アメリカ心臓協会は2025年11月3日(米国時間)、メラトニンの長期使用と心不全リスクの関連性を示す予備研究を発表した。
研究はブルックリンのニューヨーク州立大学ダウンステート/キングス郡プライマリケアの内科チーフレジデントであるエケネディリチュク・ナディ博士が主導し、11月7日から開催されるアメリカ心臓協会科学セッション2025で発表される予定である。研究では不眠症の成人13万人以上の5年間の健康記録を分析し、12ヶ月以上メラトニンを使用した患者は非使用者と比較して心不全発症率が90%高く、心不全による入院率が3.5倍、全死因死亡率が約2倍高いことが判明した。アメリカ睡眠医学会・インディアナ大学のムハンマド・リシ准教授は、この研究が観察的であり電子健康記録データに基づいているため因果関係の立証能力は限られていると指摘している。米国ではメラトニンは処方箋なしで入手可能であるため、店頭購入者が非使用者として分類されている可能性がある。
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Melatonin Linked to 90% Higher Risk of Heart Failure
【編集部解説】
今回の研究結果は、一見すると「メラトニンは危険」という印象を与えるかもしれません。しかし、この研究だけでは、直ちにメラトニンにリスクがあることが判明したわけではない点を理解する必要があります。
最も大きな問題は、この研究が「観察研究」である点です。観察研究は相関関係を示すことはできますが、因果関係を証明することはできません。例えば、メラトニンを長期使用する人々は、そもそも重度の不眠症を抱えており、その不眠症自体が心不全のリスク要因である可能性があります。実際、イェール大学のジョイス・オエン=シャオ准教授が指摘するように、睡眠の質の低下は心臓の健康状態悪化と直接関連しています。
さらに、この研究には測定バイアスの問題も存在します。米国ではメラトニンは処方箋なしで購入可能なため、店頭で購入した人々が「非使用者」として誤って分類されている可能性があります。これは研究結果の信頼性を大きく損なう要因です。
日本の状況について補足すると、メラトニンは日本では医薬品成分として扱われており、成人向けのサプリメントとしての製造・販売は薬機法により原則禁止されています。ただし、海外から個人輸入することは一定の範囲内(2ヶ月分程度まで)で認められています。そのため、海外製サプリを輸入して使用している日本人も一定数存在すると考えられます。
重要なのは、この研究が11月7日からニューオーリンズで開催されるアメリカ心臓協会科学セッションで発表される予備研究であり、まだ査読を経た正式な論文として発表されていない点です。今後、他の研究者による検証や追加研究が必要とされています。
【用語解説】
観察研究(Observational Study)
研究者が対象者に介入を行わず、既存のデータや自然に発生する現象を観察して分析する研究手法。相関関係は示せるが、因果関係を証明することは困難である。対照群を設定してランダムに割り当てる「ランダム化比較試験」と異なり、交絡因子の影響を完全に排除できない。
電子健康記録(Electronic Health Record)
患者の診療情報をデジタル形式で記録・管理するシステム。診断、処方、検査結果などが含まれる。大規模データ分析には有用だが、記録の正確性や完全性に依存するため、研究に使用する際は限界がある。
心不全(Heart Failure)
心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなる状態。息切れ、疲労感、むくみなどの症状が現れる。高血圧、心筋梗塞、糖尿病などが主な原因となる。
メラトニン(Melatonin)
松果体で分泌される内因性ホルモンで、概日リズム(体内時計)を調節する役割を担う。日没後に分泌が増加し、就寝と覚醒のサイクルを制御する。サプリメントとしては、時差ボケや入眠困難の補助を目的に少量が使用される。米国では店頭で購入可能だが、日本では医薬品成分として扱われ、成人向けサプリメントとしての製造・販売は原則禁止されている。
交絡因子(Confounding Factor)
研究において、真の原因と結果の関係を歪める第三の要因。例えば、メラトニン使用と心不全の関係において、重度の不眠症や併存する精神疾患などが交絡因子となり得る。
査読(Peer Review)
研究論文が学術誌に掲載される前に、同分野の専門家による評価・検証を受けるプロセス。研究の質と信頼性を担保する重要な仕組みである。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
今回のメラトニンに関する研究は、まだ予備段階の観察研究であり、査読も経ていません。科学に100%確実はなく、こうした初期段階の報告については、慎重な態度を心掛けたいものです。健康に関する情報は、時に私たちを不安にさせますが、その裏側にある研究手法や限界を理解することで、冷静に判断できるようになります。みなさんは、新しい健康情報に触れたとき、どのように真偽を見極めていますか?ともに、科学的思考を大切にしながら、情報と向き合っていきたいものです。
























