OpenAI・Metaも巻き込むTrumpのAI規制つぶし 州AI法「連邦優先」構想の狙いと危うさ

[更新]2025年11月24日

OpenAI・Metaも巻き込むTrumpのAI規制つぶし 州AI法「連邦優先」構想の狙いと危うさ - innovaTopia - (イノベトピア)

ドナルド・トランプ大統領が、州による人工知能(AI)規制の執行を阻止する大統領令の草案を作成していることが報じられている。

草案は、司法長官の下に「AI Litigation Task Force」を設置し、州のAI関連法に訴訟で異議を唱え、より緩い連邦レベルの政策で州法を差し替える構想とされている。

一部の州は、ディープフェイクや採用におけるアルゴリズム差別などのリスクに対応するためのAI規制法を制定してきたが、草案はこの動きを大きく制限しうる。

トランプ政権側は、州ごとにバラバラなAIルールがイノベーションを妨げ、米国の競争力を損なうと主張し、「最小限の負担で全米一律のAI政策により米国のAI優位を維持・強化する」方針を掲げているとされる。

一方で、Ron DeSantisフロリダ州知事やEd Markey上院議員を含む超党派の政治家、労働組合、消費者保護団体、教育機関など数百の組織が、州AI規制の事前排除に反対する書簡を議会に提出し、AI安全性や市民保護の観点から強い懸念を示している。

From: 文献リンクTrump renews effort to block states from regulating AI, raising alarms about safety

【編集部解説】

このニュースは、「誰がAIの安全基準を決めるのか」というガバナンスの主導権争いが、いよいよ国家レベルの政治テーマとして表面化してきたことを示していると感じます。 表向きには「イノベーションと競争力の確保」が掲げられていますが、州レベルで積み上がってきた安全規制を一度リセットし、連邦政府とビッグテック側にルールづくりの主導権を集中させる動きとして見ることもできます。

特に押さえたいのは、今回の大統領令草案が「連邦優先(preemption)」という強いカードを切ろうとしている点です。 カリフォルニアをはじめ複数の州では、ディープフェイク規制や採用アルゴリズムの差別防止、子どものオンライン保護といった具体的なリスクに対応するAI法がすでに動き出しており、AI企業にとってコンプライアンス負荷は着実に増えていました。 そこに対して「AIは国家競争力の中核であり、州ごとの裁量よりも連邦の一元的な枠組みを優先する」というメッセージを出すことで、企業側にとってはルールの一元化と規制緩和の両方を狙う動きと捉えることができます。

一方で、国際的に見ると、EUはEU AI Actによってリスクベースの包括的規制を整備し、中国も国家主導でガードレールを敷きながらAI産業を加速させています。 その中で、アメリカが「最小限の負担」を旗印に安全規制を薄めすぎると、中長期的には「信頼できるAI」の基盤が弱くなり、域外適用されるEU AI Actなどの他地域の規制への対応コストが増える形で跳ね返ってくる可能性があります。 innovaTopiaの読者にとっては、「どの規制水準を前提にプロダクトを設計するのか」「どこまで自発的な安全・透明性の対策を組み込むのか」といった事業戦略の前提条件に関わる論点です。

今回の動きに対し、保守・リベラル双方の政治家や市民団体、テック労組、消費者保護団体などから超党派の反発が起きていることも見逃せません。 AIによる詐欺、メンタルヘルスへの悪影響、子どもの自傷行為との関連など、すでに可視化されている被害事例が積み上がる中で、「少なくとも州レベルで安全の最低ラインを守るべきだ」という考え方が急速に共有されつつあります。 それを「競争力とイノベーション」の名のもとに一括で押し流そうとする今回の大統領令草案は、「誰のリスクを優先して減らすのか」という価値判断そのものが問われている動きだと言えるでしょう。

テクノロジーの進化を歓迎する立場であっても、「スピード」と「安全・説明責任」をどう両立させるかという設計論は避けて通れません。 仮に州レベルの規制が弱められたとしても、プロダクト側での透明性確保、監査可能性、未成年ユーザーへの配慮、誤動作時の責任設計といった実装レイヤーの工夫は、むしろ企業・開発者にとって競争力の源泉になっていくはずです。 「規制が緩いから楽をする」のではなく、「規制に先回りした安全設計で市場からの信頼を得る」という視点こそが、Tech for Human Evolutionというコンセプトと響き合うアプローチだと考えています。

【用語解説】

ディープフェイク(deepfake)
生成AIなどを用いて人物の顔や声を本物のように合成する技術であり、偽動画や偽音声の作成に悪用される事例が増えている。

アルゴリズム差別
AIやアルゴリズムが人種や性別などの属性によって特定の集団を不利に扱う結果を生む現象であり、採用や融資などの分野で問題視されている。

AI Litigation Task Force
トランプ政権の大統領令草案で設置が検討されている組織であり、州のAI関連法に対して訴訟を通じて連邦政策を優先させる役割を担うとされている。

EU AI Act
欧州連合が策定した包括的なAI規制法であり、リスクに応じてAIシステムを分類し、高リスク用途に対して厳格な義務を課す枠組みである。

Frontier AI
特に高性能で汎用性の高い最先端のAIシステムを指す概念であり、安全性や制御可能性への懸念から、透明性や監査などの追加的なガードレールが議論されている。

【参考リンク】

OpenAI公式サイト(外部)
大規模言語モデルChatGPTなどを提供するAI企業で、州AI規制へのスタンスが今回の議論で注目されている。

Meta公式サイト(外部)
FacebookやInstagramを運営する企業で、生成AI機能や若年層向けサービスの安全対策が議論の対象となっている。

Truth Social公式サイト(外部)
トランプ大統領が大統領令構想などを発信しているSNSで、今回のAI規制方針についての投稿が行われている。

The Leadership Conference on Civil and Human Rights(外部)
AI規制の州事前排除に反対する書簡を議会に提出した、公民権団体の連合組織の公式サイトである。

Public Citizen公式サイト(外部)
消費者保護を目的とする非営利団体で、AI詐欺や有害オンラインシステムへの懸念と州規制の必要性を訴えている。

NVIDIA公式サイト(外部)
AI計算に広く利用されるGPUを提供する半導体企業で、CEOのJensen HuangがホワイトハウスのAI関連会合に出席したと報じられている。

National Defense Authorization Act情報ページ(外部)
米国防権限法に関する公式情報サイトで、トランプ大統領がAI規制条項を盛り込む可能性に言及した文脈で参照される。

【参考記事】

White House crafting executive order to thwart state AI laws(外部)
ホワイトハウスが州AI法を弱める大統領令を検討し、連邦資金配分を含む圧力の可能性と、産業界と州・市民団体の対立構図を整理した記事である

White House pauses executive order that would seek to preempt state laws on AI(外部)
州AI法を事前排除する大統領令構想が一時的にペンディングされている状況と、議会・州政府・業界団体の反応を冷静に伝える報道である。

White House Drafts Executive Order to Preempt State AI Laws(外部)
連邦優先の法理とAIガバナンスの構造を解説し、企業コンプライアンスや州規制への影響を法務・政策の視点から分析した記事である。

Trump Plans Shocking Order Banning States From Regulating AI(外部)
大統領令草案が州によるAI規制をほぼ全面的に封じると批判し、安全性や民主主義へのリスクを強い論調で指摘している解説記事である。

What to know about Trump’s draft proposal to curtail state AI regulations(外部)
大統領令草案の内容、これまでの議会での関連条項の扱い、関係者コメントを簡潔に整理し、事実確認に有用な情報を提供している。

Bipartisan backlash erupts over push to block state AI laws(外部)
Steve BannonからElizabeth Warrenまで、保守・リベラル双方の政治家やアクティビストによる大統領令構想への反発を詳しく紹介している。

Comparing the EU AI Act to Proposed AI-Related Legislation in the U.S.(外部)
EU AI Actと米国のAI関連法案・州法を比較し、リスクベース規制や域外適用の観点から企業が押さえるべき相違点を整理した論考である。

【編集部後記】

AIをめぐるルールづくりは、政治や巨大テック企業の話に見えますが、実際には一人ひとりの働き方や情報との距離感に直結するテーマだと感じています。 今回の大統領令草案のように「スピード優先」か「安全優先」かの振れ幅が大きくなるほど、開発者やユーザー側の主体的な判断の重要性も増していきます。

あなたが普段使っている、あるいはこれから関わりたいAIには、どれくらいの透明性や責任を求めたいでしょうか。その感覚を一度言語化してみることが、テクノロジーとの付き合い方を自分で選び取る最初の一歩になるかもしれません。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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