KDDI総合研究所×京都大学、周波数変調型フォトニック結晶レーザーで6万km級「宇宙光通信」実証

[更新]2025年11月28日

KDDI総合研究所×京都大学、周波数変調型フォトニック結晶レーザーで6万km級「宇宙光通信」実証 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社KDDI総合研究所、京都大学大学院工学研究科・高等研究院、公立千歳科学技術大学の研究グループは、宇宙光通信向けの周波数変調型フォトニック結晶レーザーを開発した。

本研究により、従来のフォトニック結晶レーザーと比較して発振周波数変化量を2倍に増大させつつ、強度変動に起因する雑音を1/16に低減(強度変化量で1/4に相当)した。 宇宙空間での長距離通信を模擬した自由空間光通信実験では、光ファイバー増幅器を用いずに約6万km相当まで通信が可能であることを示した。

本光源では1Wの出力で88dB減衰時に0.5Gbps、81dB減衰時に1Gbpsの通信が成立した。 研究グループは、光出力10W級や4Gbps以上の伝送を目指し、月・地球間38万kmの大容量宇宙光通信への適用を今後の目標としている。

From: 文献リンク宇宙光通信に適した周波数変調型フォトニック結晶レーザーの開発に成功

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図:周波数変調型フォトニック結晶レーザーに基づく超小型・軽量・高効率光送信機の概念図
株式会社KDDI総合研究所公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

今回の成果は、「宇宙インターネット」の実現に向けて、光送信機そのものの姿を変え得るブレイクスルーです。 巨大な光学ベンチ一式を、フォトニック結晶レーザー1チップに押し込めようとする試みであり、従来は半導体レーザーに加えて光ファイバー増幅器や変調器、大口径レンズが必要だった構成を、超小型・高効率な形に置き換えようとしています。

周波数変調型フォトニック結晶レーザーは、内部に共振周波数の異なる2つの領域を設け、互いに逆向きの電流を高速に振る構造によって、「周波数だけを大きく振り、光強度はほぼ一定」に近づけているのが特徴です。 その結果、同じ変調幅を得るための電力を削減しつつ、強度変動に起因する雑音を大きく抑えられるため、長距離のコヒーレント光通信に適した信号源になっています。

宇宙光通信でこれが効いてくる理由は、「コヒーレントな周波数変調」が極端に弱くなった信号光からでも情報を読み出せる点にあります。 強度変調ではパワーが落ちるとすぐ限界が来ますが、周波数変調とコヒーレント検波の組み合わせなら、別の強いローカルレーザーと干渉させることで、ビームが1億分の1以下に減衰しても周波数の揺れを検出できます。 その積み重ねとして、今回の「増幅器なしで約6万km相当」という距離が実現しており、既報の約3.6万km級実証からさらに一段ステップアップした位置付けになっています。

この技術は「ネットワークのフロンティアがいよいよ地球圏の外側に向かい始め、そのキーデバイスが日本発ナノフォトニクスから現れている」ことを象徴しているように感じます。 6G以降では、低軌道衛星、静止衛星、月面拠点、深宇宙探査機までを含んだシームレスな通信インフラ構想が各国で進んでおり、その基盤には小型・軽量・低消費電力な光送信機が不可欠です。 周波数変調型PCSELが10W級出力と4Gbps級伝送に到達すれば、SDA規格クラスの宇宙光リンクをCubesat規模でも狙える可能性が見えてきます。

一方で、こうした狭ビーム・高感度のコヒーレント光通信は、軍民両用性の高さゆえにガバナンス面の課題も抱えています。 監視や軍事通信への転用リスク、衛星コンステレーションが増えるほど高まるサイバー攻撃や障害時の影響範囲など、技術だけでは解決しない論点も増えていきます。 また、地上応用として挙げられているライダーや高感度測距は、自動運転や気象観測などを支える一方で、「どこまで環境や人を常時センシングするのか」というプライバシーや倫理の議論も欠かせません。

それでもなお、フォトニック結晶レーザーのようなデバイスレベルの進化が、宇宙・地上を貫くデータの流れを変えていくことは間違いありません。 月・地球間光通信が当たり前のインフラになれば、月面ロボットの遠隔操作や、軌道上望遠鏡群からの膨大な観測データも、今のクラウドサービスに近い感覚で扱えるようになるはずです。 その未来像を想像しながら、「どのレイヤーで自分たちは関わり得るのか」を一緒に考えていけたらと思います。

【用語解説】

フォトニック結晶レーザー
フォトニック結晶と呼ばれる周期的なナノ構造を利用し、面垂直方向に単一波長のレーザー光を高出力かつ狭いビームで出射できる半導体レーザーの一種である。

周波数変調(Frequency Modulation, FM)
光の強度ではなく周波数を上下させることで情報を載せる変調方式であり、コヒーレント検波と組み合わせることで微弱な信号からも情報を取り出せる利点がある。

コヒーレンス(可干渉性)
レーザー光の周波数や位相が時間的に安定している度合いを示す概念であり、高いコヒーレンスを持つ光は干渉計測やコヒーレント通信に適している。

自由空間光通信(Free-Space Optical Communications)
光ファイバーなどの導波路を使わず、大気中や宇宙空間などの「自由空間」をレーザービームで伝送路として利用する通信方式である。

6G
第5世代移動通信システム(5G)の次世代となる移動体通信規格の総称であり、より高速・大容量・低遅延に加え、通信エリアを海上・空中・宇宙へ広げることが想定されている。

超小型衛星(Cubesatなど)
質量100kg未満、特に50kg以下の人工衛星を指し、10cm角単位のCubesatが代表例であり、低コストで多数打ち上げるコンステレーション構成に用いられることが多い。

チャーピング(Chirping)
半導体レーザーの駆動電流を変調した際に、キャリア密度と屈折率の変化を通じて発振周波数が時間的に揺らぐ現象であり、周波数変調の一因となるが同時に強度変化も伴う。

ビットエラーレート(Bit Error Rate, BER)
送信したビット列のうち、受信側で誤って判定されたビットの割合を示す通信品質指標であり、値が小さいほど信頼性が高いことを意味する。

SDA規格(Space Development Agency optical link spec)
米国Space Development Agencyが定める宇宙光通信リンクの仕様の一つであり、2.5Gbpsクラスのデータレートを想定した光リンク要件を含む。

Nature Photonics
光科学・フォトニクス分野を扱う国際科学誌であり、高いインパクトファクターと査読水準を持つジャーナルとして位置付けられている。

【参考リンク】

Nature Photonics 掲載論文ページ(外部)
周波数変調型高出力フォトニック結晶レーザーのデバイス構造と実験結果、10W級や4Gbps級への拡張可能性を詳述する原著論文である。

EE Times Japan 解説記事(外部)
フォトニック結晶レーザーを用いた自由空間光通信実験を技術者向けに詳しく紹介し、高減衰条件での通信成立メカニズムを説明している。

【参考記事】

KDDIと京都大学、月=地球間光通信も可能にする新レーザー技術(外部)
周波数変調型フォトニック結晶レーザーにより、増幅器なしで約6万km相当の通信を達成し、月・地球間光通信や4Gbps級伝送を視野に入れる成果を紹介するニュースである。

KDDIら、6万キロ先への光通信に成功–従来距離の2倍を達成(外部)
許容減衰量が2~3倍に拡大し、距離換算で1.5~1.7倍向上した点など、今回の実験結果を数値面から整理している解説記事である。

Demonstration of high-power PCSEL for long-distance FSO(外部)
高出力フォトニック結晶レーザーによる自由空間光通信実験を報告し、数万km級リンク相当の減衰条件での通信成立を示した既報論文である。

フォトニック結晶レーザーを用いた自由空間光通信(外部)
電子情報通信学会の研究会資料として、PCSELを用いた自由空間光通信の原理と過去の実験結果、今後の課題を技術者向けに整理している。

フォトニック結晶レーザーを使った光通信を実証=KDDIと京大(外部)
2022年時点の実証を取り上げ、PCSELが宇宙光通信やライダーに適する理由を技術背景と市場動向の両面からわかりやすく解説している記事である。

【編集部後記】

今回はかなりニッチな“部品レイヤー”の話ではありますが、こうした一つひとつのブレイクスルーが、数年後の当たり前のネットワーク体験を静かに変えていくのだと感じています。

もし、地球だけでなく軌道や月面までネットワークが伸びた世界で、自分はどんなサービスやプロダクトに関わってみたいか――そんなイメージを少しでも思い浮かべてもらえればうれしいです。 これからも一緒に、テクノロジーの進化が広げていく「未来の当たり前」を追いかけていけたらと思います。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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