月面に活断層を発見、月震リスクは10年で5,500分の1──長期滞在時代の新たな課題

[更新]2025年10月5日08:50

月面に活断層を発見、月震リスクは10年で5,500分の1──長期滞在時代の新たな課題 - innovaTopia - (イノベトピア)

月の地震活動に関する新たな研究が、月震の危険性を明らかにした。この研究は学術誌Science Advancesに掲載された論文「月のタウルス・リトロー渓谷における古地震活動:岩石の落下と地滑りから推測される」で報告されている。

アポロ17号が探査したタウルス・リトロー渓谷の調査により、隕石衝突と並び、月震もまた地形変化の主要因の一つであることが判明した。研究を率いたニコラス・シュマー氏、トーマス・R・ワッターズ氏らの研究チームは、リー・リンカーン断層などの活断層が現在も活動している可能性を指摘している。

活断層付近で破壊的な月震が発生する確率は1日あたり2,000万分の1だが、10年間では5,500分の1に上昇する。NASAのアルテミス計画における長期月面基地の建設において、活断層を避けた立地選定が推奨されている。

From: 文献リンクThe Moon Is Cracking Open: Scientists Warn of Hidden Seismic Dangers Threatening Lunar Missions

【編集部解説】

月は地質学的に「死んだ」天体だと長らく考えられてきました。しかし今回の研究は、その認識を大きく覆すものです。月の内部では現在も地殻変動が進行しており、月震という形で表面に影響を及ぼしています。

注目すべきは、この発見がNASAのアルテミス計画のタイムラインと重なっている点です。2020年代後半から2030年代にかけて、人類は再び月面に降り立ち、今度は恒久的な基地の建設を目指しています。アポロ計画が数日間の短期滞在だったのに対し、今後は数ヶ月、数年単位での居住が想定されるため、地震リスクの評価が不可欠になります。

研究チームが示した確率の変化は示唆に富んでいます。1日あたり2,000万分の1という数字は確かに小さく見えますが、10年間の累積では5,500分の1まで上昇します。これは地球上の建築基準で考えれば、決して無視できない水準です。

月の地震は地球とは異なるメカニズムで発生します。月は冷却と収縮を続けており、その過程で地殻に応力が蓄積され、断層が形成されます。NASAによれば、この収縮により月の直径は過去数億年の間に約50メートル小さくなったとされています。リー・リンカーン断層のような逆断層は、この収縮運動の直接的な証拠であり、約2,850万年前の月震によって引き起こされた岩石の落下や地滑りの痕跡が今も残っています。

この知見は月面基地の設計思想にも影響を与えるでしょう。単に平坦で着陸しやすい場所を選ぶだけでなく、地質学的な安定性を詳細に評価する必要があります。崖や断層崖から十分な距離を取ることが、長期ミッションの安全性を左右する要因となります。

【用語解説】

月震(Moonquake)
月の内部や表層で発生する地震現象。地球の地震と同様に、断層のずれや地殻の変動によって引き起こされる。月には大気や水がないため、一度発生した振動は地球よりも長時間継続する特性を持つ。

タウルス・リトロー渓谷(Taurus-Littrow Valley)
月面の北東部に位置する渓谷で、1972年12月にアポロ17号が着陸した場所。月の地質学的に若い地形が存在し、科学的に重要な探査対象地域として選定された。

逆断層(Thrust Fault)
地殻の圧縮によって形成される断層の一種。月の場合、冷却による収縮が原因で発生し、断層面に沿って地殻が押し上げられる。リー・リンカーン断層がこのタイプに該当する。

断層崖(Scarp)
断層運動によって形成された急峻な崖。月面では逆断層に伴って形成され、地質学的に活発な領域の指標となる。

アポロ17号(Apollo 17)
1972年12月に実施されたNASAの最後の有人月面探査ミッション。宇宙飛行士ユージン・サーナンとハリソン・シュミットがタウルス・リトロー渓谷を探査した。

【参考リンク】

NASA Artemis Program(外部)
NASAが推進する月面探査プログラム。2020年代後半に人類を再び月面に送り、持続可能な月面基地の建設を目指している。

Smithsonian National Air and Space Museum(外部)
スミソニアン協会が運営する航空宇宙博物館。本研究の共著者トーマス・R・ワッターズが所属する研究機関である。

Science Advances Journal(外部)
米国科学振興協会が発行する査読付きオープンアクセス学術誌。今回の月震研究論文が掲載された権威ある学術誌。

【参考記事】

Paleoseismic activity in the moon’s Taurus-Littrow valley inferred from boulder falls and landslides(外部)
月のタウルス・リトロー渓谷における古地震活動を岩石の落下と地滑りから推測した原著論文。活断層の危険性を定量評価している。

Active Faults on the Moon Could Threaten Future Lunar Bases(外部)
NASAの公式発表記事。月面基地建設における地震リスク評価方法と、アルテミス計画における安全対策について説明している。

Moon’s Shrinking Size Creating Moonquakes, NASA Warns(外部)
スミソニアン協会の記事。月が冷却により収縮を続けており、過去5,000万年で直径が約50メートル縮小したという研究を紹介。

【編集部後記】

月面基地というSFの世界が現実になろうとしている今、私たちが想像していた未来とは少し違う課題が見えてきました。月は静かで安定した場所だと思っていましたが、実は今も変化し続けている生きた天体だったのです。地球上で建物を建てる際に地盤調査をするように、月でも同じことが必要になる。この事実に、宇宙開発の新しいフェーズを感じませんか。

ちなみにinnovaTopiaでは以前、中国の研究チームによる月震の調査についても報じています。視点の違うこちらの記事と合わせて読むと、より多角的に月探査の現状が見えてくるかもしれません。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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