株式会社ispaceは、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が実施する宇宙戦略基金事業(第二期)に採択されたことを2025年11月4日に発表した。
立命館大学を代表機関とするプロジェクトチームの提案した「月面拠点建設を実現するための測量・地盤調査技術の確立」が、「月面インフラ構築に資する要素技術」のテーマで選定された。ispaceは協力機関として参画し、月面での建設施工や資源開発に必要な高精度の地形データ取得と、レゴリス(月の土壌)の土質特性・地層構造を把握するための測量・地盤調査システムの開発を行う。さらに整地や造成、道路建設、地盤改良といった土木構造物の設計体系を確立し、月面基地建設の実現に貢献する。ispaceは東京都中央区に本社を置き、日本、ルクセンブルク、アメリカの3拠点で約300名が在籍している。2022年12月11日にミッション1のランダーをSpaceXのFalcon 9で打ち上げ、2025年1月15日にミッション2の打上げを完了した。2027年にミッション3、2028年にミッション4の打上げを予定している。
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ispace、代表機関である立命館大学と共に「月面拠点建設を実現するための測量・地盤調査技術の確立」で「宇宙戦略基金」事業に採択
【編集部解説】
月面でのビジネスが現実に近づいています。ispaceが立命館大学と共に宇宙戦略基金事業に採択されたというこのニュースが意味するところは、単なる一企業の受託研究ではなく、日本が月面経済圏の構築に向けて国家的な投資判断をしたということです。
月面開発の鍵となるのは、いかに「地球と同じようなインフラ構築ができるか」という問題です。地球でビルを建てるときに測量と地盤調査が欠かせないように、月面でも建設には正確な地形データと土壌情報が必須となります。今回のプロジェクトが開発する「測量・地盤調査システム」は、月の土壌であるレゴリスの特性を把握し、整地や道路建設といった本格的なインフラ整備を可能にする技術です。この技術がなければ、月面での持続可能な活動は成り立たないのです。
ispaceが協力機関として貢献できる背景には、同社が既に実績を積み重ねているということがあります。2022年のミッション1、2025年のミッション2を通じて、月周回航行能力、ランダーの姿勢制御、誘導制御といった基本的な運用技術を実証しています。つまり、理論ではなく実際に宇宙空間で検証した知見を持つ数少ない民間企業ということが、このプロジェクトへの参画を可能にしているのです。
今後のロードマップも明確です。2027年のミッション3では米国主導の商用ミッションに参加し、その後2028年のミッション4では経産省のSBIR補助金を活用して国産の新型ランダーを投入する予定となっています。これはNASAのアルテミス計画とも連携した多層的な戦略と言えます。
この技術開発の完成は、月面での採掘やエネルギー利用といった本格的な資源開発へのステップとなります。月には約60億トンの水が存在すると言われており、これを現地で燃料や酸素に変換できれば、地球から大量に物資を運ぶ必要がなくなります。言わば「月での自給自足」を実現することで、初めて月面基地の経済性が成立するのです。
一方で課題も存在します。レゴリスの特性把握や地盤改良技術は、実際に月面環境下でどの程度の精度で機能するかが未知数です。また、国際的な月面利権の問題も複雑化しつつあり、技術開発と並行して国際規制の整備も進むことになるでしょう。
【用語解説】
ランダー(月着陸船)
月面への着陸を目的とした無人探査機。地球から月へ物資やペイロード(搭載物)を運ぶ輸送手段として機能する。ispaceが開発しているランダーは、月面での資源採掘やデータ収集を可能にする基盤技術である。
ローバー(月面探査車)
月面での移動と調査を行う無人探査機。ランダーとは異なり、着陸後に月面を走行して広範囲の測定や探査を実施する。ispaceは月面でのサンプル採取やデータ収集用のローバーを開発している。
レゴリス
月の表面を覆う砂状の物質。数十億年の隕石衝突により細かく粉砕された岩石で構成されている。月面での建設施工や資源開発の対象となる重要な物質であり、その土質特性の把握が月面基地建設に不可欠である。
測量・地盤調査システム
月面の地形データを高精度で取得し、レゴリスの土質特性や地層構造を調べるための装置群。地球での建設と同様に、月面でのインフラ整備には正確な地盤情報が必要である。
SBIR制度
米国発祥の「Small Business Innovation Research(小企業革新研究)制度」。日本の経済産業省でも同様の補助金制度を運用しており、民間企業による革新的な研究開発を支援している。ispaceはこの制度を通じてシリーズ3ランダー開発への補助を受けている。
シスルナ経済圏
地球と月の間の空間を指す「cislunar」という概念から派生した造語。この領域での資源開発やビジネス活動を通じて、人類の経済活動を月へ拡張させることを目指している。
Google Lunar XPRIZE
2007年から2018年にかけてXプライズ財団が実施した民間月面探査コンテスト。月に着陸し、500メートル以上走行し、高解像度画像を送信することが条件だった。ispaceが運営する「HAKUTO」チームは最終段階の5チームに残った。
【参考リンク】
株式会社ispace公式サイト(外部)
ispaceの企業情報、ミッション概要、月面資源開発事業についての最新情報が掲載されている。
JAXA 宇宙戦略基金(外部)
JAXAが管理する宇宙戦略基金の概要、採択プロジェクト情報が掲載されている。
立命館大学(外部)
本プロジェクトの代表機関。宇宙関連研究情報が確認できる公式ウェブサイト。
NASA アルテミス計画(外部)
NASAが推進する月への有人探査ミッション。ispaceが参加予定の計画についての情報。
【参考記事】
日本初の月面資源商取引を実現へ――ispaceとNASAが月のレゴリス採取で契約(外部)
ispaceが米国NASAとの間で月面資源の商取引を実現するプロジェクト。
ispace、「Lunar Surface Exploration Implementing Arrangement」に歓迎声明(外部)
日本人宇宙飛行士がアルテミス計画に参加することを決定した日米両国政府の協力枠組み。
1兆円の戦略基金と200社の異業種参入で宇宙産業を活性化(外部)
JAXA宇宙戦略基金の全体戦略と日本政府による投資体制についての解説。
ispace、代表機関である立命館大学と共に月面拠点建設を実現(外部)
ispaceが宇宙戦略基金事業に採択された最新情報についての詳細記事。
月面拠点建設用の測量・地盤調査技術確立へ 応用地質が参画(外部)
立命館大学が代表機関となるプロジェクトの詳細と協力機関について記載。
JAXA宇宙転用・新産業シーズ創出拠点「SX-CRANE」(外部)
宇宙技術の非宇宙分野への転用と民間企業の参入促進についての情報。
日本は宇宙・月面ビジネスで世界と戦えるのか(外部)
日本の月面ビジネス戦略と国際競争力についての分析記事。
【編集部後記】
月が「遠い夢」から「身近なビジネスの現場」へ変わろうとしています。ispaceの挑戦は、一企業の話ではなく、日本がシスルナ経済圏で世界と競争する過程そのものです。
あなたのスマートフォンやカーナビに使われるGPS衛星も、かつては同じように「宇宙は特別な世界」と考えられていました。月面での測量・地盤調査技術が確立されたとき、何が変わると思いますか?月面での採掘、建設、エネルギー生成——それらが商用化される日まで、果たしてどのくらい遠いのでしょうか。これからの月面経済圏を形作る今この瞬間に、一緒に未来を想像してみませんか。
























