USC人工ニューロン|銀イオン拡散メモリスタが実現する脳型AI、エネルギー消費を桁違いに削減

[更新]2025年11月7日08:04

USC人工ニューロン|銀イオン拡散メモリスタが実現する脳型AI、エネルギー消費を桁違いに削減 - innovaTopia - (イノベトピア)

USC Viterbi School of Engineeringの研究チームが、実際の脳細胞の電気化学的動作を再現する人工ニューロンを開発した。

研究はジョシュア・ヤン教授が主導し、銀イオンを使用した「拡散メモリスタ」と呼ばれるデバイスを開発したもので、その成果は科学誌Nature Electronicsに掲載された。

各人工ニューロンはトランジスタ1つ分という極めて小さな面積に収まり、従来の設計では数十から数百個のトランジスタが必要だった。このニューロモルフィックコンピューティングの進展により、チップサイズを桁違いに縮小し、エネルギー消費を劇的に削減できる可能性がある。人間の脳は約20ワットで動作するのに対し、現在のスーパーコンピュータはメガワット規模のエネルギーを消費する。

研究チームは、大量の人工シナプスとニューロンの統合テストを次のステップとしており、銀の代替となるイオン性材料の探索も進める予定である。

From: 文献リンクArtificial neurons that behave like real brain cells

【編集部解説】

このニュースが今、報じられる理由は、AIのエネルギー危機という現代的な課題に対して、生物学的な解答が示されたからです。現在のAIシステムが消費する電力は、スーパーコンピュータ規模のメガワット単位に達しており、これは人間の脳がわずか20ワットで実現する知的処理と比べると、その非効率さが明白です。ジョシュア・ヤン教授らが発表した「拡散メモリスタ」という人工ニューロンは、この効率性の問題に対する根本的なアプローチを提示しています。

従来のニューロモルフィックチップは、脳の活動を数学モデルで「シミュレーション」していたに過ぎません。しかし今回の技術は異なります。銀イオンを使用した酸化物材料内での物理的なイオン運動によって、生物学的ニューロンの電気化学的プロセスを実際に「再現」しています。つまり、単なる計算上の模倣ではなく、脳と同じ物理メカニズムで情報処理を行うということです。

チップ設計の観点から見ると、この革新の意味は極めて大きいと言えます。従来の人工ニューロン設計では数十から数百のトランジスタが必要でしたが、拡散メモリスタでは単一トランジスタのフットプリント内に収まります。スマートフォン1台の心臓部であるチップ(SoC)に数百億ものトランジスタが搭載される現在と比較すれば、この削減による物理的・経済的な影響は計り知れません。

学習効率の観点からも重要な示唆があります。人間の子どもは数個の例から手書き数字を認識できますが、従来のコンピュータには数千の例が必要です。このメモリスタ技術は、このギャップを埋めるための「ハードウェアベースの学習」を実現するものです。脳が膜を越えてイオンを移動させることで学習を行う仕組みを、半導体レベルで再現した点は、学習効率とエネルギー効率の両立を可能にします。

一方、実装面での課題も存在します。研究では銀イオンが使用されていますが、これは既存の半導体製造プロセスと互換性がありません。次の段階では、同等の機能を持つ代替的なイオン性材料の探索が必須となります。この制約が解決されるまでは、商用化への道はまだ遠いと言えるでしょう。

規制と産業への影響を考えると、このような根本的な技術パラダイムシフトは、現在のAI産業における電力規制や環境基準の枠組みそのものを変える可能性を秘めています。エネルギー消費の削減は単なる効率化ではなく、AI普及の持続可能性を左右する要素となるからです。

今後の研究では、大規模な人工シナプスとニューロンの統合テストが予定されており、これによって脳の効率性や機能をどの程度まで複製できるかが明らかになっていくでしょう。Yang教授が指摘する「脳自体の動作メカニズムの新しい洞察」という副次的な効果も、長期的には神経科学とコンピュータ科学の融合を促進する可能性があります。

【用語解説】

ニューロモルフィックコンピューティング
人間の脳の構造や動作原理を模倣したコンピュータ設計技術である。従来のデジタルコンピュータとは異なり、ニューロン間の相互作用やシナプス結合を物理的に再現することで、エネルギー効率と処理速度の向上を目指している。

メモリスタ
抵抗値が過去の電流履歴に依存する電子素子である。メモリスタは情報を記憶する特性を持つことから、ニューロモルフィック回路の基本構成要素として注目されている。

拡散メモリスタ
イオンの運動と動的拡散現象を利用したメモリスタの一種である。銀イオンなどのイオン粒子が材料内を拡散することで、生物学的ニューロンの電気化学的動作を再現する。

【参考リンク】

USC Viterbi School of Engineering(外部)
南カリフォルニア大学(USC)工学部。ジョシュア・ヤン教授が属し、ニューロモルフィックコンピューティング関連の先端研究を推進している。

【参考記事】

Artificial neurons developed by USC team replicate biological function(外部)
USC公式ニュース。拡散メモリスタ開発の詳細と研究背景を解説。

Ion-based artificial neurons mimic brain chemistry for AI computing(外部)
従来技術との違いとイオン媒体の優位性、今後の課題を分析。

Artificial Neurons: Bridging Biology and Computing(外部)
脳型チップの実用化シナリオと製造プロセス互換性の課題について論じている。

USC Team Develops Artificial Neurons That Mimic Biological Functions(外部)
単一トランジスタ設計の利点と統合実験段階の進捗状況を解説。

USC Researchers Build Artificial Neurons That Physically Think Like the Brain(外部)
物理的脳再現の意義とハードウェアベース学習の可能性を掘り下げ。

【編集部後記】

私たちが毎日持ち歩くスマートフォンも、その奥底では膨大なエネルギーを消費しながらAIが動いています。人間の脳が20ワットで実現する学習を、私たちのコンピュータはなぜこんなにも多くの電力を必要とするのでしょうか。

この記事に登場する研究者たちは、その問いに対して「脳そのもの」から答えを引き出そうとしています。デバイスの小型化やバッテリー駆動時間といった身近な変化だけでなく、AIそのものの在り方が変わっていく可能性を秘めたこの技術。私たちと一緒に、その未来の輪郭を探ってみませんか?

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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