Nathan E SandersとBruce Schneierは書籍『Rewiring Democracy: How AI Will Transform Politics, Government, and Citizenship』を出版し、2025年11月23日付のGuardian紙でAIが民主主義を強化している世界の事例を紹介した。
日本では当時33歳のエンジニア安野貴博氏が昨年、AIアバターを使用して東京都知事選に出馬し56人中5位となった。アバターは17日間のYouTubeライブストリームで約8,000件の質問に回答した。安野氏は2025年7月の参議院選挙で当選し、20,000件以上の質問に対応した。彼の新党チーム未来は未来議会アプリを開発している。
ブラジルでは2019年以降、司法システムにAIを導入し、連邦最高裁判所の滞貨が2025年に33年ぶりの最低水準となった。一方で新規訴訟は過去5年間で約46%増加している。ドイツでは2002年から投票ガイドWahl-o-Matを運営し、近年WahlweiseやWahl.chatなどのAI投票ガイドが登場した。Wahl.chatは最初の4カ月で150,000人以上が使用した。
米国カリフォルニア州のCalMattersは2023年にDigital Democracyプロジェクトを開始し、2025年にAI Tip Sheets機能を導入した。スイスはApertusという公共AIモデルをオープンソースでリリースした。
From:
AI use can strengthen democracy | The Guardian
【編集部解説】
AIと民主主義の関係について、悲観的な見方が支配的な中、実際には世界各地で民主主義を強化する実験的な取り組みが進んでいます。この記事が紹介する4つの事例は、テクノロジーが権力を分散させ、市民参加を促進する可能性を示す重要な実証例となっています。
日本の事例は特に注目に値します。安野貴博氏は2024年7月の東京都知事選で、政治経験も支持組織もない状況から、AIアバターを活用した双方向型の選挙活動により15万票以上を獲得しました。従来の「候補者が一方的に発信する」選挙から、「有権者との対話を通じて政策を形成する」選挙への転換を試みた点は画期的です。さらに2025年7月の参議院選挙では、新党「チームみらい」を率いて比例代表で議席を獲得し、政党要件も満たしました。彼らが開発する「未来議会」アプリは、有権者が法案について意見を表明し、AIがそれらを整理して国会質問に反映させるという、代議制民主主義の新しい形を模索しています。
ブラジルの司法システムにおけるAI導入は、効率性と新たな課題の両面を浮き彫りにしました。2019年以降導入されたAIシステムにより、ブラジル連邦最高裁判所の訴訟滞貨は2025年に33年ぶりの最低水準まで減少しています。しかし同時に、弁護士もAIを活用することで訴訟提起が容易になり、新規訴訟は2020年以降の5年間で約46%増加するという「軍拡競争」の様相を呈しています。これは技術導入の意図せぬ結果として重要な示唆を与えています。ブラジル政府は裁判所運営にGDPの約1.6%、敗訴による支払いにGDPの2.5〜3%を支出しており、合計でGDPの4%以上という膨大なコストがかかっています。AI活用による効率化は財政的にも重要な意味を持ちます。
ドイツでは2002年から運営されているWahl-o-Matに加え、2024年後半からWahl.chatやWahlweiseといったAI支援型投票ガイドが登場しました。特にWahl.chatはミュンヘン工科大学の学生らが1カ月で開発したもので、有権者が自由な質問を投げかけられる対話型のインターフェースを提供しています。ただし、研究者は25%のケースでWahl.chatの回答が政党の公式見解と異なることを指摘しており、AIのバイアスと「幻覚」問題への懸念を表明しています。技術の利便性と正確性のバランスは、今後さらに重要な課題となるでしょう。
米国カリフォルニア州のCalMattersによるDigital Democracyプロジェクトは、2024年4月に公開されました。このシステムは州議会の全ての公聴会を48時間以内に文字起こしし、議員の発言、投票記録、選挙資金を統合したデータベースを構築しています。AI Tip Sheets機能は、大口献金と投票行動の変化などの異常を自動検出し、ジャーナリストに調査のきっかけを提供します。このツールは2025年8月にエミー賞を受賞し、その有効性が認められました。重要なのは、AIがジャーナリストを置き換えるのではなく、減少する報道リソースを補完する役割を果たしている点です。
スイスは2025年9月にApertusという公共AIモデルをリリースしました。EPFL、ETH Zurich、スイス国立スーパーコンピューティングセンター(CSCS)が開発したこのモデルは、訓練データ、コード、モデルウェイトを含む全てが完全にオープンソースで公開されています。15兆トークン、1000以上の言語で訓練され、40%が非英語データという多言語性も特徴です。著作権侵害や低賃金労働者の搾取なしに開発され、スイスのデータ保護法とEU AI法に準拠しています。これは、営利企業が支配するAI市場に対する民主的な代替案として重要な意味を持ちます。
これらの事例に共通するのは、AIが権力を集中させるのではなく分散させていることです。技術は人間を置き換えるのではなく、民主的なタスクを実行する人々を支援しています。安野氏の政治活動、ブラジルの訴訟、ドイツの投票、カリフォルニアの監視ジャーナリズムは、いずれも人間だけでは処理しきれない膨大な情報とコミュニケーションを、AIが可能にしています。
ただし、潜在的なリスクも無視できません。AIのバイアス、幻覚、透明性の欠如は深刻な問題です。特に、営利企業が開発するプロプライエタリなAIシステムを民主的な文脈で使用することは、訓練データや設計の詳細が不明であるため、受け入れがたいリスクを伴います。公共AIの開発は、この課題に対する重要な解決策となり得ます。
AI技術が民主主義を強化するか弱体化させるかは、私たち自身の選択にかかっています。技術は本質的に権力増強的であり、その背後にいる人間の意図を拡大します。より多くの市民、政治家、ジャーナリスト、政府がAIを民主主義強化のために使用し、ビッグテックAIに対する民主的代替案を提供すれば、社会はより良い方向に進むでしょう。スイスのApertusのような公共AIの成功は、数兆ドルを費やさなくても効果的なAIモデルを構築できることを実証しており、今後の展開が注目されます。
【用語解説】
RAG(Retrieval-Augmented Generation / 検索拡張生成)
大規模言語モデルに必要な情報を検索して追加し、回答精度を向上させる技術である。安野貴博氏のAIアバター「AIあんの」はこの技術を使用し、マニフェストから関連情報を自動的に抽出して回答を生成した。LLM単体よりも正確で文脈に即した応答が可能になる。
LLM(Large Language Model / 大規模言語モデル)
膨大なテキストデータで訓練された深層学習モデルである。ChatGPTやApertusなどがこれに該当する。数十億から数千億のパラメータを持ち、自然言語の理解と生成が可能だ。民主主義の文脈では、市民との対話、情報提供、文書分析などに活用されている。
Wahl-O-Mat(ヴァール・オー・マット)
ドイツ連邦政治教育センターが2002年から運営する投票ガイドツールである。38の政治的命題に対する有権者の回答と各政党の立場を比較し、マッチング度を表示する。2025年の連邦選挙では初日に900万人が利用し、新記録を樹立した。
ブロードリスニング
安野貴博氏が採用するAIを活用した意見収集・分析手法である。SNSやオンラインフォームから大量の意見を集め、AIで分析・可視化することで、従来の世論調査では捉えきれない多様な市民の声を把握する。
オープンソース
ソフトウェアのソースコードや設計を公開し、誰でも自由に利用・改変・配布できるようにする開発方式である。Apertusはオープンソースで公開されており、訓練データ、モデルウェイト、コードの全てが透明化されている。プロプライエタリなAIとは対照的なアプローチである。
【参考リンク】
Digital Democracy – CalMatters(外部)
カリフォルニア州議会の全活動を追跡する非営利ジャーナリズムプロジェクト。AI Tip Sheetsで議員の投票と献金の異常を検出
Apertus – Swiss AI Initiative(外部)
スイスが2025年9月に公開した完全オープンソースの多言語AIモデル。15兆トークン、1000以上の言語で訓練
wahl.chat(外部)
ミュンヘン工科大学の学生が開発したAI投票ガイド。ChatGPT-4.0ベースで政党の選挙公約について対話形式で質問可能
安野たかひろ 公式ホームページ(外部)
2025年参議院選挙で当選した「チームみらい」党首。AIアバターを活用した選挙活動と「未来議会」アプリの開発者
ETH Zurich – Apertus(外部)
スイス連邦工科大学チューリッヒ校によるApertusの公式発表。完全透明性と多言語対応を特徴とする公共AIモデルの技術詳細
CalMatters(外部)
カリフォルニア州政治を報道する非営利ニュース機関。Digital Democracyプロジェクトを運営し、2025年8月にエミー賞受賞
【参考記事】
AI floods Brazil’s courts with more lawsuits, not fewer – Rest of World(外部)
ブラジル司法のAI導入により訴訟滞貨は33年ぶり最低水準。一方で新規訴訟は2020年以降46%増加し3900万件超に
A Cautionary Tale About “Neutrally” Informative AI Tools – SpringerLink(外部)
ドイツのAI投票ガイドの信頼性検証。Wahl.chatは25%のケースで政党公式見解と相違、LLMの政治的バイアスを指摘
CalMatters’ Digital Democracy fuses journalism, AI and data – CalMatters(外部)
2024年4月公開のDigital Democracy詳細。48時間以内に州議会全発言を文字起こし、AI Tip Sheetsが献金と投票の相関検出
Switzerland Launches Apertus: A Public, Open-Source AI Model – Cyber Insider(外部)
2025年9月2日リリースのApertus全貌。1000万GPU時間以上を投じ、個人情報除外とオプトアウト尊重の倫理的開発
Digital Democracy Wins Emmy for Political Reporting – Cal Poly(外部)
2025年8月エミー賞受賞。カリフォルニア州議員が投票棄権で法案を潰す手法をAIが発見した調査報道が評価された
【編集部後記】
AIが民主主義を脅かすという議論は数多く聞かれますが、今回ご紹介した4カ国の事例は、まったく異なる可能性を示しています。
安野貴博氏のように、政治経験がなくてもAIで有権者との対話を実現できる。ブラジルのように、膨大な訴訟をAIで処理しながら、市民のアクセスも向上させられる。スイスのように、国家レベルで透明性の高い公共AIを開発できる。これらの取り組みは、私たちが「AIとどう向き合うか」という問いへの具体的な答えになっているのではないでしょうか。
日本でも同様の試みが広がる可能性について、みなさんはどうお考えでしょうか。技術が民主主義を強化する未来を、私たちはどう築いていけるのか。一緒に考えていきたいテーマです。
























