DARPAが600万ドルを投じたSikorsky MATRIXシステムにより、1時間未満の訓練でArmy National Guard兵士がタブレット操作でOPVブラックホークを制御した。
2025年8月のCamp Graylingでの試験では70海里の自動飛行、精密パラシュート投下2回、HIMARS発射筒6本の自動フック操作、ウォーターバッファロータンクのスリングロード、模擬負傷兵士の尾部間移送を含む複数のミッションに成功した。このシステムはDARPAのAircrew Labor In-cockpit Automation System (ALIAS)プログラムの下で開発されており、パイロットが搭乗していたが出動する必要はなかった。
Lockheed Martin広報によると、OPVプログラムの目標はパイロット置換ではなく補完であり、タブレットインターフェース訓練を受けた任意の兵士がミッション計画・実行が可能である。
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DARPA’s pilot-optional Black Hawk aces its first Army test
【編集部解説】
ドローンではなく、従来型のヘリコプターが「遠隔操縦」可能になる時代が本当に来つつあります。今回のDARPAとSikorsky社の成功事例は、単なる技術的な達成に留まらず、軍事航空の在り方そのものを根本から変える可能性を示唆しています。私たちが注目すべき点は、1時間未満の訓練で非パイロットが複雑なミッションを実行できたという事実です。これは、これは、高度な専門能力が、テクノロジーを介して誰でもできるというレベルへ移転することを意味します。
MATRIXオートノミーシステムが実現したのは「パイロットレス化」ではなく「オプショナル化」です。この区別は極めて重要です。ブラックホーク運用の半世紀にわたる歴史の中で、人間のパイロットは最後の砦として機体と乗務員の安全を守ってきました。今回の技術は、その信頼性が極めて高い実績を持つヘリコプターに対して、「必要に応じて人間が介入できる」という柔軟性を付与しました。これは完全な自動化ではなく、共存型のアプローチなのです。
Camp Graylingでの試験結果が示唆する軍事的価値は計り知れません。70海里の自動補給飛行、精密パラシュート投下2回、複数の外部搭載物の自動フック操作、そして傷病兵搬送——これらはすべて、従来であればベテランパイロットの卓越した技術を要求するミッションです。にもかかわらず、パイロット資格を持たない兵士がタブレット操作で実行できた。この能力転移は、前線への資源配分の効率化を劇的に向上させるでしょう。特に「contested logistics situations」(紛争下での兵站環境)における、パイロットのリスク軽減効果は無視できません。
ただし、楽観的な評価だけでは十分ではありません。このシステムが本格的に実運用化された場合、いくつかの根本的な課題に直面することになるでしょう。第一に、通信セキュリティです。タブレットからの指令が敵対勢力によって傍受・偽造される可能性に対する防御メカニズムが不透明なままです。第二に、事故責任の所在です。従来のパイロット操縦では責任の帰属が明確でしたが、AI支援下での自動運用下では、トラブル発生時に誰が責任を負うのかという法的・倫理的な問題が解決されていません。
国際法や戦時法の観点からも検討が急務です。特に自律的に意思決定を行う軍事プラットフォームに対する規制の枠組みは、現在のところ十分に確立されていません。DARPAのALIASプログラムが「Aircrew Labor In-cockpit Automation」という名称を採用した背景には、おそらくこうした法的・倫理的配慮があるはずです。すなわち、完全な自動化ではなく「乗員の労働軽減」という枠組みを維持することで、既存の国際法体系との整合性を図ろうとしているのだと推測されます。
興味深いのは、この成果が発表されたタイミングです。2025年8月に実施された試験結果が10月末に公表された背景には、アメリカ陸軍が推進する部隊再編と人員削減計画の中で、パイロット不足という構造的課題を、テクノロジーで補完しようとする戦略意図が透けて見えます。一方、Sikorsky社の発表資料では「パイロット置換ではなく補完」と繰り返し強調されています。これは業界内の懸念——自動化による雇用喪失——に対する配慮の表れでもあります。
長期的には、この技術がもたらす影響は極めて広範囲です。民間航空分野への波及を想定すれば、ヘリコプター運用そのものの経済学が変わる可能性があります。パイロット養成にかかる莫大なコスト削減に加えて、疲労や人為的ミスに起因する事故率の低減が期待できるからです。一方で、都市部での自動運用ヘリコプターに対する社会的受容性がどの程度獲得できるかは、現時点では不透明です。技術的成熟度と社会的成熟度のギャップが、今後の展開を左右するでしょう。
【用語解説】
ALIAS(Aircrew Labor In-cockpit Automation System)
DARPAが主導する航空機の自動化システム開発プログラム。パイロットの労働負荷を軽減し、安全性と効率性を向上させることを目的としている。完全な無人化ではなく、乗員が必要に応じて介入できる「オプショナル化」を実現する。
OPV(Optionally Piloted Vehicle)
オプショナルパイロット型航空機。パイロットが搭乗せずに自動制御される場合と、従来通りパイロットが操縦する場合の両方が可能な設計。軍事用途では柔軟な運用方式を可能にする。
スリングロード
ヘリコプターの下部に外部搭載物をワイヤーで吊るして運搬する方式。ウォーターバッファロー(軍用給水タンク)やHIMARS発射筒などを輸送する際に用いられる。パイロットの高度な操縦技術が必要とされる作業。
HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)
米陸軍が運用する高機動ロケット砲システム。複数のロケット弾を搭載できる車両で、その発射筒をヘリコプターで移動させることが軍事戦術の要となる。
ウォーターバッファロー
軍用給水タンク。野営地や前線に飲料水を供給するための2,900ポンド(約1,315kg)程度の大型タンク。ヘリコプターで運搬する際は、パイロットの精密な操縦が必要。
【参考リンク】
Lockheed Martin Sikorsky MATRIX Technology(外部)
Sikorsky社のMATRIX技術の概要、技術仕様、適用事例。オプショナルパイロット機能の原理と適用可能性を紹介。
Lockheed Martin 自動ブラックホークの戦術的価値(外部)
前線補給変革の視点からOPVブラックホークの軍事的意義を論述。
DARPA 公式サイト(外部)
ALIAS計画を含む先進防衛技術開発プロジェクトの概要と成果を公開。
【参考記事】
Lockheed Martin: U.S. Soldier Becomes First to Plan and Execute Autonomous Black Hawk Missions(外部)
Northern Strike 25-2での実証試験の公式発表。70海里自動飛行、複数ミッション成功の詳細報告。
DefenseScoop: DARPA to test autonomous flight capability(外部)
2024年10月のDARPA 600万ドル投資発表の背景説明。ALIAS計画の開発経緯。
The Aviationist: U.S. Soldier Takes Control of Autonomous Black Hawk(外部)
MATRIX技術の軍事的意義とパイロット不足への対応戦略を詳細に解説。
AVweb: U.S. Soldier First to Command Autonomous Black Hawk(外部)
ALIAS計画の技術分析と民間航空分野への波及可能性を検証している記事。
DVIDSHUB: DARPA tests autonomous UH-60M Black Hawk(外部)
Northern Strike 25-2での実地試験の現場画像とUH-60M仕様の詳細説明。
Lockheed Martin: Command an Autonomous Black Hawk from 300 Miles Away(外部)
MATRIX技術の遠隔操縦能力と300海里範囲での指揮統制可能性を説明。
UK Defence Journal: US soldier commands autonomous Black Hawk(外部)
NATO圏メディアによる国際的視点からの技術評価と戦略的含意の分析。
Lockheed Martin: MATRIX Flight Autonomy to US Marine Corps(外部)
米海兵隊へのMATRIX技術デモンストレーション。陸軍以外への適用可能性を示唆。
【編集部後記】
1時間の訓練で非パイロットが複雑なミッションを遂行できる時代。この現実を前に、皆さんはどう感じますか。それは技術の進歩の喜びでしょうか、それとも懸念でしょうか。おそらく、どちらも同時に感じるのではないでしょうか。
軍事技術は常に、人類の可能性と責任という二つの問いを投げかけます。この記事が、皆さんが「未来の軍事」「未来の仕事」「未来の安全」について、自分たちの言葉で考え、語り合うきっかけになればと思います。
























