オーストリアBMWETがデジタル主権強化のためMicrsoftからNextcloudへ一歩踏み出す

[更新]2025年11月3日13:01

オーストリアBMWETがデジタル主権強化のためMicrsoftからNextcloudへ一歩踏み出す - innovaTopia - (イノベトピア)

オーストリア連邦経済・エネルギー・観光省(BMWET)は2024年、Nextcloudを自国インフラ上に導入した。導入は概念実証から本番稼働まで4ヶ月であった。

NextcloudおよびAtos Austriaが導入を支援し、1,200人の職員を対象に展開した。

プロジェクト前にBMWETはMicrosoft 365とTeamsの導入を進めていたが、Nextcloudは内部コラボレーションとデータ管理、Teamsは外部会議用として併用されている。

SendentがOutlook連携を実現した。リスク分析では、欧州以外のクラウドサービスへの依存が法的・セキュリティ上の懸念と判断された。CISOはフロリアン・ジンナグル、CIOはマルティン・オルロム。

NextcloudはCloudComputing-Insider ITアワード2025でプラチナ賞を受賞した。

From: 文献リンクAustria’s Ministry of Economy takes decisive steps toward digital sovereignty – Nextcloud

【編集部解説】

オーストリア連邦経済・エネルギー・観光省(BMWET)がNextcloudへ移行した背景には、欧州外のクラウドサービスへの依存がもたらす法的・セキュリティ面での懸念がありました。特にGDPRやNIS2指令の要件対応が問われ、非欧州系企業への委託を回避し、自国インフラ上での情報管理を重視したのが特徴です。これは欧州のデジタル主権に対する政策トレンドを体現しています。​

導入プロジェクトはProof of Conceptから運用開始まで4ヶ月という公共分野としては極めて迅速な展開です。既存のMicrosoft 365導入を即座に撤回するのは現実的でないため、内部コラボレーションやデータ管理はNextcloud、外部会議などはMicrosoft Teamsというハイブリッド型運用になりました。この「段階的な分離」は、ユーザーの使い慣れた環境を最大限維持しながら、主権的なIT運用に軟着陸する典型例です。​

技術的にはSendentを介したOutlook連携など既存ツールとの統合が行われ、職員1,200名にスムーズな移行を実現しました。訓練や情報発信にも力を入れ、ユーザーが急激な変化なくデジタル主権の流れに対応できたことが評価されています。アトス オーストリアの支援を受けて法的・技術的要件を満たした安定運用へと転換しています。​

今回の事例は欧州全体で進行中の「ビッグテック依存からの脱却」の流れの一環です。他国でも同様の動きが加速しており、今後の公共分野におけるクラウドサービス選定や規制環境にも影響を与える可能性があります。Nextcloudのようなオープンソース・国産基盤によるセキュアなデータ運用は、プライバシー保護・規制遵守・ベンダーロックイン回避という観点で今後広がっていくでしょう。​

技術選択の観点では、柔軟なハイブリッド運用が成功の鍵として機能している点が注目です。リスクとしては運用や法規制面だけでなく、IT人材や組織体制、予算設計等の複合要素も今後の持続的な主権化には不可欠となります。政策・技術・ユーザー体験と三つのバランスをどう取るかが、欧州型デジタル主権の成熟度を左右することになるでしょう。​

【用語解説】

GDPR(General Data Protection Regulation)
欧州連合(EU)の一般データ保護規則。個人情報の厳格な管理を義務づける規制。

NIS2指令
EUによるネットワーク・情報セキュリティ指令。公共機関などにサイバーセキュリティ強化を求める。

ハイブリッド型運用
複数のITサービスを目的別に組み合わせて使う運用方式。NextcloudとMicrosoft 365/Teamsの併用例。

オンプレミス
組織が自社管理するインフラ上でシステムを運用する方式。

デジタル主権
データやITインフラの管理権を自国内や自組織に置く考え方。
ベンダーロックイン
一社のサービスに依存しやすく、移行コストが高くなる状況。

【参考リンク】

Nextcloud公式サイト(外部)
欧州生まれのオープンソース型クラウドプラットフォーム。セキュアなコラボ環境を提供。

Sendent公式サイト(外部)
NextcloudとOutlookの連携を可能にするアドオンやサービスを開発・提供している企業。

Atos Austria(外部)
多国籍IT企業Atosのオーストリア法人。公共向けのシステムインテグレーションを手掛ける。

【参考記事】

Austrian Ministry Moves Away from Microsoft, Adopts Open Source Nextcloud(外部)
オーストリア経済省のNextcloud移行経緯・法規制・運用背景を詳しく解説している。

Good News! Austrian Ministry Kicks Out Microsoft in Favor of Nextcloud(外部)
欧州政府機関のクラウド選定・Nextcloud導入意義を法規制やプライバシー観点で紹介する。

Another European agency shifts off Big Tech, as digital sovereignty movement gains steam(外部)
欧州の公共分野で進む「ビッグテック離れ」や主権型クラウド潮流をオーストリア事例中心に解説。

【編集部後記】

今回のオーストリアBMWETによるNextcloud導入とデジタル主権の強化は、以前取り上げた国際刑事裁判所(ICC)のopenDesk移行事例とも通底する「欧州のデジタル自立」への大きな流れの中にあります。

いずれも単なるITツールの変更ではなく、グローバルなテック企業・法規制の壁を乗り越え、自分たちのデータとインフラのコントロールを本気で取り戻そうという現場の意志を感じます。
米国のクラウド法や政治情勢が影響する現実の中、欧州機関も日本の組織も「使いやすさや価格」だけでなく、サービスの独立性やリスクへの備えを重要視し始めています。

みなさんの仕事や組織でも、「どこで誰がデータを管理するのか」「外部依存によるリスクは何か」という視点を持つことが、これからのIT選定では一段と重要になるのではないでしょうか。

今回の記事や関連事例を参考に、自分ごととして「未来の技術と主権」のバランスについて考えるきっかけになれば幸いです。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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