もつれあう自然:AIと生命の現在地ーCHANEL NEXUS HALLにてAIアートとエコロジーが融合する展覧会

[更新]2025年11月27日

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アイキャッチ:©CHANEL

銀座の中心で確認する生命とAIの現在地
東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催中の展覧会「Synthetic Natures もつれあう世界:AIと生命の現在地」は、私たちが「自然」をどう認識しているかを静かに問い直す空間です。会期は12月7日まで。入場無料で、予約も不要。ふらりと立ち寄れる気軽さがありながら、一歩足を踏み入れれば、そこには深く思索的な世界が広がっています。

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CHANELが継承する芸術の歴史
CHANELと芸術の関係は、創業当初から深く結びついています。ガブリエル・シャネルは、当時の前衛的な芸術家たちと交流し、その感性をデザインに取り入れていました。彼女は服を“装飾”ではなく“表現”と捉え、芸術と同じ地平で創作を行っていたと言えます。


さらにCHANELは、20世紀の舞台芸術や映画にも積極的に関わり、衣装制作を通じて新しい美意識の形成に貢献しました。近年では、現代アーティストとのコラボレーションや、CHANEL自身が主催する文化支援プログラムを通じて、多様な創造活動を支えています。今回の展覧会は昨年と同様、次世代のキュレーター育成機関「長谷川キュレーションラボ」とのパートナーシップによるものです。
その姿勢は、ブランドを広告的に飾るためではなく、芸術そのものの発展を尊重する態度に基づいています。

「存在しない」生命が問いかけるもの

展示の中心にあるのは、リスボンを拠点に活動するアーティスト、ソフィア・クレスポと、彼女がノルウェー出身のアーティスト、フェイレカン・カークブライド・マコーミックとともに結成したデュオ「エンタングルド・アザーズ」の作品群です。

クレスポの作品は、画像生成AIを通じて虫の翅や植物の胞子、深海のクラゲのような既視感のあるフォルムでありながら、決して人間が見たことのない生命体を生み出します。彫刻作品の前に立つと、これが本当に深海に存在する生物なのか、それとも完全にAIが創造した架空の存在なのか、判断がつかなくなります。そしてその曖昧さと問いかけが残ります。

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「もつれあう」という視点

「エンタングルド・アザーズ」という名前が示すように、彼らの制作の根底には「エンタングルメント(もつれ)」という概念があります。この世界のあらゆるものは単独で存在するのではなく、相互に結びつき共鳴し合いながら存在している――そんな世界観が、作品全体を貫いています。

【編集部追記】ーもつれ、生命、AI

編集部として個人的に関心を引かれたのは、この展覧会に「もつれ(エンタングルメント)」というテーマが通奏低音のように流れていたことです。アーティストはそれを複雑な相互作用として用いていましたが、私自身はそこに「量子もつれ(Quantum Entanglement)」を重ねて見てしまいました。2025年が「量子産業化元年」とも呼ばれるなか、さまざまな展覧会で「重ね合わせ」や「エンタングルメント」をモチーフにした作品が相次いでいます。

また、人類の現在地と海洋生物を対比させる視点も非常に興味深いものでした。宇宙開発が進む一方で、私たちは足元の地球――特に海について、いまだほとんどを知らないままです。

そして《人工自然史(2020–2025)》に見られる存在しない人工生命や、《流動する海洋層:変態するアルゴフロート(2025)》のような、生命と機械が融合した彫刻群は、人間の認識を静かに揺さぶります。生命的なものと機械的なものの境界、あるいは「生命とは何か」という根源的な問いを、改めて私たちに突きつけているように感じました。

出展アーティスト紹介

Sofia Crespo(ソフィア・クレスポ)

1991年、アルゼンチン生まれ。現在はポルトガル・リスボンを拠点に活動しているアーティストである。
彼女はテクノロジーと有機的な生命との共生関係を深く探求しており、デジタルシステムを自然から切り離されたものとして捉えてきた従来の見方を再考している。
機械学習やAIによって生成されたイメージと、人間の創造性・生物的な形態がどう関係しうるかを問いかけ、「デジタル世界」と「自然界」の境界を揺らす作品を提示している。
代表的なプロジェクトとして、《Neural Zoo》(2018–2022)や《Artificial Natural History》(2020–2025)などがあり、架空の生態系や生命体を通じて、人間が自然をどう見たいと思い、あるいは作り出そうとしてきたかを反省的に浮かび上がらせている。

Entangled Others(エンタングルド・アザーズ)

ノルウェー出身のフェイレカン・カークブライド・マコーミックと、ソフィア・クレスポによって2020年に設立された実験的なアーティスト・デュオである。
彼らの活動において核となる概念が「エンタングルメント(絡まり・もつれ)」である。すなわち、あらゆる存在が単独で立っているわけではなく、多様な存在同士が相互に結びつき、共鳴し、変化しあっているという視点である。
この視点から、自然界の種、エコシステム、さらには人間とテクノロジーの関係を、従来の「人間中心」「自然‐機械二元論」的な見方から解きほぐすような作品を制作している。
彼らの作品は世界各地の美術館や展覧会で紹介されており、国際的にも高く評価されている。


作品紹介

1. 《Liquid strata: argomorphs(流動する海洋層:変態するアルゴフロート)》(2025)

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本作は、海中2000メートル以深という極めて未知な世界を舞台にしている。深海の“層”に潜む流動的な存在や構造を、“アルゴモルフ(=変化する海洋層)”という造語を通じて可視化する試みである。
ここでは、海という“自然”がただ受け身の存在ではなく、観察と生成の対象としてテクノロジーとともに再構築されている。
鑑賞者は、深海という未踏の自然を軸に、生命・認識・テクノロジーといった異なるレイヤーが交錯する場に立たされる。そこでは、「知るべき海を、機械を通じてどう再想像するか」という問いが静かに提示される。

2. 《Specious upwellings(見せかけの湧昇)》(2022–2024)

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05 Exhibition view cCHANEL

このシリーズでは、湧昇(upwelling)という地球規模の現象とAIの視覚言語が結びつけられている。
湧昇とは、深海から栄養分を含む水が上昇してくる自然の循環であり、その動きをアルゴリズムやデジタル生成されたイメージを通して捉えなおしている。
ここでは、“自然”が静的な観察対象ではなく、“データ”として読み解かれ、“生成物”として再出発する。鑑賞者は、湧き上がる海流や生命圏の流れを、テクノロジーを介した抽象的なヴィジョンとして体感することになる。
その体験を通じて、「機械が模倣する自然」と「自然が機械化される可能性」双方の曖昧な境界に気づかされるだろう。

3. 《Self-contained(自己完結モデル)》(2023–2024)

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本作は、遺伝情報とデジタルデータの構造を重ね合わせた作品であり、遺伝子・デジタルコード・生成アルゴリズムという三層のメタファーを内包している。
「Self-contained(自己完結モデル)」というタイトルが示すように、この作品空間は自己生成・自己参照・自己変容というテーマを帯びており、観賞者を“外部から観る”立場から“内側に作用する”構造へと誘う。
遺伝的な構造と機械的アルゴリズムが響きあう場として、作品は「生命とは何か」「知覚とは何か」「技術とは何か」という問いを、静かに、しかし鋭く提示している。
鑑賞時には、デジタル形式で再現された“生命体”や“進化モデル”と、これを支える計算的・生物的な構造とのズレや関係性に注目することが有効である。

【編集部後記】計算機と自然の境界線

DNAの自己修復を模したアルゴリズミック・アート、生命と機械が融合したようなキメラ的造形物、そしてデジタル化された自然。

私たちにとって自然と計算機の境目とは何でしょうか?

たとえば、古代の人々にとって「酒造」もまた自然の恵みを借りたテクノロジーであり、農耕もまた人工的な営みだったかもしれません。そう考えると、計算機もいずれ“自然”の一部として捉え直される日が来るのではないかと感がることもできます。むしろ、近代以降の私たちは、科学という名のもとに自然そのものを機械化してきたとも言えるでしょう。

デカルトが自然を幾何学として還元したように、機械は自然を模倣し、そして自然もまた機械のようにふるまう。私たちの遺伝子構造は、DNAの相補性という二進法的な仕組みで情報を管理しており、さらに自然界そのものも、無数の指向性のなかでアルゴリズム的に最適化され続けています。

この展覧は、そうした「自然」と「機械」という二項の境界線を明らかにしながら、同時にそれを静かに溶かしていくものでした。
自然を人工のものとして、人工をまた自然のものとして見る——その視点のずれの中に、未来の感性が芽吹いているのかもしれません。

投稿者アバター
野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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