JetBrainsは2025年10月7日、GoogleとZed Industriesに加わり、AIエージェントがコードエディタや統合開発環境と相互作用する標準であるAgent Client Protocol(ACP)を採用したと発表した。
ACPをサポートするコーディングエージェントはエディタとの自動統合が可能となり、標準がない場合に必要だった各エディタ用の個別アドイン作成が不要になる。
JetBrainsはMicrosoftに次ぐ第2位のシェアを持ち、Zedとプロトコル開発で協力する。同社はベンダーロックインがないことを最大のメリットとしている。Microsoftは調査によると75%以上の開発者が使用するVS Codeで市場を支配しており、VS Codeマーケットプレイスには80,000を超える拡張機能がある。
一方、JetBrainsは10,000の拡張機能を提供している。VS Code自体のACP対応について、Microsoft側はこの動きに慎重な姿勢を見せており、VS Code関連のGitHub上の議論では、プロトコルへの関心は示されているものの、現時点で具体的な実装計画はないことが示唆されている。
ACPは現在GitHubで活発な開発中で、EmacsとNeovimエディタでは拡張機能を介したサポートがある。
From: JetBrains throws support behind Agent Client Protocol – The Register
【編集部解説】
開発ツール市場で今、興味深い動きが起きています。JetBrainsがAgent Client Protocol(ACP)への支持を表明したことは、VS Codeが圧倒的なシェアを握る現在の開発環境エコシステムに、新たな風穴を開ける可能性を秘めています。
ACPが解決しようとしているのは、AIコーディングアシスタントの「エディタ間の壁」です。現状では、開発者がGitHub CopilotやGemini Code Assistなどを使う際、それぞれのツールが特定のエディタ向けに個別開発されています。これは開発者にとってもAIツール提供者にとっても非効率的で、結果的にVS Codeへの一極集中を加速させる要因となっていました。
このプロトコルが普及すれば、開発者は自分の好きなIDEを使いながら、任意のAIアシスタントを自由に選択できるようになります。例えば、JetBrainsのIntelliJ IDEAを愛用する開発者が、Googleのコーディングアシスタントを使いたい場合でも、特別なプラグイン開発を待つ必要がなくなるのです。
注目すべきは、この標準化の動きを主導しているのが、GoogleやJetBrainsといった大手企業である点です。特にJetBrainsは開発ツール市場でMicrosoftに次ぐ主要プレイヤーであり、IntelliJ IDEA、PyCharm、WebStormなど専門特化型IDEで強固なユーザーベースを持っています。彼らにとってACPは、VS Codeの拡張機能エコシステムに対抗する戦略的な選択肢となります。
一方で、最大の鍵を握るのはMicrosoftの対応です。VS Codeは75%以上という圧倒的なシェアを持ち、80,000を超える拡張機能という巨大なエコシステムを構築しています。現時点でMicrosoftのエンジニアは「すぐに実装する予定はない」と慎重な姿勢を見せていますが、これは理解できる反応です。市場リーダーにとって、既存の優位性を揺るがす可能性のある標準を急いで採用する動機は少ないからです。
ただし、MicrosoftにもACPを採用するメリットはあります。同社はVS Codeとは別に、Windows専用のVisual Studioという異なる拡張モデルを持つIDEを提供しています。ACPを通じて両製品でシームレスにAIエージェントが動作すれば、自社製品間の相互運用性が向上します。
技術的な観点から見ると、ACPはまだ「活発な開発中」の段階です。EmacsやNeovimといった伝統的なエディタでは既にサポートが始まっています。しかし、プロトコルの仕様が固まり、主要なIDEとAIツールが実装を完了するまでには時間がかかるでしょう。
このニュースが示唆する長期的な影響は、AIコーディングアシスタント市場の健全な競争環境の実現です。現在、VS Codeプラグインとしてのみ提供されるツールも多く、これが事実上の「ベンダーロックイン」を生んでいます。ACPが普及すれば、開発者はツールの品質によって真に自由な選択ができるようになり、イノベーションが加速する可能性があります。
ただし、標準化には常に課題が伴います。異なる企業の思惑が交錯する中で、プロトコルの仕様をどこまで柔軟にし、どこまで厳格にするかのバランスは難しい判断です。また、セキュリティやプライバシーの観点から、AIエージェントがコードベースにアクセスする際の標準的なガイドラインも必要になるでしょう。
開発者コミュニティにとって、この動きは歓迎すべきものです。選択肢が増え、特定のベンダーに依存しない柔軟な開発環境を構築できるようになれば、それぞれのワークフローに最適化されたツールチェーンを組み立てられます。今後数ヶ月から1年の間に、この標準がどれだけの支持を集め、実装が進むかが、開発ツール市場の未来を占う重要な指標となるでしょう。
【用語解説】
Agent Client Protocol(ACP)
AIエージェントとコードエディタ・IDE間の通信方法を標準化するプロトコル。これにより、一つのAIコーディングアシスタントが複数の開発環境で動作可能となり、個別のプラグイン開発が不要になる。
統合開発環境(IDE)
コードの記述、デバッグ、テスト、ビルドなど、ソフトウェア開発に必要な機能を一つにまとめた開発ツール。複数の機能が統合されているため、開発者の生産性向上に寄与する。
コードエディタ
ソースコードを編集するための専用テキストエディタ。IDEよりも軽量でシンプルな機能を持つが、拡張機能により高度な開発環境として利用できる。
ベンダーロックイン
特定のベンダーの製品やサービスに依存してしまい、他の選択肢への移行が困難になる状態。技術的・経済的な制約により、ユーザーの選択の自由が制限される。
拡張機能(エクステンション)
エディタやIDEに追加機能を提供するソフトウェアモジュール。ユーザーが必要に応じて機能を追加・カスタマイズできる仕組み。
CLI(コマンドラインインターフェース)
テキストベースでコンピュータを操作する方法。GUIと異なり、コマンドを文字で入力して実行する。開発者にとって強力な操作手段ですが、AIエージェント利用の文脈では、エディタとターミナルを頻繁に行き来することが非効率になる場合があります。
【参考リンク】
Agent Client Protocol 公式サイト(外部)
ACPの仕様や実装ガイド、採用状況などを提供する公式サイト。プロトコルの技術詳細やコミュニティ情報にアクセスできる。
JetBrains(外部)
IntelliJ IDEA、PyCharm、WebStormなど、専門特化型IDEを提供するチェコの開発ツール企業。業界でMicrosoftに次ぐ主要プレイヤー。
Visual Studio Code(外部)
Microsoftが提供する無料のオープンソースコードエディタ。75%以上の開発者が使用し、80,000を超える拡張機能を持つ市場リーダー。
Zed(外部)
Rustで構築された高速でモダンなコードエディタ。ACPの共同開発者として、オープンな開発環境エコシステムの実現を目指している。
GitHub – Agent Client Protocol(外部)
ACPのオープンソースリポジトリ。プロトコルの仕様、実装例、開発状況などが公開されている。
Google Gemini Code Assist(外部)
GoogleのAIコーディングアシスタント。IDE内でコード生成や補完、説明などを提供するサービス。
Open VSX Registry(外部)
ベンダー中立のVS Code互換拡張機能レジストリ。約7,000の拡張機能を提供している。
【参考記事】
JetBrains × Zed: Open Interoperability for AI Coding Agents in Your IDE(外部)
JetBrainsの公式ブログ。ACPへの参加表明と、ZedとのコラボレーションによってIDEにおけるAIコーディングエージェントのオープンな相互運用性を実現する意義を説明。
ACP Brings JetBrains on Board — Zed’s Blog(外部)
Zedの公式ブログ。JetBrainsがACPに参加したことの意義と、プロトコルの技術的詳細、開発環境エコシステムにおける標準化の重要性について解説。
Zed debuts Agent Client Protocol to connect AI coding agents to any editor(外部)
ACPの初期発表時の記事。プロトコルが解決しようとする課題と、開発者がエディタを自由に選択できるようになる利点について詳述している。
【編集部後記】
普段お使いの開発環境で、AIコーディングアシスタントはどのように選んでいますか?もしかすると、エディタに最初から対応しているツールを何となく使っている、という方も多いのではないでしょうか。ACPのような標準化が進めば、「本当に自分の開発スタイルに合ったAIツール」を自由に選べる未来が近づいてきます。
みなさんがIDEやエディタを選ぶとき、何を最優先していますか?機能の豊富さ、動作の軽快さ、それともエコシステムの充実度でしょうか。この標準化の動きが、開発者としての日々の選択にどんな影響を与えるのか、一緒に考えてみませんか。