Palmer Luckeyが創業した軍事技術企業Andurilは2025年10月14日、Metaと共同開発した軍事用XRヘッドセット「EagleEye」の映像をX上で公開した。
EagleEyeは兵士のARディスプレイにミニマップ、低照度・サーマル表示の切り替え、上空からのドローン映像、AI駆動のトラッキングマーカーなどの情報を統合する。ハードウェアはオプションのシュラウド付きARグラス型で、AndurilのLattice戦場プラットフォームからRF信号検出、後方視界カメラ、非放射レーザー、生体認証・環境センサー、リアルタイム戦場アラートなどの情報ストリームを統合する。
同社は防衛企業Rivetと競合し、米陸軍契約を目指している。この契約は2018年にMicrosoftに授与された統合視覚拡張システム(IVAS)プロジェクトの改訂版で、Microsoftは220億ドル・10年間の契約でHoloLens 2ベースのヘッドセット製造を試みたが、使いやすさと快適性の問題に直面していた。
From: Anduril Shows First Look at Capabilities of ‘EagleEye’ Military XR Headset
【編集部解説】
シリコンバレーの若き天才が描く「復讐」のストーリーは、しばしばハリウッド映画のような展開を見せますが、Palmer Luckeyの軌跡ほど劇的なものは稀でしょう。2014年にOculusを20億ドルでFacebookに売却したLuckeyは、わずか3年後の2017年、政治献金を巡る論争により同社を解雇されました。この出来事は彼のキャリアに深い傷を残しましたが、同時に新たな野心への燃料ともなったのです。
解雇からわずか数ヶ月後、Luckeyは防衛技術企業Andurilを創業します。興味深いのは、彼が最初の投資家向けピッチデックに既に「EagleEye」という名のXRヘッドセットを描いていた点です。投資家たちは「これは元雇用主への復讐心から来ているのではないか」と懸念し、まずは別の技術に集中するよう助言しました。その助言に従い、Luckeyは戦場のあらゆるセンサー情報をAIで統合する「Lattice」プラットフォームの開発に注力します。
そして2025年、物語は完全な円環を描きます。MicrosoftがHoloLens 2ベースで開発していた統合視覚拡張システム(IVAS)は、220億ドル、10年間という巨額契約にもかかわらず、兵士からの苦情が相次ぎました。視野が狭い、重い、暗所での性能が悪い、そして何より「使いたくない」という致命的な評価です。2022年の国防総省監察官の報告書は、ユーザー受容性の基準が定義されないまま進められたこのプロジェクトが、最大220億ドルの無駄遣いになる可能性を警告しました。
2025年2月、米陸軍はついにMicrosoftからプロジェクトの主導権を剥奪し、Andurilに移管することを決定します。そして5月、さらに驚くべき発表がありました。AndurilとMeta(旧Facebook)が提携し、「世界最高の軍事用ARおよびVRシステム」を共同開発すると宣言したのです。Luckeyが政治的理由で追放された企業との、予想外の再会でした。
この提携は単なる感情的和解ではなく、極めて実利的な戦略です。MetaはReality Labsで10年以上、数十億ドルを投じてAR技術を開発してきました。特に注目すべきは、Orionプロトタイプに使用された炭化ケイ素レンズです。この「ワンダーマテリアル」は70度という広い視野角を薄型軽量で実現し、これまで不可能とされていた光学性能を達成しました。またMetaはLlama AIモデル、高度なチップとプロセッサ、コンパクトなAR技術を既に保有しています。
一方、AndurilはLatticeという強力なソフトウェア基盤を持ちます。Latticeは戦場のあらゆるセンサー—RF信号検出、ドローン映像、サーマルカメラ、環境センサー—からのデータをリアルタイムでAI処理し、統合された作戦状況図を生成します。単一のオペレーターが数百台もの自律システムを制御できる「Mission Autonomy」の概念は、人員と予算の制約に直面する米軍にとって革命的です。
EagleEyeはこれらの技術が融合した結果です。モジュラー設計の弾道ヘルメットは、透明なARグラスモジュールと、完全なパススルー型MRディスプレイモジュールの両方に対応します。インターフェースは現代のシューティングゲームから着想を得たようなデザインで、ミニマップ、ウェイポイント、低照度・サーマル表示の切り替え、ドローンからのライブ映像、AI駆動の敵味方識別マーカーなどを表示します。
これは偶然ではありません。今日の20代の兵士の多くは、こうしたUIに既に習熟しています。ゲーム業界が数十年かけて洗練させた操作規則を軍事用途に応用することで、訓練時間を大幅に短縮できるのです。米軍が既にドローン操作などでゲームパッドを採用している事実も、この傾向を裏付けています。
技術的な側面だけでなく、この開発には深い倫理的・戦略的な問題が潜んでいます。元記事の筆者が指摘するように、EagleEyeのような技術は兵士が装着するデバイスで終わらない可能性があります。本国の空調完備の基地に座る兵士が遠隔操作するテレプレゼンスロボット、さらには完全自律型のロボット兵士へと発展する道筋が見えているのです。Andurilは既に自律型戦闘機「Fury」や自律型潜水艦「Dive-XL」を開発しており、この未来はSFではなく、現在進行形の現実です。
LuckeyはDefenseScoopのインタビューで、「戦闘員をテクノマンサー(魔法使い)に変えることが私の使命だ」と語っています。EagleEyeは2027年に数百台が米陸軍に納入される予定で、Andurilは消防士や救急隊員など、他の政府機関や同盟国への展開も視野に入れています。これは単なる軍事契約ではなく、AR/VR技術が人間の知覚能力そのものを拡張する新時代の幕開けを意味しているのです。
Microsoftの失敗から学ぶべき教訓は明確です。技術的な優位性だけでは不十分で、実際のユーザー—この場合は命をかけて戦う兵士—の受容性が何よりも重要だということです。ゲーム世代の兵士が直感的に理解できるインターフェース、MetaのAR技術、AndurilのAI統合プラットフォーム。これら全てが揃って初めて、220億ドルの価値を持つシステムが実現するのです。
そしてPalmer Luckeyにとって、これは単なるビジネスの成功以上の意味を持ちます。かつて彼を追放した企業と再び手を組み、かつて失敗したプロジェクトを救い、そして当初から描いていたビジョンを実現する。それは、シリコンバレー史上最も壮大な「復活劇」の一つと言えるでしょう。
【用語解説】
XR(Extended Reality / 拡張現実)
VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)を包括する総称。現実世界とデジタル情報を融合させる技術全般を指す。
IVAS(Integrated Visual Augmentation System / 統合視覚拡張システム)
米陸軍が推進する次世代の兵士用ヘッドマウントディスプレイプログラム。2018年にMicrosoftに授与されたが、2025年にAndurilに移管された。
HoloLens
Microsoftが開発した複合現実(MR)ヘッドセット。HoloLens 2がIVASプロジェクトの基盤として使用されたが、重量や視野角、使いやすさの問題で兵士からの評価が低かった。
Lattice
Andurilが開発したAI駆動の戦場管理プラットフォーム。各種センサー、ドローン、衛星からのデータをリアルタイムで統合し、統一された作戦状況図を生成する。単一のオペレーターが数百台の自律システムを制御可能にする。
RF信号検出(Radio Frequency Detection)
無線周波数を検出する技術。敵の通信や電子機器の位置を特定するために使用される。
サーマル表示(Thermal Display)
赤外線センサーを使用して熱源を可視化する技術。暗闇や視界不良時でも人や車両を検知できる。
シュラウド(Shroud)
ARグラスに装着する覆い。明るい環境下でディスプレイの視認性を向上させるために使用される。
炭化ケイ素(Silicon Carbide)
MetaのOrion ARグラスプロトタイプで使用された光学材料。広い視野角を薄型軽量で実現する「ワンダーマテリアル」として注目されている。
Llama
Metaが開発したオープンソースの大規模言語モデル。EagleEyeのAI機能に活用される。
CGI(Computer Generated Imagery)
コンピュータで生成された画像や映像。Andurilは過去にマーケティング素材でCGI不使用ポリシーを維持してきた。
【参考リンク】
Anduril Industries公式サイト(外部)
Palmer Luckeyが2017年に創業した防衛技術企業の公式サイト。自律システムとAI駆動のソリューションを提供
Anduril EagleEye製品ページ(外部)
EagleEyeの詳細情報を掲載する公式製品ページ。モジュラー設計のAI搭載軍事用XRヘッドセットシステム
Meta Reality Labs公式サイト(外部)
MetaのVR/AR研究開発部門の公式サイト。Orionプロトタイプなど最先端のXR技術を開発
Meta Emerging Tech(外部)
Metaの新興技術に関する情報を提供。Reality Labsの研究成果と製品開発の概要を紹介
DefenseScoop – Palmer Luckey インタビュー(外部)
Palmer LuckeyによるEagleEye開発の背景とビジョンについての詳細インタビュー記事
【参考記事】
‘I have got this s- figured out’: Anduril unveiling EagleEye mixed-reality device at AUSA(外部)
AndurilがワシントンでEagleEyeを公開し2年半の開発成果を発表。LatticeプラットフォームをMicrosoft設計デバイスに統合
Palmer Luckey previews Anduril’s new, AI-powered EagleEye headwear ahead of AUSA reveal(外部)
Andurilは2026年第2四半期に約100台のEagleEyeを米陸軍に納入予定。当初予定の半額での提供を見込む
Anduril Reveals EagleEye Military XR Headset Design & Interface Clips(外部)
EagleEyeには透明なARモジュールとパススルー型MRディスプレイモジュールの2種類。完全な弾道防護機能を備える
Palmer Luckey’s Anduril Partners With Meta To Build Military XR Devices(外部)
Metaが開発した炭化ケイ素光学系は70度の視野角を薄型で実現。Orion ARグラスプロトタイプに使用
Anduril takes over $22B US Army combat headset contract from Microsoft(外部)
米陸軍が遅延と兵士からの苦情を経てMicrosoftからAndurilに220億ドル契約を移管。10年間の契約
Microsoft HoloLens Loses $22 Billion Life Line to Oculus Founder!(外部)
MicrosoftはHoloLens廃止に続き220億ドル相当のIVAS契約を喪失。IVAS契約がデバイスを支えていた
Meta CTO Andrew Bosworth Apologizes to Oculus Founder Palmer Luckey(外部)
Meta CTOのAndrew Bosworthが2017年に政治的理由で追放されたPalmer Luckeyに公式に謝罪した
【編集部後記】
ゲームのUIが現実の戦場に持ち込まれる時代が到来しています。EagleEyeのインターフェースを見て、Call of DutyやBattlefieldを思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。私たちが娯楽として楽しんできたゲームの操作体系が、実際の軍事作戦で活用される。この事実は、テクノロジーが人間の認知能力をどのように拡張していくのかという根源的な問いを投げかけています。同時に、Palmer Luckeyという一人の天才が描いた復讐と野心の物語は、シリコンバレーの光と影を象徴しているようにも思えます。皆さんはこのAR技術の軍事転用について、どのようにお考えでしょうか。