Appleの「探す」機能が犯罪捜査に貢献、年間4万台の密輸ネットワークを摘発

[更新]2025年10月11日12:30

Appleの「探す」機能が犯罪捜査に貢献、年間4万台の密輸ネットワークを摘発 - innovaTopia - (イノベトピア)

先週、私たちはBluetoothトラッカー「Tile」のセキュリティ脆弱性が悪用されるリスクを報じました。位置情報を追跡する技術は、使い方次第で私たちを守る盾にも、脅かす矛先にもなり得る——その両面性を示す象徴的な事例が、今度は正反対の文脈で浮上しています。

2024年のクリスマスイブ、ロンドンで盗まれた1台のiPhoneが、AppleのFind My機能によって年間40,000台規模の国際的な密輸ネットワーク摘発の糸口となりました。消費者向けに設計されたトラッキング技術が、意図せず犯罪捜査の最前線に立った瞬間です。

わずか数日前、私たちは「追跡されるリスク」を論じました。しかし今日は、その同じ技術が「犯罪者を追跡する力」として機能した事実をお伝えします。位置情報テクノロジーが持つ二面性——それは、私たちが向き合うべき現代の最も複雑な倫理的課題の一つです。


2024年のクリスマスイブ、スマートフォン窃盗の被害者がAppleの「探す」機能を使用して盗難デバイスを追跡し、英国警察をヒースロー空港近くの倉庫へ導いた。

そこには香港行きの盗難スマートフォン約900台が保管されていた。この発見を契機に警察は「オペレーション・エコスティープ」を開始。

約10ヶ月間の捜査の結果、28か所への家宅捜索により18人を逮捕した。警察は2,000台以上の盗難デバイスを回収し、年間最大40,000台のスマートフォンを中国へ密輸していた国際的な犯罪ネットワークを摘発したと発表した。

ロンドンでは電動バイクに乗った窃盗犯が盗んだスマートフォンを1台300ポンド(約400ドル)で販売している。2025年6月の英国議会公聴会で、国会議員Martin WrigleyはAppleとGoogleに対し、GSMAのIMEIブラックリストに登録されたデバイスのブロックを求めた。

英国政府は2025年2月に犯罪および警察活動法案を導入し、警察に令状なしで盗難デバイスの位置情報が特定された施設を捜索する権限を付与した。

From: 文献リンクOne stolen iPhone uncovered a network smuggling thousands of devices to China

【編集部解説】

このニュースの本質は、消費者向けに設計された「探す」機能が、意図せず犯罪捜査の強力なツールになったという点にあります。2010年の登場時、この機能は単なる紛失防止サービスでしたが、15年が経過した今、国境を越える組織犯罪の摘発にまで活用されるようになりました。

注目すべきは、窃盗犯がアルミホイルで端末を包んで追跡を妨害しようとしていた点です。これは犯罪者側もトラッキング技術の進化を理解し、対抗策を講じていることを示しています。しかし、たった1台の追跡から年間40,000台規模の密輸ネットワークが崩壊したことは、テクノロジーが犯罪対策において優位に立っていることを証明しました。

一方で、この事案は技術的な問題よりも制度的な課題を浮き彫りにしています。IMEIブラックリストという仕組みは既に存在しているものの、各国の通信事業者が任意で運用しているため、盗難端末が別の国で使用可能になってしまうのです。アクティベーションロックされた端末でさえ部品取りで価値の30%を保持できるという事実は、盗難ビジネスの経済的合理性を裏付けています。

英国議会がAppleとGoogleに求めているのは、OSレベルでのブロック機能です。もしiCloudやGoogleアカウントへの接続自体を拒否すれば、盗難端末は文字通り「文鎮化」します。技術的には実装可能であるにもかかわらず、両社が慎重な姿勢を崩さない背景には、プライバシー保護や誤ブロックのリスク、さらには中古市場への影響といった複雑な要素が絡んでいると考えられます。

興味深いのは、英国政府が令状なしでの捜索権限を警察に付与した点です。これはデバイスの位置情報という客観的データがあれば、従来の令状取得プロセスを省略できるという新しい法的解釈を示しています。テクノロジーの進化が法制度の変革を促す典型例と言えるでしょう。

この事案は、デバイスセキュリティが個人の問題から社会インフラの問題へと変化していることを示唆しています。今後、テック企業には製品設計の段階から犯罪抑止の視点を組み込むことが求められるかもしれません。

【用語解説】

IMEI(国際移動体装置識別番号)
International Mobile Equipment Identityの略称で、すべてのモバイルデバイスに割り当てられる15桁の固有識別番号である。端末が盗難された際、この番号をブラックリストに登録することで、ネットワークへの接続を遮断できる仕組みとなっている。

GSMAブラックリスト
GSM Association(世界移動通信事業者団体)が管理する、盗難・紛失端末のIMEI番号を登録するグローバルデータベースである。通信事業者がこのリストを参照し、該当する端末のネットワーク接続を拒否する。ただし、各国の事業者による運用は任意であるため、国によって実効性に差がある。

アクティベーションロック
AppleがiOS 7から導入したセキュリティ機能で、デバイスの初期化や再アクティベーションにApple IDとパスワードを要求する。盗難端末からデータを保護し、不正使用を防ぐ目的で設計されている。

オペレーション・エコスティープ
2024年のクリスマスイブに発覚した盗難iPhone追跡事案を契機に、英国警察が開始した大規模捜査作戦の名称である。約1年間の捜査を経て、国際的なスマートフォン密輸ネットワークを摘発した。

【参考リンク】

Apple – 探す(外部)
Appleが提供するデバイス追跡サービスの公式ページ。iPhone、iPad、Mac、AirPodsなどの位置情報を確認でき、紛失モードや遠隔ロック機能を利用できる。

GSMA(GSM Association)(外部)
世界中の移動通信事業者を代表する業界団体の公式サイト。IMEIデータベースやデバイスセキュリティに関する国際標準の策定、盗難端末対策に関する取り組みなどの情報が掲載されている。

UK Parliament – Science, Innovation and Technology Committee(外部)
英国議会の科学・イノベーション・技術委員会の公式ページ。スマートフォン窃盗問題に関する公聴会の議事録や、テック企業への質疑内容が閲覧可能である。

Malwarebytes(外部)
本記事の配信元であるサイバーセキュリティ企業の公式サイト。iOS・Android向けのセキュリティソフトウェアを提供し、モバイルデバイスの脅威に関する情報を発信している。

【参考記事】

Stolen phone taken to China tracked using Find My iPhone(外部)
Financial Timesが2025年5月に報じた記事。ロンドンのケンジントンでスマートフォンを盗まれたテック起業家Sam Amrani氏が、「探す」機能を使って深圳の中古スマートフォン市場まで追跡した事例を詳述している。

Parliamentary hearing on mobile phone theft – June 2025(外部)
2025年6月に開催された英国議会公聴会の記録。国会議員Martin WrigleyがAppleとGoogleに対し、GSMAブラックリストの強制執行を求めた発言内容や、テック企業側の回答が記録されている。

【編集部後記】

普段何気なく使っている「探す」機能が、実は国境を越えた犯罪捜査にまで活用されているという事実に、少し驚きませんか。私たちが手にしているデバイスには、設計者さえ想定していなかった可能性が眠っているのかもしれません。一方で、この技術が犯罪抑止に有効だとしても、プライバシーとのバランスをどう取るべきか、という問いも浮かび上がります。

みなさんは、AppleやGoogleが盗難端末を完全に使用不可能にする機能を実装することに賛成ですか。それとも、誤ブロックのリスクや中古市場への影響を考えると慎重であるべきでしょうか。ぜひ、ご自身の考えを巡らせてみてください。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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