ispace株式会社は2025年10月2日、経済産業省の中小企業イノベーション研究助成金により開発中の次世代Series 3月面着陸船の構造熱モデルが、環境試験に合格したと発表した。
2025年4月から宇宙航空研究開発機構筑波宇宙センターで実施された試験には、振動、音響、熱真空の3種類があり、打ち上げ時の激しい振動や、日光下で約130℃、影では-140℃という極端な温度環境への耐性を検証した。Series 3着陸船は高さ約3.6m、幅約3.3m、重量約1,000kg(乾燥重量)で、数百kgのペイロードを月面に輸送できる。
ispaceは2023年10月に経済産業省から最大120億円の資金提供を受けており、当初2027年を予定していたミッション4の打ち上げは現在2028年に変更され、関連省庁と協議中である。
From: ispace Announces Series 3 Lander Achieves Significant Testing Milestone for Mission 4
【編集部解説】
ispaceのSeries 3着陸船が環境試験に合格しました。この試験は単なる形式的なものではなく、宇宙空間という過酷な環境に耐えうるかを実証する重要なステップです。
注目すべきは、ispaceがミッション1、2と続いた着陸失敗という経験から得た教訓を、次世代機の設計に反映させている点です。特に今回の構造熱モデル試験では、打ち上げ時の激しい振動と、月面の極端な温度変化(日なたで130℃、日陰で-140℃)への耐性を検証しました。この温度差は地球上では想像しにくい過酷さであり、材料選定から構造設計まで高度な技術が求められます。
Series 3の最大の特徴は、ペイロード容量の大幅な拡大です。数百kgの荷物を月面に運べる能力は、科学機器だけでなく、将来的には資源探査装置や建設機材など、より実用的な機器の輸送を可能にします。これは月面活動の商業化に向けた重要な進展といえるでしょう。
一方で、打ち上げ時期が2027年から2028年へと延期された点には注意が必要です。宇宙開発においてスケジュール変更は珍しくありませんが、経済産業省から最大120億円という大規模な公的資金を受けている以上、開発の透明性と進捗管理は厳しく問われます。
この着陸船が成功すれば、日本は独自の月面輸送能力を持つ数少ない国の一つとなり、国際的な月探査プロジェクトにおける発言力も高まります。民間企業主導という形態は、従来の国家主導型とは異なる柔軟性とスピード感をもたらす可能性があります。
【用語解説】
TVAC試験(熱真空試験)
Thermal Vacuum testingの略で、宇宙空間の真空状態と極端な温度変化を地上で再現する試験である。宇宙機が実際の運用環境に耐えられるかを検証する重要な工程となる。
構造熱モデル(STM)
Structural Thermal Modelの略称。実際に宇宙へ送る飛行モデルの前段階として製作される試験用モデルで、構造強度と熱特性を検証するために使用される。
SBIR(中小企業イノベーション研究)
Small Business Innovation Researchの略。政府が中小企業の技術開発を支援する制度で、革新的な研究開発に対して段階的に資金を提供する仕組みである。
ペイロード
宇宙機が輸送する貨物や機器のこと。科学観測装置、通信機器、探査ロボットなど、ミッションの目的に応じた様々な機材が含まれる。
乾燥重量
推進剤(燃料)を含まない機体本体の重量。宇宙機の性能を比較する際の基準となる重要な指標である。
【参考リンク】
ispace株式会社 公式サイト(外部)
日本発の民間月面探査企業。月面着陸船とローバーの開発を行い、高頻度・低コストの月輸送サービスの実現を目指している。
JAXA 筑波宇宙センター(外部)
宇宙航空研究開発機構の主要施設。茨城県つくば市に位置し、宇宙機の開発、試験、運用管制を担う日本最大の宇宙開発総合施設。
経済産業省 SBIR制度(外部)
中小企業の革新的な研究開発を支援する政府プログラム。段階的な資金提供により技術の実用化を後押しする制度。
【参考記事】
ispace、シリーズ3着陸機がミッション4の重要なテストマイルストーンを達成したことを発表(外部)
ispace株式会社の公式プレスリリース。2023年10月の最大120億円の資金提供決定。
【編集部後記】
ispaceの新たな一歩を報じるたびに、技術の確かな進展に胸が熱くなります。innovaTopiaではこれまで、ミッション1、そしてミッション2と、着陸失敗という厳しい結果も報じてきました。しかし、その経験から得た教訓が、今回のSeries 3着陸船の過酷な環境試験合格という成果に繋がっていることは間違いありません。失敗は終わりではなく、次なる成功への通過点なのだと改めて感じさせられます。
月面で数百kgの荷物を運べる時代が、もうすぐそこまで来ています。科学実験だけでなく、資源探査や建設活動までが視野に入るこの未来に、私たちは何を期待し、どう関わっていくべきでしょうか。宇宙開発はもはや国家だけのものではなく、民間企業、そして私たち一人ひとりがその可能性を語り、応援できる時代です。2028年に予定されるミッション4の挑戦を、心から応援したいと思います。