2025年9月24日にNASAが発表した戦略的パートナーシップに基づき、NASAの立方体型自律ロボットAstrobeeが2026年初頭に商業管理体制下で運用を再開する。
プラットフォームの維持管理者には、宇宙物流企業Arkisysが選定された。この商業移行計画の詳細は、2025年10月13日に南カリフォルニア大学(USC)Viterbi情報科学研究所(ISI)で開催されたLAテックウィークのパネルディスカッションで明らかになった。Arkisysは、USC Viterbiの研究教授デビッド・バーンハートによって創設された企業である。
AstrobeeはISS内部で動作し、エア推進により微小重力環境を自由に飛行する。カメラ、タッチスクリーンディスプレイ、レーザーポインター、物体を把持できる3自由度のアームを備える。
Arkisysは3段階のサービスモデルを開発中で、ソフトウェアのみの実験、既存ハードウェアとの組み合わせ、新規ハードウェアの打ち上げといった多様なニーズに対応する。地上テスト施設はNASAエイムズ研究センター、USC、カリフォルニア州ロスアラミトスのArkisys施設で利用可能となる予定である。
From: Space Robotics Platform Astrobee Set for Commercial Transition for ISS Operations
【編集部解説】
NASAが開発したAstrobeeの商業化移行は、宇宙開発における重要なターニングポイントを示しています。これまで政府機関が独占的に運用してきた宇宙実験プラットフォームが、民間企業によって維持管理される時代が到来したのです。
Astrobeeの特徴は、ISS内部を自由に飛行できる自律性にあります。エア推進システムにより壁を蹴ることなく移動でき、カメラやセンサーを駆使して環境を認識しながら実験を遂行します。この「宇宙で動くロボット」は、地上では再現できない微小重力環境での検証を可能にする貴重な存在です。
商業化によって実現する3段階のサービスモデルは、宇宙実験の民主化を加速させるでしょう。ソフトウェアのみの実験から始め、既存ハードウェアとの組み合わせ、最終的には新規ハードウェアの打ち上げまで対応します。これにより、大学やスタートアップ企業でも宇宙実験へのアクセスが現実的になります。
注目すべきは、教育分野への展開です。Astrobeeの前身機も活用されたMITのZero Roboticsプログラムでは、中高生が書いたコードが実際にISSで実行されます。シミュレーションではなく、本物の宇宙環境でプログラミングの成果を試せる機会は、次世代の宇宙エンジニア育成に大きく貢献するはずです。
一方で、商業化には課題も存在します。NASAの厳格な安全基準を満たしながら、どこまでコストを削減し、アクセスを拡大できるかが鍵となります。また、実験スケジュールの調整や、限られたリソースの配分も今後の運用課題となるでしょう。
長期的な視点では、Astrobeeで培われる自律航行や物体操作の技術が、将来的な月や火星でのロボット運用の基盤となる可能性があります。地球への通信遅延が大きい深宇宙では、自律的に判断し行動できるロボットが不可欠だからです。
【用語解説】
ISS(国際宇宙ステーション)
地上約400kmの軌道上を周回する有人実験施設。日本、米国、ロシア、欧州、カナダが共同で運用している。微小重力環境を利用した科学実験やロボット技術の検証に使用される。
微小重力環境
宇宙空間で物体が自由落下状態にあることで生じる、ほぼ無重力の状態。地上では再現困難な物理現象の観察や、材料開発、生命科学の研究に活用される。
自律航行
外部からの操作に頼らず、ロボット自身がセンサーやカメラで環境を認識し、目的地まで移動する技術。障害物回避や経路計画を自動で行う。
SPHERES
MITで開発されたISSの前世代自律飛行ロボット。球形の形状で、Astrobeeの技術的前身となった実験プラットフォーム。
ドッキング技術
宇宙船や衛星が互いに接続する技術。精密な位置制御と姿勢制御が必要で、将来の宇宙インフラ構築に不可欠な要素技術である。
スペースデブリ(宇宙ゴミ)
軌道上に残された使用済み衛星やロケットの破片。衝突リスクが高まっており、除去技術の開発が国際的な課題となっている。
3自由度アーム
3つの関節を持つロボットアーム。上下、左右、前後の動きを組み合わせて物体を把持したり、壁面に固定したりできる。
【参考リンク】
USC Viterbi School of Engineering(外部)
南カリフォルニア大学のエンジニアリングスクール。宇宙工学研究センターや情報科学研究所を擁し、先端宇宙ロボティクス研究を推進
NASA Astrobee公式ページ(外部)
NASAによるAstrobeeプロジェクトの公式情報サイト。技術仕様、実験内容、研究成果などが掲載されている
ISS National Laboratory(外部)
国際宇宙ステーションの米国実験棟を管理する非営利組織。民間企業や研究機関に宇宙実験の機会を提供
【参考記事】
NASA’s Astrobee Robots Advance Through Strategic Partnership(外部)
NASAが2025年9月にArkisysとの戦略的パートナーシップを発表。商業移行により研究機関や民間企業のアクセス拡大を目指す
Arkisys Wins NASA Astrobee Robot Management Deal(外部)
Aviation Weekによる報道。Arkisysが2025年9月にNASAからAstrobee管理契約を獲得したことを伝える
NASA Partners with Arkisys to Keep Robots Operating on ISS(外部)
Arkisysとの提携により引き続きISSで運用されることを報道。3段階サービスモデルや地上施設計画を詳述
【編集部後記】
宇宙ロボットの商業化が進むことで、かつては限られた研究機関だけが扱えた技術が、より多くの人々の手に届くようになります。もし皆さんが開発しているサービスやプロダクトを、本物の宇宙環境でテストできるとしたら、どんな可能性が広がるでしょうか。
自律航行技術やコンピュータビジョン、ロボットアーム制御など、Astrobeeで検証されている技術は、地上の物流倉庫やスマートホーム、医療現場にも応用できるものばかりです。宇宙という極限環境で磨かれた技術が、私たちの日常にどう降りてくるのか。その最前線を一緒に見守っていきませんか。