NASAやESA(欧州宇宙機関)が「3I/ATLASは彗星である」と結論づけ、科学界に安堵の空気が広がる中、たった一人、その「常識」に異を唱え続ける男がいます。
アヴィ・ローブ(Avi Loeb)。 世界最高峰の頭脳が集うハーバード大学天文学科で、長年にわたり学科長を務めた人物。ブラックホール研究などで輝かしい業績を持ち、本来であれば学会の重鎮として安泰な地位にいるはずの男です。
なぜ彼は、名声を失い、同僚から嘲笑されるリスクを冒してまで、「あれはエイリアンのテクノロジーかもしれない」と言い続けるのでしょうか? そこには、単なる奇抜なアイデアへの執着ではなく、現代科学が失いつつある「ある重要な姿勢」への、命がけの警鐘がありました。
「出来すぎた偶然」への違和感と、木星への執着
多くの科学者が「ガスが出たから加速したのだ(ロケット効果)」という物理的説明で納得して書類を閉じる中、ローブ博士だけは、そのデータの奥にある「不気味なほどの作為」を見つめています。
彼が現在、最も強く疑念を抱いているのは、3I/ATLASの軌道です。 計算によると、この天体は太陽系最大の惑星である「木星」の重力圏(ヒル球)の深部へと、極めて正確なコースで侵入し、スイングバイを行おうとしています。
ローブ博士はこう問いかけます。 「もし君が、未知の恒星系に探査機を送るとしよう。何もない空間をただ通り過ぎるか? 違う。おそらく、その星系で最も大きな惑星の重力を利用してブレーキをかけたり、あるいはそこに観測機器(種)を撒いたりするはずだ」
広大な宇宙空間で、たまたま太陽系に飛び込み、たまたま木星の近くを通過する。 彼はこの「木星へのランデブー」が、自然のサイコロ遊びにしてはあまりに「出来すぎている(Too perfect)」と指摘します。彼はこれを、木星圏に小型プローブを散布するために設計された「マザーシップ(母船)」である可能性を思考実験として提示しています。
「オウムアムア」から続く、孤独な点繋ぎ
彼の孤独な戦いは、今に始まったことではありません。2017年、観測史上初の恒星間天体「オウムアムア」が現れた際も、彼はその「極端に平べったい形状」と「異常な加速」から、人工の光帆(ライトセイル)説を提唱しました。
「一度なら偶然かもしれない。だが、二度続けばそれはパターンだ」 3I/ATLASもまた、オウムアムアと同様に非重力加速を見せ、通常の彗星とは異なる挙動を示しています。主流派の科学者たちが、個々の事象を「変わった彗星A」「変わった彗星B」として処理する一方で、ローブ博士だけは、それらを「地球外文明からの能動的なアプローチ」という一本の線で繋ごうとしています。
「見ようとしない」科学者たちへの怒り
しかし、学会の反応は冷ややかです。「またローブが変なことを言っている」「晩節を汚している」――そんな嘲笑さえ聞こえてきます。 それでも彼が声を上げ続ける理由は、かつて地動説を唱え、当時の権威から黙殺されたガリレオ・ガリレイの姿に、今の科学界を重ね合わせているからです。
「証拠がないから『存在しない』のではない。誰も『見ようとしない』から証拠が見つからないのだ」 (Absence of evidence is not evidence of absence.)
ローブ博士は、現代の物理学者たちが「ひも理論」や「マルチバース(多元宇宙)」といった、実験で証明不可能な理論には何十年も費やし、巨額の予算を投じるのに、「空から降ってくる未知のデータ」に対しては、検証する前から「どうせ岩だろう」と思考停止してしまう現状を強く危惧しています。 「それは科学ではない、信仰だ」――彼の批判は鋭く、そして重いものです。
「テニュア」を持つ者の孤独な義務
彼も人間です。長年の友人を失い、変人扱いされれば傷つきもするでしょう。それでも彼が矢面に立ち続けるのには、明確な理由があります。それは、未来ある若手研究者たちを守るためです。
「私はテニュア(終身在職権)を持っている。だからこそ、キャリアを失うことを恐れる若い研究者の代わりに、私がリスクを負わなければならないのだ」
もし、地位のない若い科学者が「エイリアンの可能性」を論文に書けば、その瞬間に「まともな研究者ではない」と烙印を押され、キャリアは断たれてしまうかもしれません。 ローブ博士は、自らが泥をかぶり「異端」のレッテルを貼られることで、「未知の可能性を議論してもよい土壌」を、次世代に残そうとしているのです。彼の孤独は、個人的な妄想のためではなく、「科学の自由を守るための盾」としての孤独なのです。
まだ、確定はしていない
現在、IAWNによる3I/ATLASの追跡キャンペーンが行われています。これが、この天体の正体を暴く「最後の審判」となるでしょう。
おそらく、99%の確率で、それは主流派が言う通り「ただの彗星」かもしれません。 しかし、ローブ博士は著書の中でこう語っています。 「我々が宇宙で一番賢い存在だと考えるのは、傲慢だ。宇宙劇場の舞台に遅れてやってきた人類が、主役だと勘違いしてはいけない」
3I/ATLASは今、沈黙したまま太陽系の彼方へ去ろうとしています。 それがただの「汚れた雪だるま」なのか、それとも「木星を目指した沈黙の船」なのか。
すべてのデータが出揃うその日まで、まだ、確定はしていません。 そして、たとえ今回が彗星だったとしても、ローブ博士は次の空を見上げ続けるでしょう。科学とは本来、そうした「1%のロマンと可能性」のために、常識の外側を覗き込み続ける営みなのではないでしょうか。
【用語解説】
ヒル球 (Hill Sphere) / 重力圏
天体がその周囲の衛星(や通過する物体)を、自分の重力で支配できる領域のことです。 記事中では「木星の重力圏」として登場します。太陽系では太陽の重力が圧倒的ですが、木星のそば(ヒル球の内側)では木星の重力が勝ります。ローブ博士は、3I/ATLASがこの領域の「深部(非常に近い場所)」を通過することに、「観測機器をばら撒くための意図」を感じ取っています。
スイングバイ (Swing-by / Gravity Assist)
宇宙船が惑星の重力を利用して、加速・減速したり、軌道の方向を変えたりする航法テクニックです。 通常、探査機が燃料を節約するために行います。ローブ博士は、3I/ATLASが木星に接近する軌道を「意図的な減速、あるいは進路変更のためのスイングバイ」ではないかと疑っています。
オウムアムア (1I/’Oumuamua)
2017年に発見された、観測史上初となる「恒星間天体」。 ハワイ語で「遠方からの最初の使者」を意味します。葉巻型(またはパンケーキ型)の極端に細長い形状をしており、今回の3I/ATLASと同様に「謎の加速」を見せました。ローブ博士が「あれは人工の光帆(ライトセイル)だった」と主張し、世界的な論争を巻き起こすきっかけとなった天体です。
光帆 / ライトセイル (Light Sail)
エンジンや燃料を使わず、薄い膜(帆)に「光(太陽光などの光子)」を受ける圧力(放射圧)で進む推進システムです。 ヨットが風を受けるのと同じ原理で、光を受けて加速します。ローブ博士は、オウムアムアや3I/ATLASに見られる「ガスを出さずに加速する現象」の正体として、この技術の可能性を強く主張しています。
テニュア / 終身在職権 (Tenure)
大学教授などの研究者に与えられる、「不当な理由で解雇されない権利(雇用の永久保証)」のことです。 本来は、時の権力や流行に左右されず、自由な研究を保障するために設けられた制度です。ローブ博士は「テニュアを持つベテランこそが、キャリアへの悪影響を恐れずに、若手が言えないようなリスキーな仮説(エイリアン説など)を口にすべきだ」という独自の倫理観を持っています。
ひも理論 (String Theory) / マルチバース (Multiverse)
現代物理学における最先端の理論仮説です。 「宇宙の最小単位は『ひも』である」「宇宙は一つではなく無数に存在する」といった理論ですが、現時点では実験による証明が極めて困難です。 記事中では、科学者たちがこうした「証明できない物理理論」には熱心なのに、「証明できるかもしれないエイリアン探索」を敬遠するのはダブルスタンダード(二重基準)である、というローブ博士の批判の引き合いとして登場します。
【参考動画】
2025年に行われたローブ博士による「3I/ATLAS」をテーマにした講演
【参考記事】
Medium (Avi Loeb): An Extraordinary New Anomaly of 3I/ATLAS(外部)
記事の核となる「木星へのランデブー軌道は偶然にしては出来すぎている(マザーシップ説)」という大胆な仮説を、博士本人が物理的データに基づいて提唱している一次情報源です。
The Economic Times: Comet 3I/ATLAS image release: Why is NASA facing backlash…
NASAの「彗星確定」発表に対し、「新しい知見は何もない」と反論するローブ博士のコメントや、彼がメディアで孤軍奮闘する様子を報じており、彼の「戦う姿勢」を描く参考にしました。
Medium (Avi Loeb): The International Asteroid Warning Network Initiated a Campaign to Monitor 3I/ATLAS
IAWNのキャンペーン開始に際して書かれたエッセイ。科学界が既成概念に固執することへの批判や、「証拠がないことの証明(Absence of evidence)」に関する彼の科学哲学が綴られています。
























