英国の高等法院は2025年11月4日(現地時間)、ゲッティ・イメージズがStability AIを相手取って起こした著作権侵害訴訟で、同社が著作権法に違反していないとの判断を下した。判決を担当したジョアンナ・スミス判事は、Stability AIはStable Diffusionの学習過程において著作権保護された画像を保存または複製しておらず、著作権侵害には当たらないと結論づけた。
一方で、ユーザーがiStockやゲッティ・イメージズのロゴに類似した画像を生成できた点については、商標権の侵害を一部認定した。スミス判事はこれを「歴史的でありながら、極めて限定的」と表現した。
この裁判は、コンテンツライブラリを保有する企業がAI企業のデータスクレイピングを違法と主張した初期の大規模訴訟の一つである。AIモデルの学習には大量の人間が生成したコンテンツが必要とされるため、米国でもAnthropicやMetaを相手取った類似の訴訟が提起されてきた。いずれもAI企業側の勝訴が多く、今回の英国判決も同様の流れに位置づけられる。
ゲッティ側は、Stability AIに商標侵害の責任があると認められた点を「知的財産権保有者にとっての勝利」と評価している。一方、Stability AIは、ゲッティが主要な著作権主張を自ら取り下げたことを指摘し、「著作権上の懸念は最終的に解消された」とする声明を発表した。
スミス判事は、今回の判断は本件の証拠と主張に基づくものであり、他の類似訴訟では異なる結果となる可能性があると強調した。今回の判決は、AI時代の著作権の扱いをめぐる法的基準を模索する動きの一環とみられる。
from:
Court ruling in Getty’s AI copyright case has both sides claiming a win | CNET
【編集部解説】
英国において、Getty ImagesがStability AIを相手に提起していた著作権・商標・データベース権等を巡る訴訟において、ジョアンナ・スミス判事が、Stability AIの画像生成モデルStable Diffusionの学習・開発過程について「著作権侵害には当たらない」と判断した一方、ユーザーが生成可能な画像にゲッティのロゴや透かしが含まれた点をめぐっては「商標侵害にあたる」可能性を認め、さらに「ユーザーが責任を負う」とするStability AIの主張を退け、モデル提供者である同社の責任を認めたというものです。
この判断は、AI による「人間が創ったコンテンツを機械学習に使うこと」「出力された画像に含まれる著作物・商標の扱い」「誰が最終的責任を負うのか」といった、現在まさに法律・倫理・技術の交差点で議論されているテーマに関して、ひとつの実務的な区切りを示すものと考えられます。
今回の判決は「学習データに著作権保護された画像が使われたからといって、必ず著作権侵害になるわけではない」という方向を示したものの、著作権上の懸念を完全に払しょくしたわけではありません。
実際、ゲッティは学習・開発過程に関する主要な著作権主張を途中で取り下げています。Stability AIは開発を米国のクラウドサーバーで行ったと主張し、「学習・開発が英国で行われた確たる証拠がない」という事情が、主張を取り下げざるを得なかった背景として報じられています。
その他にも、「著作物が、重要な部分(substantial part)を再現したという証明が、出力段階で困難だった」「英国の著作権法上、記事(article)、侵害コピー(infringing copy)といった概念が従来の物理的・有形の財に基づいたものであり、ソフトウェア/モデルという無形物にどう適用するか」という課題もあると報じられており、法整備がAIというものに追いついていない現状も示しています。
そのうえで、判決は「本件の証拠と主張に基づくものであり、別件なら別の判断もあり得る」とする限定付きです。つまり、訓練データ取得・学習の実施場所・出力画像の要件など、具体的な事情が変われば結果も変わり得るということです。
現時点では訴訟や判例が技術発展速度に追いついておらず、「AI が学習して生成する画像はどういうケースで著作物の再現・コピーになるのか」「どこまで出力に責任があるのか」「データ取得・モデル配布の国際的な扱いはどうなるのか」といった根本的な問いには十分な法的整理がなされていません。つまり、この判決は確かに一歩ではあるものの、決定打ではないということです。
また重要なのは、今回の判決は「Stability AIが開発したStable Diffusionのモデル」に対して「英国の著作権法に基づいて」下されたという点です。特にStable Diffusionはオープンウェイトモデルであるため、第三者による様々な学習モデルが多く存在しており、これらにも同様の扱いをすることはできません。
【用語解説】
著作権侵害(Copyright Infringement):
他人の著作物を権利者の許可なく複製・改変・配布などする行為。英国では1988年制定の著作権法(CDPA)が根拠法となっている。
商標権(Trade Mark Right):
登録された商標(文字・図形・ロゴなど)を独占的に使用できる権利。他人が無断で使用すると侵害となる。
データベース権(Database Right):
データベースの構築や維持に相当な投資があった場合、そのデータを無断で抽出・再利用されないよう保護する権利。
重要な部分(substantial part):
著作物の一部を利用した場合でも、その部分が創作的要素を十分に含み、作品の本質的特徴を表していると判断される場合に「重要な部分」とみなされる。著作権侵害の判断基準の一つ。
記事(article):
英国著作権法における用語で、書面や画像などの「物理的な形で固定された著作物」を指す。デジタルデータやAIモデルのような無形物への適用は現在も議論が続いている。
侵害コピー(infringing copy):
著作権を侵害して複製された物理的またはデジタルのコピー。AIの生成物が「侵害コピー」に該当するかは、著作権法上の新たな論点とされている。
【参考リンク】
Getty Images(外部)
世界最大級のストックフォト・映像ライブラリを提供する米国発の企業。報道・広告・クリエイティブ用途で幅広く利用されている。
Stability AI(外部)
生成AIモデル「Stable Diffusion」を開発する英国発のAI企業。オープンソースAIの推進を掲げている。
Stable Diffusion(外部)
テキストから高精細な画像を生成するAIモデル。拡散型アルゴリズムを採用しており、広く活用されている。
【参考記事】
Getty Images v Stability AI: why the remaining copyright claims are of more than secondary significance | Pinsent Masons(外部)
現行の著作権法における概念が、AIや学習モデルに対してどう適応されるかを考察し、権利者が訴訟を起こす際の問題点について報道。
Getty v Stability AI: a step forward or a stalled debate? | Hamlins LLP(外部)
訴訟の経過と主張の変化を整理。証拠・法域の問題や英国法の限界について弁護士が解説。
The UK Getty Trial: Key Takeaways on the AI/Copyright Case | Jones Day(外部)
AIモデル開発の国際的責任分担を論点に、訴訟の主要ポイントを法務的観点から解説。
Getty drops key copyright claims against Stability AI but UK lawsuit continues | TechCrunch(外部)
Gettyが主要著作権主張を取り下げた経緯を報道。証拠不足と立証困難性など訴訟戦略上の要因を解説。
【編集部後記】
AIによる学習と著作権の問題に対して、依然として必要なことは、問題を適切に理解し、切り分け、冷静に論点を整理していくことです。そうして判例が積みあがっていかないことには、法整備も進みません。これはもはや国や企業だけの責任には留まらないのです。
























