Magic Leapの元エンジニアが設立したスタートアップTraceが、no-code(ノーコード)AR作成プラットフォームを発表した。同社は「Canva of AR(ARのCanva)」を目指し、コーディングやデザイン専門知識なしで誰でもlocation-based(ロケーションベース)の没入型コンテンツを制作・共有できる環境を提供する。AdobeがAero ARを終了し、MetaのSpark ARも2025年1月に廃止された今、Traceは両プラットフォームからの移行者へpremium plan(プレミアムプラン)3ヶ月間無料を提供している。
2021年設立のTraceは、ESPN、T-Mobile、Qualcomm、Lenovo、Deutsche Telekomなどの企業顧客と協業実績がある。プラットフォームはiPhoneとiPad向けに無償提供され、プレミアムは月額20ドルから。閲覧用のTrace ViewerアプリはApp StoreとGoogle Playで無料配信中である。
From:
Former Magic Leap Engineers Launch No-code AR Creation Platform, Aiming to Be ‘Canva of AR’
【編集部解説】
Traceの登場は、AR制作ツール市場における重要な転換点を示しています。AdobeのAeroが2025年11月6日に終了し、MetaのSpark ARも同年1月に廃止されたことで、クリエイターたちは代替ツールの選択を迫られている状況です。Traceはこの空白を埋める存在として、移行者へ3ヶ月の無料プレミアムプランを提供する戦略を取っています。
注目すべきは、TraceのCEO Greg Tran氏が、従来のAR制作が「3〜6ヶ月の期間と8〜10人の専門家チーム」を必要としていた課題を指摘し、「そのプロセスをはるかに簡単にする」ことを目指していると語っている点です。これは従来のAR制作における高額な制作費と長い開発期間という課題を解決する意図を明確に示しています。実際、企業が展示会や社員研修で使用する程度のARコンテンツであれば、専門のエージェンシーに外注せずとも内製化できる可能性が高まります。
技術的には、Traceはクロスデバイス対応を実現しており、モバイル向けに制作した体験をそのままMRヘッドセットやARグラスにスケールできる設計となっています。これはコンテンツ制作者にとって大きなメリットで、デバイスごとに別々の開発をする必要がなくなります。特に現在はApple Vision ProやMeta Quest 3といった複数のプラットフォームが並立している状況であり、ワンソース・マルチユースの実現は制作コストの大幅削減につながるでしょう。
一方で懸念材料もあります。AdobeやMetaという大手企業がAR制作ツールから撤退した理由は、市場の成熟度が予想より低かったことにあります。これは、終日装着可能なARグラスの普及が依然として数年先の話であることを示唆しています。Traceは専業企業として存続できるだけの市場規模を確保できるのか、エンタープライズ顧客への依存度が高い現状で持続可能なビジネスモデルを構築できるのかが試金石となります。
規制面では、位置情報ベースのARコンテンツが増えることで、プライバシーや公共空間での利用に関する新たなガイドラインが必要になる可能性があります。特に商業施設や公共交通機関での無秩序なAR体験の配置は、利用者の混乱を招く恐れもあるでしょう。
長期的視点では、Traceのようなノーコードプラットフォームの普及により、AR制作の民主化が進むことが期待されます。教育現場での活用、地域活性化プロジェクト、中小企業のマーケティング施策など、これまで予算や技術的制約で実現できなかった用途への広がりが見込まれます。ただし、それは同時に品質のばらつきやコンテンツ過多という新たな課題も生み出すかもしれません。
【用語解説】
Magic Leap
AR技術に特化したテクノロジー企業。2018年に最初のヘッドセットMagic Leap Oneを発表したが、一般消費者向け戦略からエンタープライズ分野へとピボットした。
Adobe Aero
Adobeが提供していたAR制作プラットフォーム。デザイナーやクリエイターがコーディングなしでAR体験を構築できたが、2025年11月6日に正式にサービス終了となった。
Meta Spark AR
Metaが提供していたInstagramやFacebook向けのARエフェクト制作ツール。2025年1月に廃止され、クリエイターは代替プラットフォームへの移行を余儀なくされた。
ノーコード(no-code)
プログラミング言語のコードを記述することなく、ビジュアルインターフェースを通じてアプリケーションやコンテンツを開発できる手法のこと。
ロケーションベース(location-based)
特定の地理的位置情報に紐づけられたコンテンツやサービスのこと。AR分野では、実際の場所に仮想オブジェクトを配置する技術を指す。
クロスデバイス対応(cross-device compatibility)
一つのコンテンツが複数の異なるデバイス(スマートフォン、タブレット、ヘッドセット等)で動作する互換性を持つこと。
【参考リンク】
Trace公式サイト(外部)
Traceのプラットフォーム情報、機能紹介、価格プランなどが掲載されている公式ウェブサイト。無料トライアルの申し込みも可能。
Trace Web Studio(外部)
ブラウザ上で3Dアセットをインポートし、AR体験を制作できるTraceのWeb版エディタ。
Trace – App Store(外部)
iPhone・iPad向けのTrace AR作成アプリ。無料でダウンロードでき、プレミアムは月額20ドルから。
Trace Viewer – Google Play(外部)
Android端末でTraceで制作されたAR体験を閲覧するための無料ビューアーアプリ。
Magic Leap公式サイト(外部)
Magic Leapの最新ハードウェアMagic Leap 2の情報や、エンタープライズ向けソリューションを提供する公式サイト。
【編集部後記】
AR制作の民主化は本当に実現するのでしょうか。月額20ドルという価格設定は、週末に趣味でARを制作したい個人クリエイターには少し高く、エンタープライズには十分安いという絶妙なポジショニングに見えます。AdobeとMetaという巨人が撤退した市場で、専業スタートアップがどこまで耐えられるのか。あるいは、数年後にARグラスが普及した際、AppleやGoogleが自社プラットフォーム向けに同様のツールをリリースしたら、Traceはどう差別化するのでしょう。そもそも「誰でも作れる」環境が整うことで、質の高いAR体験と粗製乱造のコンテンツが混在する未来が待っているかもしれません。

























