11月25日【今日は何の日?】「ダイナマイト特許取得日」 — 抑止力論は真実なのか

 - innovaTopia - (イノベトピア)

破壊のための善意

1867年11月25日。スウェーデン、ストックホルム。アルフレッド・ノーベルは、ニトログリセリンを珪藻土に吸着させた新しい爆薬の特許を取得しました。彼はこれを「ダイナマイト」と名付けました。ギリシア語で「力」を意味する言葉です。

5年前、彼の弟エミールは工場の爆発事故で命を落としていました。ノーベルが目指したのは、より「安全な」爆薬でした。鉱山で、トンネル工事で、人々が死なずに済む爆薬。しかしダイナマイトは、鉱山だけでなく戦場でも使われました。ノーベルは後に「死の商人」と呼ばれることになります。

技術者は、自分の発明の使われ方をコントロールできるのでしょうか?

「完全な破壊」という抑止力

ノーベルは、戦争への利用を想定外だと嘆いたわけではありませんでした。記録によれば、彼は意図的に各国へダイナマイトを売り込んでいます。彼の思想はこうでした——あまりに破壊的な兵器を作れば、戦争そのものが不可能になる。

これは「抑止力」の論理です。相互破壊が保証されれば、誰も戦争を始められない。しかし歴史が証明したように、戦争は止まりませんでした。第一次世界大戦では、ダイナマイトを含む爆薬が前例のない規模で使用され、数百万の命が失われました。

ノーベルは晩年、自身の財産のほとんどを投じて基金を設立しました。それがノーベル賞です。

機械が標的を選ぶ時代

2025年現在、私たちは新しい「ダイナマイト」の前に立っています。自律型致死兵器システム(LAWS)——人工知能を搭載し、人間の介入なしに標的を選択し、攻撃できる兵器システムです。

ダイナマイトとの決定的な違いがあります。ダイナマイトは、人間が「使うかどうか」を判断します。LAWSは、機械が「誰を殺すか」を判断します。

イスラエルが1990年代に開発した「Harpy」は、その先駆けとされます。レーダーを探知して自律的に突撃・自爆する徘徊型兵器。別名「神風ドローン」。AIを搭載し、目標の発見から攻撃まで、人間の判断なしに実行できます。2020年のリビア内戦では、トルコ製のドローン「Kargu-2」が使用され、国連報告書は「自律的に攻撃するようプログラムされていた」と指摘しました。LAWSの初の実戦使用疑惑です。

規制なき開発競争

2014年、国連の特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)でLAWSの規制議論が始まりました。11年が経過した今も、定義すら合意に至っていません。アメリカ、ロシア、中国、イスラエルなど主要国が開発を急ぐ一方で、規制に慎重な姿勢を崩しません。コンセンサス方式のため、1カ国が反対すれば提案は否決されます。

2013年、「キラーロボット反対キャンペーン」が発足しました。ヒューマン・ライツ・ウォッチを中心に、70カ国から270以上のNGOが参加しています。イーロン・マスクをはじめとする技術者や研究者も声を上げました——「核兵器に次ぐ第三の兵器革命」になると。

彼らが訴えるのは、倫理的な一線の問題です。人の生命に関わる判断を、本当に機械に委ねていいのか。ロボットには道徳的判断も、攻撃への躊躇もありません。民間人を誤って殺した場合、誰が責任を取るのか。

日本政府は2019年、「完全自律型の致死性を有する兵器を開発しない」と表明しました。しかし防衛システムへのAI応用は積極的に進めています。技術開発と倫理的制約の線引きは、まだ定まりません。

他の二面性

LAWSだけではありません。技術の二面性は、現代のあらゆる分野に存在します。

CRISPR遺伝子編集技術は、2023年に世界初の医療承認を受けました。鎌状赤血球症やβサラセミアといった難病への根本的治療が可能になりました。しかし同時に、「デザイナーベビー」——遺伝的特質を選別された子どもを作る技術としても機能しうるものです。2025年現在、医療応用の臨床試験が進む一方で、倫理的な境界線をめぐる議論は続いています。

核技術は、エネルギー問題の解決策であると同時に、人類最大の脅威でもあります。発電と破壊、その両面は表裏一体です。

歴史は繰り返すのか

ノーベルは言いました——「あまりに破壊的な兵器があれば、戦争が不可能になる」。

LAWSの推進派も、似た論理を展開します。「完全な自律型兵器があれば、人的被害が減る」「人間よりも正確に、民間人を避けて標的だけを攻撃できる」「兵士の命を危険にさらす必要がなくなる」。

しかしノーベルの抑止力論は、第一次世界大戦で無残に破綻しました。では、LAWSの「人道的」な論理は?

ここには決定的な違いがあります。ノーベルの時代、引き金を引くのは人間でした。LAWSでは、その判断を機械に委ねます。人間が最後のブレーキになる可能性すら、奪われます。

答えのない問い

技術は、常に中立だと言われます。しかし使い方は、中立ではありません。

1867年と2025年。158年の時を隔てて、私たちは同じ問いの前に立っています。ただし今回は、問いの重さが違います。ノーベルは、人間の判断に賭けました。LAWSは、機械の判断に賭けます。

誰が、何を、どう守るのか。


【Information】

参考リンク

用語解説

ダイナマイト ニトログリセリンを珪藻土に吸着させた爆薬。1866年にアルフレッド・ノーベルが発明し、1867年11月25日に特許取得。従来の黒色火薬よりも強力で、取り扱いが安全だった。鉱山やトンネル工事で広く使用されたが、戦争にも転用された。

LAWS(自律型致死兵器システム) Lethal Autonomous Weapons Systemsの略。人工知能を搭載し、人間の介入なしに標的を選択し、攻撃を判断できる兵器システム。「キラーロボット」とも呼ばれる。国際的に統一された定義はまだ存在しない。

CCW(特定通常兵器使用禁止制限条約) 非人道的な通常兵器の使用を禁止・制限する国際条約。1980年発効。地雷、焼夷弾、失明をもたらすレーザー兵器などが規制対象。2014年からLAWSの規制について議論が続いている。

CRISPR-Cas9 遺伝子の特定部位を正確に編集できる技術。細菌の免疫システムを応用したもの。遺伝性疾患の治療やがん治療への応用が期待されるが、倫理的課題も多い。

抑止力論 強力な兵器を保有することで、相手の攻撃を抑止できるとする理論。ノーベルは、ダイナマイトのような破壊力の大きな兵器が存在すれば戦争が不可能になると考えたが、実際には第一次世界大戦で大量に使用された。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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