科学と平和の国際週間 — 機械は、誰を撃つべきかを知っているのか

[更新]2025年11月13日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2020年3月、リビアの荒野。 国連安全保障理事会の専門家パネルは、後に歴史的な報告書となる一つの記録を提出しました。トルコ製のKargu 2ドローンが、人間の指示なしに標的を「狩り」、攻撃したと言われています。機械が自ら判断し、人間に致命的な力を行使した最初の事例かもしれません。

毎年11月11日を含む週は、「科学と平和の国際週間」 です。1988年、国連総会がこの週間を制定したのは、科学技術が平和と安全保障の維持にどう貢献できるかを考えるためでした。しかし2025年の今、その問いは別の形で私たちの前に立ち現れています。

技術は、何になりうるのか?

「死の商人」と「世界の破壊者」

1888年4月12日、 スウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルは、フランスの新聞を手に取りました。そこには彼自身の訃報が載っていました。実際には兄リュドヴィグが亡くなったのですが、記者が名前を取り違えたのです。

見出しは 「人類の恩人とは言い難い人物が死んだ」。後世では「死の商人が死んだ」という見出しだったという伝説になりました。

記事は続けます。「より多くの人々をより速く殺す方法を見つけることで富を得た男」。ノーベルは1867年にダイナマイトを発明し、90の工場を持つ軍需産業の巨人となっていました。彼は平和主義者を自認し、かつて友人にこう語ったといいます。「2つの軍団が一瞬で互いを全滅させられるほどの爆薬を発明すれば、全ての文明国は戦争から撤退するだろう」。

1895年、ノーベルは遺言を残しました。全財産を「人類に最大の利益をもたらした人々」への賞に充てると。その中には、平和賞が含まれていました。

1945年7月16日、ニューメキシコ州アラモゴード。 午前5時29分45秒、人類初の原子爆弾が炸裂しました。きのこ雲を見上げながら、マンハッタン計画の責任者J・ロバート・オッペンハイマーは、ヒンドゥー教の聖典バガヴァッド・ギーターの一節を思い出しました。

「我は死なり、世界の破壊者なり」

3週間後、広島に原子爆弾が投下されました。続いて長崎。数十万人が亡くなりました。戦後、オッペンハイマーは水爆開発に反対し、核兵器の国際管理を訴えました。1965年のインタビューで彼はこう語っています。「10万人以上の死に関与したことを、簡単には考えられない」。そして同時に「私は自分の役割を果たしたことを後悔していない」とも。

技術を生み出した者たちは、何を見たのでしょうか。

2025年、戦場の現実

ウクライナとロシアは、2025年に何万機ものドローンを生産し使用する計画です。 現代の戦場では、死傷者の無視できない割合がドローンによるものとなりました。

AI搭載による自律航法機能は、ドローン攻撃の成功率を大幅に引き上げました。 操縦者の技術に依存せず、電子妨害にも強く、訓練期間も短いのです。

イスラエル航空宇宙産業が開発した Haropは、ほぼ完全自律型の徘徊型弾薬です。 展開後、レーダーを発する標的を自ら探索し、識別し、攻撃を実行します。2025年現在、イスラエル国防軍はすでにガザで Lavender と呼ばれるAIシステムを使用していると報じられました。このシステムは行動パターンに基づいて人間の標的を選択し、「ほとんど人間の監視なし」で機能したとされます。

米国防総省の Replicator計画 は、2025年8月までに数千機の小型無人機を配備することを目指しています。一部は武装し、群れで行動します。コストは従来の有人戦闘機の10分の1から100分の1。

オーストリアのアレクサンダー・シャレンベルク外相は、ウィーンでの会議でこう警告しました。「これは私たちの世代のオッペンハイマーの瞬間だ」。

国連軍縮担当上級代表の中満泉は、国連の立場を明確にしています。「人を殺す決定を完全に機械に委ねることは、道徳的に受け入れられません」。

国境を越えた科学者たち

1957年7月、カナダの小さな町パグウォッシュ。 22人の科学者が集まりました。米国、ソ連、英国、日本、そして他の国々から。冷戦の最中、核戦争の脅威が高まる中での会合でした。

参加者の中には、アルバート・アインシュタインの遺志を継ぐ者たちがいました。アインシュタインとバートランド・ラッセルは、1955年に共同声明を発表していました。「科学者は、自らの創造物がもたらす危険を認識し、世界の人々に警告する特別な責任がある」。 パグウォッシュ会議は、この呼びかけに応える形で始まりました。

彼らは政府の代表ではなく、個人として参加しました。議論は非公開。テーマは核軍縮、科学者の社会的責任。会議は今も続いています。1995年、パグウォッシュ会議はノーベル平和賞を受賞しました。

1954年、スイスとフランスの国境にまたがる地に、欧州原子核研究機構(CERN)が設立されました。 第二次世界大戦で分断されたヨーロッパの科学者たちが、再び協力するために。戦後わずか9年での出来事です。

CERNは純粋に平和目的の研究機関です。参加国は冷戦中も東西の枠を超えて拡大しました。1991年、World Wide Webがここで誕生しました。ティム・バーナーズ=リーが開発したこの技術は、無償で世界に公開されました。科学は国境を越え、知識は共有されるべきだという理念のもとに。

2015年7月28日、ブエノスアイレス。 国際人工知能会議の開幕で、1,000人以上のAI専門家が公開書簡に署名しました。自律型兵器の禁止を求めて。スティーブン・ホーキング、イーロン・マスク、ノーム・チョムスキー。書簡はこう述べています。「AI軍拡競争を始めることは良い考えではない」。

2018年、Googleの従業員4,000人が、同社の軍事AI契約Project Mavenに抗議しました。数人が辞職しました。CEOへの書簡は「戦争技術を作らないでほしい」と訴えました。

「Stop Killer Robots(キラーロボットを止めよう)」 キャンペーンは、2013年から活動を続けています。現在、120カ国以上が自律型兵器システムに関する新しい国際法の交渉を支持しています。2024年12月、国連総会(決議L.77(第79会期))では自律型兵器に関する決議に賛成が161カ国、反対は3、棄権は13カ国のみでした。 2023年の決議A/RES/78/241(LAWS)も、反対はわずか4カ国。

2025年現在、ニューヨークで非公式協議(自律型兵器に関する国連会合)が継続中です。全ての国連加盟国が初めて参加できる場です。

スチュアート・ラッセル教授(カリフォルニア大学バークレー校)は、2022年にこう書きました。「物理学者が核兵器に反対したように、化学者が化学兵器に、生物学者が生物兵器に、医師が処刑への関与に反対したように、AI研究者が立ち上がる時だ」。

透明なパイプ

科学と平和の国際週間は、1986年の「国際平和年」から始まりました。その理念は明確でした。科学技術を、破壊ではなく平和と安全と人類の福祉のために使うこと。

科学技術は透明なパイプです。 水を通せば命を潤し、毒を通せば命を奪います。ダイナマイトはトンネルを掘り、都市を破壊しました。原子力は電気を生み、都市を蒸発させました。AIは病気を診断し、標的を選択します。パイプ自体に善悪はありません。何を通すかは、人間が決めます。

ノーベルはダイナマイトが戦争を終わらせると信じました。オッペンハイマーは原子爆弾の恐怖が平和をもたらすと考えました。両者とも間違っていました。技術が平和をもたらすのではありません。技術をどう使うかを決める人間の選択が、平和か破壊かを決めます。

2025年現在、米国、ロシア、中国、イスラエル、韓国、英国は自律型兵器の先制的禁止に反対しています。開発は続いています。技術は存在します。誰かが使えば、他の誰もが使うでしょう。

機械は、文脈を理解できません。意図を読み取れません。慈悲を持ちません。人間の命の価値を知りません。

1888年、ノーベルは自分の訃報を読みました。1945年、オッペンハイマーはきのこ雲を見ました。2025年、私たちは何を見ているでしょうか。そして、パイプに何を通すのでしょうか。


Information

参考リンク:

用語解説:

自律型兵器システム(LAWS: Lethal Autonomous Weapons Systems): 人間の介入なしに標的を選択し攻撃を実行できる兵器システム。「キラーロボット」とも呼ばれる。

徘徊型弾薬(Loitering Munition): 標的上空を旋回しながら待機し、標的を発見すると攻撃する小型無人機。「自爆ドローン」とも。

Replicator計画: 米国防総省が2023年に発表した、2025年8月までに数千機の小型無人システムを配備する計画。

有意義な人間の制御(Meaningful Human Control): 兵器システムの標的選択と攻撃実行において、人間が実質的な判断と制御を保持すること。自律型兵器規制の中心概念。

パグウォッシュ会議: 1957年カナダで始まった、核軍縮と科学者の社会的責任を議論する国際会議。アインシュタイン=ラッセル宣言を受けて設立。1995年ノーベル平和賞受賞。

CERN(欧州原子核研究機構): 1954年設立の国際的素粒子物理学研究所。冷戦中も東西の科学者が協力。World Wide Webの発祥地。

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ゆか
テクノロジーと人間の精神の関係を、哲学と実装の両面から探求してきました。 ITエンジニアとしてシステム開発やAI技術に携わる一方で、心の哲学や宇宙論の哲学、倫理学を背景に、テクノロジーが社会や人の意識に与える影響を考察しています。 AIや情報技術がもたらす新しい価値観や課題を、精神医学や公衆衛生の視点も交えながら分析し、「技術が人の幸福や生き方をどう変えるのか」という問いに向き合うことを大切にしています。 このメディアでは、AIやテックの最前線を紹介するだけでなく、その背後にある哲学的・社会的な意味を掘り下げ、みなさんと一緒に「技術と人間の未来」を模索していきたいと思います。

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