェーンによる木材のトレーサビリティ確保など、デジタル技術が持続可能な木材利用を支えています。
日本における展開と課題
日本は国土の約7割が森林という森林大国でありながら、木材自給率は2023年時点で43.0%にとどまっています。戦後植林されたスギやヒノキが成熟期を迎える中、これらを高付加価値な高機能木材として活用することは、林業の活性化と地方創生の観点からも重要です。
国も2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」を制定し、公共建築物の木材利用を推進してきました。2021年には「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市(まち)の木造化推進法)として改正され、対象が民間建築物を含む建築物一般へと拡大されました。この法改正により、木材利用推進の機運が高まっています。
しかし課題も存在します。高機能木材の製造技術は確立されつつありますが、コストの高さが普及の障壁となっています。また、建築基準法や防火規制など、制度面での整備も必要です。さらに、設計者や施工者の木材に関する知識や技術の向上も求められます。
木材という素材が示す未来
高機能木材の発展は、人類とテクノロジーの関係性を再考させてくれます。最先端の技術は必ずしも人工的な新素材の開発だけを意味するのではありません。長い歴史を持つ自然素材に現代科学を融合させることで、持続可能性と高機能性を両立した革新が生まれるのです。
透明木材が示すのは、材料科学の新たな地平です。CLTが証明するのは、伝統的な素材による現代建築の可能性です。そしてCNFやLCNFが指し示すのは、バイオマスを基盤とした産業構造への転換です。
10月8日の「木の日」に、私たちは木材という素材を通じて、技術と自然の新しい関係性を考えることができます。高機能木材は、持続可能な未来を実現するための重要なピースであり、その発展は人類の進化そのものを象徴しているのかもしれません。