米国の複数の学区がMeta PlatformsやGoogle、TikTok、Snapchatを相手取り提起した訴訟で、Metaが2020年の社内研究「Project Mercury」において、Facebookの利用を1週間停止したユーザーの抑うつや不安、孤独感、ソーシャル・コンパリゾンが低下したという結果を得ていたと原告側が主張している。
この研究は調査会社Nielsenと共同で実施され、Facebook利用とメンタルヘルス悪化の因果関係を示す可能性があるにもかかわらず、Metaは公表や追加研究を行わず中止したとされる。
原告側の法廷文書は、Metaが内部でリスクを認識しながら、米議会など対外的には自社サービスの有害性を定量評価できないと説明していた点を問題視している。
さらに、ティーン向け安全機能の設計や性的人身売買関連アカウントへの対応などで、成長優先の内部方針があったとする内部文書の内容も示されている。
Metaは研究手法の欠陥を理由に中止したと反論し、10年以上にわたりティーンの安全性向上に取り組んできたと主張しているが、内部文書は一般公開されておらず、証拠の扱いを巡る公聴会が北カリフォルニア連邦地裁で予定されている。
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Meta buried ‘causal’ evidence of social media harm, US court filings allege
【編集部解説】
このニュースが示しているのは、「SNSがメンタルに悪そうだ」という印象論ではなく、企業自身が行った因果研究と、その結果をどう扱ったのかというガバナンスの問題です。Project Mercuryは、Facebook利用を意図的に止めた介入実験であり、利用停止後に抑うつや不安などが下がったという結果は、単なる相関ではなく「因果的な影響」を論じる土台になり得る性質を持っています。 それが公表されず、追加研究も打ち切られたという原告側の主張は、「どこまで自己検証し、どこからビジネス優先でフタをしたのか」という、すべての巨大プラットフォームに共通する問いを突きつけています。
訴状が特に問題視しているのは、Metaが内部ではリスクを把握していながら、対外的には「自社サービスの有害性を定量的に示す手段はない」としてきたギャップです。 これはメンタルヘルスの議論にとどまらず、「アルゴリズムで人の行動や気分を変えるプロダクトを提供する企業は、副作用についてどこまで説明責任を負うのか」という構造的なテーマです。日本のプロダクト開発やマーケティングにおいても、「ユーザーの滞在時間を最大化する設計」と「長期的なウェルビーイングを守る設計」がしばしばトレードオフになる現実を、ビジネスと倫理の両面から見直す必要があると感じます。
この訴訟はMetaだけではなく、TikTok、Google、Snapchatにも波及しています。13歳未満の子どもたちの実質的な利用、授業中を含むティーンの利用拡大、子ども向け団体へのスポンサーシップを通じた「安全性のお墨付き」獲得の試みなど、プラットフォームを横断する行動パターンが示されています。 National PTAとTikTokの関係をめぐる記述は、テック企業が市民団体とどう付き合うか、日本でも他人事ではない領域です。表向きの「子どものため」というメッセージと、裏側のマーケティングやロビー活動をどう見分けるかは、ユーザー側にも問われているテーマだといえるでしょう。
一方で、現時点では内部文書が完全には公開されておらず、訴状に書かれている内容はあくまで原告側の主張です。 Metaは研究の手法に欠陥があったと反論し、ティーン向け安全機能は効果的であり、性的人身売買に関わるアカウントは通報時点で削除していると述べています。 したがって、「Metaが絶対にこうしていた」と断定するよりも、「内部研究の扱い方」「ネガティブな結果をどこまで開示するか」という構造的な論点として捉え、今後の文書開示と審理で事実関係がどう整理されるかを追っていくのが、公平なスタンスだと考えます。
日本のテック企業やプロダクトチームにとって重要なのは、エンゲージメント指標を伸ばすA/Bテストだけでなく、「離脱させたとき」「通知を減らしたとき」にユーザーの睡眠や気分、学習にどんな変化が生じるのかを測る視点です。 そうしたデータを握ったときに、ビジネスの邪魔になるからと引き出しにしまい込むのか、それとも透明性を持って社会と共有し、新しいルールやデザイン原則づくりに活かすのか。今回の事案は、まさにその分岐点を象徴しているように見えます。
長期的には、この種の訴訟が積み重なることで、「内部研究の開示義務」「未成年向けプロダクトのリスクテスト」「安全機能の実効性評価」といった新しい規制フレームが整備されていく可能性があります。 テック産業はこれまで「とにかく出してから学ぶ」文化が強かったですが、人の認知やメンタルに直接影響するサービスでは、「実装前にリスクを測り、結果を説明する」文化への転換が避けられません。制約に見えるかもしれませんが、「人の成長や健康を損なわないUX」を競争力に変えるチャンスでもあり、そこにこそ未来のプロダクトの面白さがあると見ています。
【用語解説】
Project Mercury(プロジェクト・マーキュリー)
Metaが2020年に実施したとされる社内研究プロジェクトのコードネームで、Facebookの利用を1週間停止した場合にユーザーのメンタルヘルスにどのような変化が起きるかを検証した実験だ。
ソーシャル・コンパリゾン(social comparison)
SNS上で他者の投稿や生活と自分を比較し、自尊心や満足度が変化する心理プロセスのことを指す。メンタルヘルス研究では、うつや不安を悪化させる要因として注目されている。
sex trafficking(性的人身売買)
性的搾取を目的とした人身売買のことであり、オンライン上では勧誘ややり取りがSNSプラットフォームを通じて行われるケースが問題になっている。
class action / 集団訴訟
多数の原告が共通の被告に対して、同種の損害や権利侵害を主張して一括して提起する訴訟形態を指す。今回の事案では米国の学区などが子どものメンタルヘルス被害をめぐりプラットフォーム各社を訴えている。
ウェルビーイング(well-being)
単に病気がない状態ではなく、心身と社会的な面で「よく生きている」と感じられる状態を指す概念で、デジタルプロダクトの設計指針としても重視されつつある。
【参考リンク】
Meta(Meta Platforms, Inc.)公式サイト(外部)
FacebookやInstagram、WhatsAppなどを運営するMetaの企業情報やニュース、製品概要を掲載する公式コーポレートサイトである。
TikTok公式サイト(外部)
短尺動画の投稿と視聴、レコメンドフィードを提供するTikTokの公式サイトであり、アプリへの導線や安全機能情報などがまとめられている。
National PTA公式サイト(外部)
米国の保護者と教師による全国組織National PTAの公式サイトで、子どもの教育や安全に関するプログラムやアドボカシー活動を紹介している。
【参考記事】
Meta buried ‘causal’ evidence of social media harm, US court filings allege(Channel News Asia)(外部)
Metaの内部研究中止や未成年ユーザーへの影響、TikTokやSnapchatを含む訴訟全体の構図を簡潔にまとめた記事で、原告側とMeta側双方の主張を整理している。
Meta Buried ‘Causal’ Evidence of Social Media Harm, US Court Filings Allege(U.S. News)(外部)
Reuters配信を基に、Project Mercuryの内容、17回違反でのアカウント削除方針、未成年保護を巡る内部メッセージなど訴訟のポイントを要約している。
Social Media Addiction Lawsuit | Nov 2025 Update(外部)
米国で進行中のSNS依存やメンタルヘルス関連訴訟の全体像を整理し、Metaほか大手プラットフォームに対する集団訴訟の構造とスケジュールを解説している。
7 Allegations Against Meta in Newly Unsealed Filings(TIME)(外部)
未公開だったMetaの内部文書から浮かび上がった7つの主要な疑惑を整理し、ティーン安全機能やchild safety予算、metaverse優先の姿勢などを網羅的に紹介している。
【編集部後記】
SNSとの距離感について、どのように感じているでしょうか。巨大企業の訴訟は遠い世界の話に見えますが、「なんとなくタイムラインを開く」行為の積み重ねは、私たち自身の集中力や気分にも少しずつ影響します。
通知を減らしてみる、寝る前だけスマホを別の部屋に置いてみるなど、小さな実験からでも十分だと思います。 もし今回の記事で何か引っかかるものがあったら、「自分にとってちょうどいいSNSとの距離」を一緒にアップデートしていけたらうれしいです。
























