愛媛県今治市は2025年10月28日、国家戦略特区の「近未来技術実証ワンストップセンター」の支援のもと、南海トラフ地震を想定したドローンによる医療物資輸送の実証実験を実施した。
斎藤クリニックとイームズロボティクス株式会社が連携し、今治市の砂場スポーツ公園から大島の海宿千年松キャンプ場まで、来島海峡上空の片道約4kmを飛行した。
使用機体はイームズロボティクスのUAV-E6106FLMP2で、高度100m、速度10m/sで飛行し、注射器や輸血セットなど約1kgの医療物資を約10分で輸送した。
発進地点、海上、着陸地点の3地点にオペレーターを配置し、着陸地点では斎藤クリニックの齋藤早智子院長が操縦を担当した。
今治市は2015年に国家戦略特区の指定を受け、2021年に同センターを設置している。
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南海トラフ地震を想定――今治市からしまなみ海道沿線の大島へ「ドローンによる医療物資輸送」を実証。国家戦略特区の支援でレジリエンスを強化【愛媛県今治市】
【編集部解説】
今回の今治市の実証実験は、単なる技術デモンストレーションではなく、切迫する南海トラフ地震への具体的な備えとして極めて重要な意味を持ちます。30年以内に80%の確率で発生するとされる南海トラフ地震では、しまなみ海道沿線の島々が本土から孤立するリスクが高く、この実験はそのシナリオに正面から向き合った取り組みです。
注目すべきは、医師自身がドローンの操縦ライセンスを取得し、着陸地点でオペレーターを務めた点です。斎藤早智子院長が自ら操縦を担当したことは、医療現場とドローン技術の統合が進んでいることを示しています。災害時に最も必要とされる医療専門家が、技術の送り手ではなく使い手として関与することで、真に実用的なシステムの構築が可能になります。
飛行距離約4km、所要時間約10分という数字は、陸路が寸断された際の代替手段として十分な実効性を示しています。来島海峡大橋が使用不能になった場合、陸路では大きく迂回する必要がありますが、ドローンは直線ルートで海峡を越えられます。約1kgという輸送重量も、緊急性の高い医薬品や手術器具の初動輸送には十分です。
今治市が2015年に国家戦略特区の指定を受け、2021年に「近未来技術実証ワンストップセンター」を設置したことも重要です。実証実験の費用補助制度(上限50万円、補助率1/2以内)を設けることで、民間企業や医療機関が実証実験に参加しやすい環境を整えています。このような自治体の積極的な姿勢が、技術の社会実装を加速させます。
イームズロボティクスは福島県南相馬市に本社を置く国産ドローンメーカーで、東日本大震災の経験を活かした災害対応技術の開発に力を入れています。使用機体のUAV-E6106FLMP2は最大離陸重量14kgで、今回は約1kgの医療物資を輸送しましたが、さらに大きなペイロードにも対応可能です。
3地点にオペレーターを配置し、船上のオペレーターから着陸地点のオペレーターへ操縦権を譲渡する運用方式も興味深い点です。これは複数の操縦者が連携してドローンを安全に運航する体制を構築しており、災害時の複雑な状況下でも柔軟に対応できることを示しています。
災害時のドローン活用は、2024年の能登半島地震でも有効性が実証されました。道路が寸断され孤立した集落への物資輸送や、被災状況の把握にドローンが活躍しています。今治市の取り組みは、こうした経験を踏まえ、事前に運用体制を整備しておくという先進的なアプローチです。
課題としては、気象条件への対応が挙げられます。台風や強風時にはドローンの飛行が困難になるため、複数の輸送手段を組み合わせた多層的な災害対応システムの構築が必要です。また、夜間飛行や悪天候下での運用能力の向上も、今後の技術開発の焦点となるでしょう。
今治市は「全国展開可能なモデル」として磨き上げることを目指しており、この実証実験の知見は他の島しょ部や山間部を抱える自治体にとっても貴重な参考資料となります。災害大国日本において、ドローンは単なる便利なツールではなく、命を守るインフラとして位置づけられつつあるのです。
【用語解説】
南海トラフ地震
静岡県から宮崎県にかけての太平洋沖に延びる海底のくぼみ(トラフ)で発生が想定される巨大地震。30年以内に80%の確率で発生するとされ、マグニチュード8〜9クラスの地震と大津波による甚大な被害が予測されている。
しまなみ海道
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmの海上ルート。本州四国連絡橋の一つで、9つの橋で6つの島を経由する。来島海峡大橋は今治市と大島を結ぶ世界初の三連吊橋。
国家戦略特区
国が指定する地域で、規制改革や税制優遇などを通じて新しい産業や技術の実証実験を推進する制度。今治市は2015年に指定を受け、ドローンや自動運転などの先端技術実証に取り組んでいる。
UAV(Unmanned Aerial Vehicle)
無人航空機の総称。ドローンとも呼ばれる。遠隔操作や自動飛行により、人が搭乗せずに飛行できる航空機を指す。
レベル3飛行
航空法で定められたドローンの飛行レベルの一つで、無人地帯での補助者なし目視外飛行を指す。レベル4は有人地帯での目視外飛行で、より高度な安全基準が求められる。
【参考リンク】
今治市近未来技術実証ワンストップセンター(外部)
今治市が国家戦略特区で設置した支援組織。ドローン等の実証実験支援と費用補助を提供
イームズロボティクス株式会社(外部)
福島県南相馬市の国産ドローンメーカー。災害対応や物流分野の技術開発に注力
内閣府 国家戦略特区(外部)
規制改革を通じて新技術実証を推進する国の制度。今治市は2015年指定を受けた
【参考記事】
ドローンによる長距離物流実証実験 | 今治市(外部)
今治市で実施された波方地区と大三島地区を結ぶ長距離物流実験の事例
自動航行ドローンによる防災対策最前線 | ソフトバンクニュース(外部)
和歌山県すさみ町の南海トラフ地震対策でのドローン活用事例を詳細解説
清水港管理局とソフトバンクが実証実験 | ソフトバンクニュース(外部)
清水港での南海トラフ地震想定の防災DX実証実験。遠隔制御技術を検証
イームズロボティクス | Wikipedia(外部)
東日本大震災の経験から災害対応技術開発に取り組む国産ドローンメーカーの沿革
日本初、医薬品をドローンのレベル4飛行で輸送 | KDDI(外部)
2023年12月の檜原村での医薬品ドローン輸送実証。レベル4飛行の先進事例
ドローンによる医薬品配送ビジネスモデルの検証 | KDDI(外部)
2024年11月の檜原村での実証。2機同時運航など効率的運用を検証した事例
災害時のドローン活用方法4つを紹介 | ミライズ(外部)
被害状況調査、マップ作成、被災者発見、物資輸送の4つの活用方法を解説
【編集部後記】
今回の今治市の実証実験は、私たちが「災害への備え」をどう捉えるべきか、改めて考えさせてくれます。南海トラフ地震は確実に起こると言われていますが、では私たちの住む地域では何が起こり、どんな備えができるのでしょうか。
実は編集部には、かつて大島に住んでいたメンバーがいます。高齢化が進み、移動手段を持たない住民も増える中で、来島海峡大橋が使えなくなったらどうやって医療にアクセスするのかという不安は、島で暮らす人々にとって切実な問題です。今回のようなドローン輸送が実用化され、地域の医療機関と連携することで、一人でも多くの命を守れる未来が近づいていると感じます。
みなさんの身近な地域でも、災害時に孤立する可能性のある場所はありませんか。新しい技術が地域の防災力をどう変えていくのか、一緒に注目していきたいと思います。
























