IHIは株式会社スペースデータと衛星データの利活用と新事業創出を目的とした覚書を締結した。IHIが構築する小型衛星コンステレーションは光学センサ、合成開口レーダー(SAR)、VHFデータ交換システム(VDES)、電波収集(RF)、赤外線(IR)、ハイパースペクトルなど複数種類の衛星で構成され、陸上や海上における多様なデータの取得・提供が可能となる。
スペースデータは地理空間データと3DCG技術を活用したデジタルツインにAIの解析・学習能力を組み合わせたフィジカルAI基盤を開発し、都市開発、防災、安全保障などの分野で社会基盤の革新を目指している。
両社はIHIの衛星データとスペースデータのデジタルツイン技術を融合させ、ユーザーニーズに合致した事業の創出を目指す。IHIはフィンランドのICEYE社からSAR衛星を調達する契約を締結し、英国のSurrey Satellite Technology社およびGlobal Satellite Vu社と衛星コンステレーション構築に関する覚書を締結している。
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衛星データの利活用による新事業創出に向けスペースデータ社と覚書を締結
【編集部解説】
このニュースが今、重要な意味を持つのは、日本が「衛星データの民間活用」という世界的なトレンドの中で、ようやく本格的な産業化フェーズへ踏み出そうとしているからです。IHIとスペースデータの協業は、単なる企業間の提携ではなく、衛星技術と次世代AI技術の融合による「新しいビジネスモデルの創出」という、より根本的な転換を示唆しています。
従来の衛星ビジネスは、センサーから生データを取得することが主流でした。しかし今回の提携が示すのは、その先にあるものです。スペースデータが開発する「フィジカルAI基盤」は、複数の衛星から収集した多様なデータをAIで統合分析し、現実世界をデジタル空間に精密に再現する技術です。これにより、都市開発の最適化、防災対応の高度化、海上監視の自動化といった、これまで人手に頼っていた領域が劇的に変わる可能性があります。
IHIのコンステレーション計画は野心的です。2026年度の初期運用開始を目指し、2029年度までに最大24基の衛星ネットワークを構築する予定とされています。光学センサ、SAR、赤外線、ハイパースペクトルなど、複数種類のセンサを搭載することで、天候や時間帯に左右されない、多角的な地球観測が可能になります。これは、既存の海外衛星サービスとの競合力を高めるだけでなく、日本国内の安全保障関連の運用データを国内で保有できるという戦略的な意義も大きいのです。
技術的な側面から見ると、このパートナーシップの構図も興味深いものがあります。IHIはハードウェア(衛星の設計・運用)の専門性を、スペースデータはソフトウェア・AI解析の専門性をそれぞれ活かしています。フィンランドのICEYE、英国のSurrey Satellite Technology、Global Satellite Vuといった海外パートナーとの多層的な連携も、日本国内における高度な宇宙技術の蓄積という戦略的狙いが見て取れます。
一方で、潜在的なリスクや課題も存在します。衛星データの商用化が加速する中で、プライバシー保護やデータ取得の規制をどう整備するかが課題となります。また、事業採算性をいかに確保するかも重要な検討ポイントです。さらに、衛星データの解析・提供サービスは既に複数の企業が参入しており、競争環境は激化していくでしょう。
長期的な視点では、このような衛星データプラットフォームの構築は、日本がデジタル・トランスフォーメーションの次段階へ進むための基盤となり得ます。アーリーアダプターの皆さんにとって、このニュースは「宇宙技術が日常生活や産業活動にどう組み込まれていくのか」を考える絶好の材料になるはずです。衛星データ×AI×デジタルツイン——この三位一体の融合が、我々の世界をどう変えるのか、今後の展開が注視される領域なのです。
【用語解説】
衛星コンステレーション
複数の衛星を軌道に配置して、地球全体を常時観測できるネットワークを構成したシステムである。単一の衛星では観測できない領域や時間帯をカバーでき、リアルタイムに近い形での地球観測データの取得が可能になる。
SAR(合成開口レーダー)
マイクロ波を地表に照射し、反射波を受信するレーダーセンサの一種である。衛星の移動に応じて複数のレーダー信号を合成することで、あたかも大型アンテナで観測したかのような高い解像度を実現する。天候や時間帯に左右されず観測できるという特徴を持つ。
デジタルツイン
現実世界の物や環境を、3DCG技術やセンサデータを用いてデジタル空間に精密に再現したものである。シミュレーションや分析を行うことで、現実世界での最適化や予測を支援する技術。
フィジカルAI基盤
デジタルツイン技術にAIの解析・学習能力を組み合わせた技術基盤であり、予測、最適化、自律制御を実現する。物理世界と仮想世界を統合する次世代のAI技術である。
VDES(VHFデータ交換システム)
AIS(自動識別装置)の後継となる次世代船舶識別システムである。海上の船舶位置や運航情報をより高度に収集できる。
ハイパースペクトル画像
複数の波長帯の光を同時に撮影することで、物質の物理的特性を詳細に把握できる観測技術である。農作物の健全性評価や環境汚染の監視など多様な応用が可能。
ISR衛星
Intelligence, Surveillance, Reconnaissance(情報収集・監視・偵察)を目的とした衛星である。地表の詳細な観測を通じて地政学的状況や安全保障関連の情報取得に用いられ、主に政府・防衛部門での利用を想定している。
【参考リンク】
株式会社IHI(外部)
航空・宇宙、エネルギー、社会インフラなど幅広い分野で最先端技術を展開する日本の大手重工業メーカー。
株式会社スペースデータ(外部)
衛星データと3DCG、AI技術を融合させたデジタルツイン基盤を開発するスタートアップ。都市開発、防災、安全保障などのソリューションを提供。
ICEYE(外部)
フィンランド拠点のSAR衛星コンステレーション企業。世界をリードする合成開口レーダ衛星を開発・運用。
Surrey Satellite Technology Limited(外部)
イギリスのサリー州を拠点とする小型衛星製造企業。地球観測・ISR衛星の開発製造の専門家。
【参考動画】
現実科学 レクチャーシリーズ Vol.61 【スピーカー:佐藤航陽氏(スペースデータ代表取締役社長)】
スペースデータ代表の佐藤航陽氏によるデジタルツイン技術とその社会への影響に関する講演。
『スペースデータとispaceの協業開始』キーパーソンに直接取材
スペースデータの執行役員による月データ市場とデジタルツイン構想に関する解説動画。
【参考記事】
地球観測衛星コンステレーション構築に向けICEYE社と衛星調達契約を締結(外部)
安全保障、公共利用、商業利用を目的とする地球観測衛星コンステレーション構築に関する公式発表。
SAR(合成開口レーダー)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星(外部)
SAR技術の基本原理、光学衛星との違い、応用例などを詳細に解説した技術解説記事。
衛星データで”地球の今”を見える化 NTT DATAの宇宙ビジネス最前線(外部)
複数の衛星データとAI技術を融合させた地球観測プラットフォームの構築事例とデジタルツイン技術の商用応用。
研究協力 – JAXA 第一宇宙技術部門(外部)
JAXAが推進する衛星データの研究協力と地球観測に関する国家的な取り組みの概要。日本の宇宙政策における衛星データ利用の位置づけを理解できる。
リッジアイ、日本マイクロソフトと連携し、生成AIと地球観測データを統合(外部)
衛星データと生成AIを組み合わせた地球デジタルツイン研究の最新動向。JAXAとの連携による実証プロジェクト。
日英宇宙安保の強化、IHIの衛星網構想と英国2社提携の狙い(外部)
IHIの衛星コンステレーション構想と英国パートナーとの提携が持つ地政学的・戦略的意義の分析記事。
【編集部後記】
衛星からのデータとAI、デジタルツインがどう組み合わさると、街や海がどう「見える」ようになるのか。
今回のニュースはそんなシナリオが現実に近づいている証だと感じます。もしあなたが自分の仕事や関心ある領域で「こんなデータがあったら何ができるだろう」と考えたことがあれば、それはもう現実化への第一歩かもしれません。一緒に、この新しい世界の入口に立ってみませんか。
























