1995年11月23日。
全日本アミューズメント施設営業者協会連合会・日本アミューズメントマシン工業協会・日本SC遊園協会の3団体が「ゲームの日」を制定したこの日、全国には3万店を超えるゲームセンターが存在していました。薄暗い店内に響く電子音。100円玉を握りしめた見知らぬ人々が、筐体の前で背中合わせに座ります。勝負が終われば、無言で席を譲ります。次の挑戦者が座ります。
制定の理念は明快でした。「人々が仕事や勉強の尊さを自覚しながら、ゆとりある遊びとしてのゲームを楽しみ、ゲームと生活との調和が感じられる日」。労働と遊びの調和。しかしこの言葉が前提としていたのは、遊びには「場所」があり、「時間」があり、そこに行くという「行為」が必要だということでした。
30年後の2025年11月23日。私たちの手の中で、場所を持たないゲームが動いています。
ゲームセンターという聖地
1990年代、ゲームセンターは単なる娯楽施設ではありませんでした。そこは技術の最先端が集まる場所でした。1991年、カプコンの『ストリートファイターII』が登場すると、対戦格闘ゲームというジャンルが確立しました。見知らぬ人同士が、物理的に隣り合わせで対峙する緊張感。勝者は座り続け、敗者は列の最後尾へ。この空間でしか成立しない、身体的な距離感がありました。
1990年代、ゲームセンターの大型化が進み、店舗内のゲーム機の台数も増えていきました。しかし市場規模のピークは1990年代半ば。1993年の時点で約8万7,000店舗あったゲームセンターは、2021年には約1万店までその数を減らしています。
場所が持つ意味が、変わり始めていました。
リビングへの技術革命
1994年12月3日。ゲームの日制定のわずか1年前、ソニーがPlayStationを発売しました。
32ビットRISCプロセッサと3DCG専用のベクトル演算ユニットを搭載し、秒間150万ポリゴンの演算が可能でした。それまでグラフィックスワークステーションでしか実現できなかった3Dポリゴン表現を、39,800円の家庭用ゲーム機で。技術的な制約からポリゴンやテクスチャに独特の歪みが出る問題はありましたが、それでも革命でした。
ゲームは、ゲームセンターからリビングへ移動しました。家族がテレビの前に集まり、コントローラーを順番に手渡します。隣にいるのは見知らぬ他人ではなく、兄弟や友人でした。物理的な距離は近いまま、でも関係性は変わりました。
1997年、『ファイナルファンタジーVII』が発売されます。3DCGムービーとCD-ROMの大容量が可能にした物語性。ゲームは、遊びから体験へと進化していました。
インターネットという断絶
しかし真の転換点は、1995年の直後に訪れました。
1997年末、『Ultima Online』が登場します。インターネットという存在自体がまだ一般に普及する以前で、プレイのハードルは高かったのですが、何かが始まっていました。当時のインターネット接続は電話回線が主流で、オンラインゲームをプレイした時間に応じて通信費がかかる仕組みでした。テレホーダイの時間帯は「夜23時~朝8時」で、この時間にゲームを遊び続け、睡眠をとらずに会社や学校に向かうプレイヤーが多く現れました。「廃人」という言葉が生まれました。
2001年、状況が一変します。ADSLなど高速回線による常時接続サービスの普及です。時間を気にする必要から解放され、2002年、『ファイナルファンタジーXI』や『ラグナロクオンライン』など日本製のオンラインゲームが続々と発売されました。
遊びの場所が消失した瞬間でした。隣にいる人は、もう物理的な隣人ではありません。画面越しの声、テキストだけの存在。顔も名前も知らない誰かと、何時間でも一緒に遊べます。場所という制約が消え、時間という制約も曖昧になりました。
2025年、場所なき世界
2025年現在、クラウドゲーミング市場規模は約50億ドルと推定され、2030年までに数倍に達すると予測されています。ゲームは、もはやハードウェアさえ必要としません。スマートフォン、タブレット、テレビ。どこからでも、最高品質のゲームにアクセスできます。
2023年の日本eスポーツファン数は856万人、2025年には1,000万人を超えると予測されています。世界のeスポーツ視聴者は、2025年に約6億4,100万人に達すると予想されています。プロゲーマーという職業が成立し、ゲーム大会が数万人のスタジアムを埋め、数百万人がオンラインで観戦します。
労働と遊びの境界は、もう存在しません。ゲーム実況で生計を立てるストリーマー。eスポーツ選手として給与を得るプロゲーマー。ゲーム開発をゲーム内で学ぶ教育プログラム。1995年に「調和」を目指した二つの領域は、溶け合い、混ざり、区別がつかなくなりました。
物理的な距離も消えました。2001年には全国に12,742店舗あったゲームセンターは、2015年には4,856店舗と半分以下に減少しました。ゲームセンターで背中合わせに座っていた見知らぬ人は、今、世界中のどこかにいます。声も聞こえません。顔も見えません。でも、繋がっています。
1995年11月23日、私たちは「労働と遊びの調和」を目指しました。
しかし2025年、遊びの場所は消え、労働と遊びの境界さえ曖昧になりました。
私たちは何を得て、何を失ったのでしょうか。
Information
参考リンク:
用語解説:
- MMORPG
- Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略。数百~数千人が同時に接続し、同じ仮想世界で冒険するオンラインゲーム
- クラウドゲーミング
- ゲームの処理をクラウド上のサーバーで行い、映像をストリーミング配信する技術。高性能なゲーム機やPCがなくても、高品質なゲームをプレイできる
- eスポーツ
- エレクトロニック・スポーツの略。ビデオゲームを競技として捉え、プロ選手による大会が世界中で開催されている
- テレホーダイ
- NTTが提供していた定額制の電話サービス。23時~翌8時の間、通話料定額で利用できたため、オンラインゲームプレイヤーに重宝された
























