セサミストリートの逆説
1969年11月10日、午前9時。アメリカ全土の67.6%の家庭で、テレビのチャンネルが合わされました。画面に現れたのは、色鮮やかな街並みと、ビッグバードという名の黄色い大きな鳥。そして「Can you tell me how to get to Sesame Street?」という軽快な曲が流れ始めました。
プロデューサーのジョーン・ガンツ・クーニーは、明確な使命を掲げていました。「私たちは恵まれない3〜5歳の子供たちが幼稚園に入る準備を手助けする」。当時のアメリカは、貧困層の子供たちが小学校入学時にすでに大きな学力差を抱えている問題に直面していました。テレビは、すでにアメリカのほぼすべての家庭に普及していました。
放送開始から数ヶ月後、セサミストリートは爆発的な人気を獲得しました。1970年1月までに、500万以上の家庭が番組を視聴していました。2〜5歳の子供の約3分の1が定期的に観ていました——現在のスーパーボウルの視聴者数に匹敵する数字です。
科学的アプローチ
クーニーとその共同創設者ロイド・モリセットは、児童心理学者や教育研究者を巻き込み、「CTWモデル」(Children’s Television Workshop Model)を開発しました。教育効果を科学的に検証しながら番組を制作する、前例のないアプローチでした。
ハーバード大学のジェラルド・S・レッサー教授を招聘し、明確な教育目標を設定しました。アルファベット、数字、基本的な推論スキル。一つ一つのセグメントが、3〜5歳の子供たちが楽しみながら習得できるよう設計されました。
さらにETS(Educational Testing Service)が、番組放送前からランダム化比較試験を実施しました。その結果、番組を視聴した子供たちは、視聴しなかった子供たちに比べて、3〜4歳時点での認知能力テストで大幅な改善を示しました。
すべてが順調に見えました。
隠された真実
1970年、教育者Herbert A. Sprigleは、自身が運営するフロリダ州の就学前教育プログラムで、セサミストリートの効果を検証する研究を行いました。「番組を視聴した貧困層の子供たちは、依然として中産階級の子供たちに比べて不利な状況にあり、格差はむしろ拡大していた」
1975年、心理学者Thomas D. Cookらによるより大規模な再評価研究が発表されました。この研究は、ETSによる初期の評価データを再分析しました。「番組は、相対的に裕福で親の教育水準が高い家庭から、より多くの定期視聴者を引き付けたのではないか」
データは複雑な真実を物語っていました。セサミストリートは、視聴した子供たち全体の学力を向上させていました。しかし、その恩恵を最も受けたのは、すでに有利な立場にあった子供たちでした。
研究が明らかにした最も重要な発見は、次の事実でした。「親と一緒に番組を観て、内容について議論した子供たちは、一人で観た子供たちよりも、はるかに多くのスキルを獲得した」
つまり、セサミストリートという「教育ツール」を最大限に活用できるかどうかは、家庭環境——特に親の時間的余裕、教育への関心、そして子供と対話する能力——に大きく依存していました。
この発見は、1990年代に発表された「30 Million Word Gap(3000万語の格差)」研究とも符合します。カンザス大学のBetty HartとTodd R. Risleyは、3歳までに専門職家庭の子供は福祉受給家庭の子供に比べて約3000万語多く聞いていることを発見しました。専門職家庭では1時間あたり平均2,153語を子供に向けて話すのに対し、福祉受給家庭では616語のみでした。
セサミストリートは、こうした親子の対話を「促進」することはできましたが、「代替」することはできませんでした。
2025年、歴史は繰り返す
2025年5月19日。セサミワークショップは、HBO Maxが契約更新を拒否した後、Netflixとの新たな配信契約を発表しました。第56シーズンは11月10日——奇しくも番組誕生から56年後の同じ日——に全世界で配信開始されます。
Netflixは全世界で7億人以上にリーチします。しかし同時に、セサミワークショップは財政危機に直面し、スタッフの約20%を削減しています。PBS局でも同日配信され無料アクセスは維持されるものの、1969年と同じ構造が繰り返されています。
2025年現在、新たな形の格差が浮上しています。「デジタルデバイド(Digital Divide)」です。単なる機器やインターネットアクセスの有無だけでなく、「デジタルリテラシー」の格差です。
研究によれば、低所得家庭や英語が第一言語でない親は、子供のオンライン学習を適切に監督し、サポートするためのデジタルスキルが不足している可能性が高いのです。YouTube、TikTok、そしてNetflix——どれを選ぶか、どう活用するか。その判断と実践には、やはり親の関与が不可欠です。
そして、この構造的な問題は、最近のパンデミックによって劇的に可視化されました。
パンデミックが証明したこと
COVID-19パンデミックは、2020年春、世界中の学校を突如閉鎖しました。アメリカの研究データによれば、高貧困地区の生徒は、数学において標準偏差の0.27の学習損失を経験しました。一方、低貧困地区では0.16でした。黒人とヒスパニック系の3年生は、白人とアジア系の生徒に比べて、予測値よりも0.38〜0.45標準偏差低い成績を示しました。
イギリスの教育基金(EEF)は、所得による達成度の差が、過去10年間で縮小してきた進歩を逆転させ、36%拡大する可能性があると結論づけました。生徒たちがこの学習損失から回復するには、1年から5年以上かかる見込みです。
低所得家庭では、親が複数の仕事を掛け持ちしていたり、自身がデジタルツールに不慣れだったり、あるいは家庭内に静かな学習スペースがなかったりしました。オンライン授業を受けるためのデバイスやインターネット環境すら整っていない家庭も多数ありました。
核心は1969年のセサミストリートと同じでした。技術へのアクセスだけでは不十分だったのです。
56年後の問い
1969年11月10日から2025年の今日まで、56年の歳月が流れました。セサミストリートは、150以上の国と地域で放送され、何世代にもわたる子供たちに影響を与えてきました。
番組自体の教育的価値を否定する人はいないでしょう。しかし、データが示すのは、どれほど優れた教育コンテンツも、どれほど先進的なテクノロジーも、社会的・経済的な構造的不平等を単独で解決することはできない、ということです。
教育における格差の本質は、機会へのアクセスだけでなく、その機会を活用する能力にあります。親の時間、教育的関心、言語環境、デジタルリテラシー——これらすべてが、子供の学習成果を左右します。
NetflixやYouTube、TikTokといった新しいプラットフォームの時代に生きる私たちは、どう向き合うのでしょうか?
























