『現代のガリレオ』と呼ばれた男の孤独――ハーバード大ローブ博士はなぜ、3I/ATLASを『母船』と呼び続けるのか

[更新]2025年11月27日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

NASAやESA(欧州宇宙機関)が「3I/ATLASは彗星である」と結論づけ、科学界に安堵の空気が広がる中、たった一人、その「常識」に異を唱え続ける男がいます。

アヴィ・ローブ(Avi Loeb)。 世界最高峰の頭脳が集うハーバード大学天文学科で、長年にわたり学科長を務めた人物。ブラックホール研究などで輝かしい業績を持ち、本来であれば学会の重鎮として安泰な地位にいるはずの男です。

なぜ彼は、名声を失い、同僚から嘲笑されるリスクを冒してまで、「あれはエイリアンのテクノロジーかもしれない」と言い続けるのでしょうか? そこには、単なる奇抜なアイデアへの執着ではなく、現代科学が失いつつある「ある重要な姿勢」への、命がけの警鐘がありました。

「出来すぎた偶然」への違和感と、木星への執着

多くの科学者が「ガスが出たから加速したのだ(ロケット効果)」という物理的説明で納得して書類を閉じる中、ローブ博士だけは、そのデータの奥にある「不気味なほどの作為」を見つめています。

彼が現在、最も強く疑念を抱いているのは、3I/ATLASの軌道です。 計算によると、この天体は太陽系最大の惑星である「木星」の重力圏(ヒル球)の深部へと、極めて正確なコースで侵入し、スイングバイを行おうとしています。

ローブ博士はこう問いかけます。 「もし君が、未知の恒星系に探査機を送るとしよう。何もない空間をただ通り過ぎるか? 違う。おそらく、その星系で最も大きな惑星の重力を利用してブレーキをかけたり、あるいはそこに観測機器(種)を撒いたりするはずだ」

広大な宇宙空間で、たまたま太陽系に飛び込み、たまたま木星の近くを通過する。 彼はこの「木星へのランデブー」が、自然のサイコロ遊びにしてはあまりに「出来すぎている(Too perfect)」と指摘します。彼はこれを、木星圏に小型プローブを散布するために設計された「マザーシップ(母船)」である可能性を思考実験として提示しています。

「オウムアムア」から続く、孤独な点繋ぎ

彼の孤独な戦いは、今に始まったことではありません。2017年、観測史上初の恒星間天体「オウムアムア」が現れた際も、彼はその「極端に平べったい形状」と「異常な加速」から、人工の光帆(ライトセイル)説を提唱しました。

一度なら偶然かもしれない。だが、二度続けばそれはパターンだ」 3I/ATLASもまた、オウムアムアと同様に非重力加速を見せ、通常の彗星とは異なる挙動を示しています。主流派の科学者たちが、個々の事象を「変わった彗星A」「変わった彗星B」として処理する一方で、ローブ博士だけは、それらを「地球外文明からの能動的なアプローチ」という一本の線で繋ごうとしています。

「見ようとしない」科学者たちへの怒り

しかし、学会の反応は冷ややかです。「またローブが変なことを言っている」「晩節を汚している」――そんな嘲笑さえ聞こえてきます。 それでも彼が声を上げ続ける理由は、かつて地動説を唱え、当時の権威から黙殺されたガリレオ・ガリレイの姿に、今の科学界を重ね合わせているからです。

「証拠がないから『存在しない』のではない。誰も『見ようとしない』から証拠が見つからないのだ」 (Absence of evidence is not evidence of absence.)

ローブ博士は、現代の物理学者たちが「ひも理論」や「マルチバース(多元宇宙)」といった、実験で証明不可能な理論には何十年も費やし、巨額の予算を投じるのに、「空から降ってくる未知のデータ」に対しては、検証する前から「どうせ岩だろう」と思考停止してしまう現状を強く危惧しています。 「それは科学ではない、信仰だ」――彼の批判は鋭く、そして重いものです。

「テニュア」を持つ者の孤独な義務

彼も人間です。長年の友人を失い、変人扱いされれば傷つきもするでしょう。それでも彼が矢面に立ち続けるのには、明確な理由があります。それは、未来ある若手研究者たちを守るためです。

「私はテニュア(終身在職権)を持っている。だからこそ、キャリアを失うことを恐れる若い研究者の代わりに、私がリスクを負わなければならないのだ」

もし、地位のない若い科学者が「エイリアンの可能性」を論文に書けば、その瞬間に「まともな研究者ではない」と烙印を押され、キャリアは断たれてしまうかもしれません。 ローブ博士は、自らが泥をかぶり「異端」のレッテルを貼られることで、「未知の可能性を議論してもよい土壌」を、次世代に残そうとしているのです。彼の孤独は、個人的な妄想のためではなく、「科学の自由を守るための盾」としての孤独なのです。

まだ、確定はしていない

現在、IAWNによる3I/ATLASの追跡キャンペーンが行われています。これが、この天体の正体を暴く「最後の審判」となるでしょう。

おそらく、99%の確率で、それは主流派が言う通り「ただの彗星」かもしれません。 しかし、ローブ博士は著書の中でこう語っています。 「我々が宇宙で一番賢い存在だと考えるのは、傲慢だ。宇宙劇場の舞台に遅れてやってきた人類が、主役だと勘違いしてはいけない」

3I/ATLASは今、沈黙したまま太陽系の彼方へ去ろうとしています。 それがただの「汚れた雪だるま」なのか、それとも「木星を目指した沈黙の船」なのか。

すべてのデータが出揃うその日まで、まだ、確定はしていません。 そして、たとえ今回が彗星だったとしても、ローブ博士は次の空を見上げ続けるでしょう。科学とは本来、そうした「1%のロマンと可能性」のために、常識の外側を覗き込み続ける営みなのではないでしょうか。

【用語解説】

ヒル球 (Hill Sphere) / 重力圏
天体がその周囲の衛星(や通過する物体)を、自分の重力で支配できる領域のことです。 記事中では「木星の重力圏」として登場します。太陽系では太陽の重力が圧倒的ですが、木星のそば(ヒル球の内側)では木星の重力が勝ります。ローブ博士は、3I/ATLASがこの領域の「深部(非常に近い場所)」を通過することに、「観測機器をばら撒くための意図」を感じ取っています。

スイングバイ (Swing-by / Gravity Assist)
宇宙船が惑星の重力を利用して、加速・減速したり、軌道の方向を変えたりする航法テクニックです。 通常、探査機が燃料を節約するために行います。ローブ博士は、3I/ATLASが木星に接近する軌道を「意図的な減速、あるいは進路変更のためのスイングバイ」ではないかと疑っています。

オウムアムア (1I/’Oumuamua)
2017年に発見された、観測史上初となる「恒星間天体」。 ハワイ語で「遠方からの最初の使者」を意味します。葉巻型(またはパンケーキ型)の極端に細長い形状をしており、今回の3I/ATLASと同様に「謎の加速」を見せました。ローブ博士が「あれは人工の光帆(ライトセイル)だった」と主張し、世界的な論争を巻き起こすきっかけとなった天体です。

光帆 / ライトセイル (Light Sail)
エンジンや燃料を使わず、薄い膜(帆)に「光(太陽光などの光子)」を受ける圧力(放射圧)で進む推進システムです。 ヨットが風を受けるのと同じ原理で、光を受けて加速します。ローブ博士は、オウムアムアや3I/ATLASに見られる「ガスを出さずに加速する現象」の正体として、この技術の可能性を強く主張しています。

テニュア / 終身在職権 (Tenure)
大学教授などの研究者に与えられる、「不当な理由で解雇されない権利(雇用の永久保証)」のことです。 本来は、時の権力や流行に左右されず、自由な研究を保障するために設けられた制度です。ローブ博士は「テニュアを持つベテランこそが、キャリアへの悪影響を恐れずに、若手が言えないようなリスキーな仮説(エイリアン説など)を口にすべきだ」という独自の倫理観を持っています。

ひも理論 (String Theory) / マルチバース (Multiverse)
現代物理学における最先端の理論仮説です。 「宇宙の最小単位は『ひも』である」「宇宙は一つではなく無数に存在する」といった理論ですが、現時点では実験による証明が極めて困難です。 記事中では、科学者たちがこうした「証明できない物理理論」には熱心なのに、「証明できるかもしれないエイリアン探索」を敬遠するのはダブルスタンダード(二重基準)である、というローブ博士の批判の引き合いとして登場します。

【参考動画】

2025年に行われたローブ博士による「3I/ATLAS」をテーマにした講演

【参考記事】

Medium (Avi Loeb): An Extraordinary New Anomaly of 3I/ATLAS(外部)
記事の核となる「木星へのランデブー軌道は偶然にしては出来すぎている(マザーシップ説)」という大胆な仮説を、博士本人が物理的データに基づいて提唱している一次情報源です。

The Economic Times: Comet 3I/ATLAS image release: Why is NASA facing backlash…
NASAの「彗星確定」発表に対し、「新しい知見は何もない」と反論するローブ博士のコメントや、彼がメディアで孤軍奮闘する様子を報じており、彼の「戦う姿勢」を描く参考にしました。

Medium (Avi Loeb): The International Asteroid Warning Network Initiated a Campaign to Monitor 3I/ATLAS
IAWNのキャンペーン開始に際して書かれたエッセイ。科学界が既成概念に固執することへの批判や、「証拠がないことの証明(Absence of evidence)」に関する彼の科学哲学が綴られています。

投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。 デジタルエンターテインメントの未来形がいかに人間の認知と感情に働きかけるかを分析し、テクノロジーが創造する新しい未来の可能性を追求しています。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…