風力駆動の火星ローバー「タンブルウィード」、2025年に実証試験成功―100日で422km移動可能に

[更新]2025年10月3日08:52

風力駆動の火星ローバー「タンブルウィード」、2025年に実証試験成功―100日で422km移動可能に - innovaTopia - (イノベトピア)

Team Tumbleweedが実施したデンマークとオランダでの風洞試験により、風力駆動のタンブルウィード型火星ローバーの実現可能性が実証された。

2025年のEuroplanet Science Congress–AAS Division of Planetary Scienceで発表されたこの研究では、球形のローバーが火星の風のみで駆動し、表面を転がりながらデータを収集する。

デンマークのオーフス大学で実施された試験では、毎秒9〜10メートルの風速でプロトタイプが砂地や岩場などさまざまな地形を転がり、搭載センサーで大気条件や温度データの取得に成功した。

Team Tumbleweedのサイエンス責任者James Kingsnorthは、火星でローバーが動作し科学データを収集できる実験的検証が得られたと述べた。モデリングによれば、ローバーは100火星日で約422キロメートルを平均時速0.36キロメートルで移動でき、好条件下では最大2,800キロメートルに達する可能性がある。

From: 文献リンクMars Is About to Get a New Type of Rover: And It’s Powered by the Wind!

【編集部解説】

火星探査といえば、これまでCuriosityやPerseveranceのような精密な車輪型ローバーが主流でした。しかし今回のタンブルウィード型ローバーは、その常識を覆す発想の転換です。風だけで動く球体が火星を転がる――一見シンプルすぎるこのアイデアが、実は火星探査の大きな課題を解決する可能性を秘めています。

従来のローバーが抱える最大の問題は、コストと移動範囲の限界でした。精密な機構を持つローバーは1台数千億円規模の投資が必要で、慎重な運用が求められます。対してタンブルウィード型は、複雑な駆動系やソーラーパネル、大容量バッテリーが不要です。風というタダのエネルギー源を使い、故障リスクの高い可動部品を最小限に抑えられます。

移動距離の差も圧倒的です。従来の精密ローバーは慎重な運用が必要で、数年かけても数十キロメートル程度の移動範囲に留まります。一方、タンブルウィードローバーは100火星日で422キロメートル、好条件なら2,800キロメートルも移動できる試算が出ています。この機動力があれば、極冠から赤道まで広範囲の気候データを収集したり、複数台を同時展開して火星全体の大気循環パターンを解明したりすることも現実的になります。

Team Tumbleweedは最終的に直径5メートルの実機を想定しており、2025年4月にはオランダの採石場で半サイズのプロトタイプ試験も実施しています。市販の計測機器を搭載したままでも、転がりながらリアルタイムで環境データを取得できることが確認されました。

ただし課題もあります。風任せという特性上、行き先を正確にコントロールできません。特定地点の詳細調査には向かず、あくまで広域調査に特化した手法といえるでしょう。また火星の風速は地球より遅く、大気密度も1%程度しかないため、十分な推進力が得られるかは実地試験が必要です。

今回オーフス大学で実施された風洞試験は、あくまで地球上でのシミュレーション。火星の実環境では、砂嵐による摩耗や極低温下での材料劣化など、予期せぬ問題が発生する可能性もあります。

それでも、この技術が実用化されれば火星探査の民主化が進むでしょう。低コストで大量配備できれば、大学や民間企業も独自ミッションを立ち上げやすくなります。精密探査を担う高価なローバーと、広域データ収集を担う安価なタンブルウィード群――この組み合わせこそ、次世代火星探査の理想形かもしれません。

【用語解説】

火星日(ソル)
火星における1日の長さを示す単位。火星の自転周期は地球より約40分長く、1ソルは24時間39分35秒に相当する。火星探査ミッションでは地球の日(Day)と区別するためソル(Sol)という呼称が用いられる。

Europlanet Science Congress
欧州を中心とした惑星科学の国際会議。毎年開催され、太陽系探査に関する最新の研究成果が発表される。2025年はAAS Division of Planetary Science(米国天文学会惑星科学部門)との合同開催となった。

風洞試験
風の流れを人工的に作り出す装置(風洞)を使い、物体に対する風の影響を測定する実験手法。航空機や自動車の開発で広く用いられ、今回は火星の風環境を模擬して行われた。

オーフス大学
デンマーク第二の都市オーフスに位置する総合大学。1928年創立で、特に自然科学分野での研究が評価されている。今回のタンブルウィードローバー試験では惑星環境施設(Planetary Environment Facility)の風洞が使用された。

【参考リンク】

Team Tumbleweed 公式サイト(外部)
風力駆動火星ローバーの開発を進める国際研究チーム。プロジェクトの詳細、技術仕様、試験結果などを公開している。

Europlanet Society(外部)
欧州の惑星科学コミュニティを統括する組織。研究者間の連携促進や年次科学会議の運営を行う。

NASA Mars Exploration Program(外部)
NASAの火星探査プログラム公式サイト。現在稼働中のローバーの最新情報や火星の科学データを提供。

Aarhus University (オーフス大学)(外部)
デンマークを代表する研究大学。今回の風洞試験を実施した施設を保有し、航空宇宙工学分野でも実績を持つ。

【参考記事】

Tumbleweed-inspired Mars rovers could be blown across the red planet(外部)
Space.comによる詳細レポート。風洞試験の数値データや最終設計では直径5メートルのローバーを想定していることを報告。

Wind driven rovers show promise for low cost Mars missions(外部)
Mars Dailyの記事。低コストミッションとしての可能性に焦点を当て、複数台同時展開による広域観測の利点を解説。

Tumbleweed rover tests demonstrate transformative technology for Mars exploration(外部)
Phys.orgによる技術解説。30〜50センチメートルの小型プロトタイプを使用した実験結果の詳細を掲載。

A Herd of Tumbleweed Rovers Could Explore Mars(外部)
Universe Todayによる分析記事。群れとしての運用コンセプトに注目し、火星の大気循環調査の可能性を論じる。

【編集部後記】

火星探査といえば、精密機械の塊のような高価なローバーを想像しませんか?でも今回の風で転がる球体という発想は、その常識を心地よく裏切ってくれます。「シンプルこそ最強」という言葉が、宇宙開発の世界でも通用するかもしれないと思うと、なんだかワクワクしますよね。

みなさんは、この風任せの探査機が火星のどんな秘密を明らかにしてくれると思いますか?
コストが下がれば、大学や民間企業も参入しやすくなります。もしかしたら、私たちがもっと身近に火星探査を感じられる日も、そう遠くないのかもしれません。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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