Last Updated on 2025-05-23 15:47 by 乗杉 海
自動車業界の「ソフトウェア・ファースト」への転換点が、いま日本で静かに始まっている。2025年5月、パシフィコ横浜で開催された「人とくるまのテクノロジー展」に姿を現したのは、中国発のインテリジェントOS企業サンダーソフトだった。同社が披露した「AquaDrive OS 1.0 Evo」は、単なる車載システムの枠を超え、クラウドネイティブなAI協調機能を実装した次世代プラットフォームとして注目を集めている。
サンダーソフト株式会社(ThunderSoft)は、2025年5月21日から23日にパシフィコ横浜で開催された「Automotive Engineering Exposition 2025 YOKOHAMA」のブース番号2-249に出展し、日本市場向けの次世代スマートカー製品およびフルスタックソリューションを初公開した。
同社は2008年に設立されたインテリジェントOSおよびエッジAI製品・技術のグローバル企業で、2015年に深セン証券取引所に上場している。現在は世界40以上の都市に拠点を構え、従業員数は15,000名を超える規模となっている。2013年より車載分野に参入し、独自開発の次世代車両用オペレーティングシステム「AquaDrive OS」を中核とするスマートカー向けトータルソリューションを提供している。
展示では「ワンストップサービス」「AI/先進技術」「グローバル展開」をキーワードに、カーボンニュートラル対応、コネクテッドカー技術の革新、ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)の本格導入といった日本自動車業界の主要課題への取り組みを紹介した。
主力製品として展示された「AquaDrive OS 1.0 Evo」は、Qualcomm第4世代8775プラットフォームをベースに開発されたAIネイティブ設計のスマートコックピット用OSで、2025年4月に正式発表された。すでに複数のグローバルOEMと導入契約を締結しており、トヨタ自動車は本年の上海モーターショーでAquaDrive OS搭載のコンセプトモデルを展示している。
同システムは臨場感ある3D HMIによる直感的なUI体験、エッジ・クラウド・端末間のAI協調によるパーソナライズ機能、クロスドメイン対応のモジュールアーキテクチャ、高精度描画センサーやAIによる車内外の安全強化、グローバルエコシステムに対応した量産展開の容易さという5つの技術革新を実現している。
また、ルネサスエレクトロニクス株式会社と共同開発した軽量ZCU仮想化プラットフォームも発表された。このプラットフォームは、サンダーソフトのマルチチップOS対応技術とルネサスの高性能MCUを融合し、単一のECU上に複数の機能ドメインを効率的に統合可能とし、パフォーマンスを犠牲にすることなく設計の簡素化、BOMコスト削減、システム安定性向上を実現する
References:
サンダーソフト、人とくるまのテクノロジー展2025に出展 | ThunderSoft Japan
【編集部解説】
今回のサンダーソフトの日本市場参入は、自動車業界におけるソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)の本格的な普及期を象徴する重要な動きと言えるでしょう。同社の「AquaDrive OS 1.0 Evo」は、2025年4月に正式リリースされたばかりの最新プラットフォームで、トヨタが上海モーターショーでコンセプトカーに採用したことからも、その技術的な完成度の高さが伺えます。
特に注目すべきは、同社がルネサスエレクトロニクスとの協業により開発した軽量ZCU仮想化プラットフォームです。これは従来の分散型ECUアーキテクチャから中央集約型への移行を技術的に支援するもので、日本の自動車メーカーが抱える「複雑化する車載電子システムの統合」という課題に対する具体的な解決策を提示しています。
このプラットフォームの真価は、複数の機能ドメインを単一のECUに統合しながらも性能を犠牲にしない点にあります。従来であれば、コックピット系、ADAS系、車両制御系などがそれぞれ独立したECUで動作していましたが、これらを統合することでBOM(部品表)コストの削減と信頼性の向上を同時に実現できる可能性があります。
一方で、このような統合型アプローチには潜在的なリスクも存在します。単一障害点の増加、セキュリティ攻撃面の拡大、そして何より日本の自動車メーカーが長年培ってきた品質管理プロセスとの整合性確保が課題となるでしょう。
サンダーソフトが強調する「中立性」と「オープンソース」戦略は、これらの懸念に対する回答として位置づけられています。ソースコードの開示により、日本メーカーが独自の品質基準に基づいた検証と改良を行えることは、採用への心理的障壁を下げる効果が期待されます。
長期的な視点では、この動きは日本の自動車産業における「ソフトウェア人材の確保」という構造的課題を浮き彫りにします。ハードウェア中心の開発体制からソフトウェア中心への転換は避けられない流れですが、その過程で必要となる人材育成と組織変革は一朝一夕には実現できません。
グローバル市場での競争力維持という観点から見ると、サンダーソフトのような外部パートナーとの協業は、日本メーカーにとって時間短縮と技術習得の両面でメリットをもたらす可能性があります。ただし、コア技術の内製化能力を維持しながら外部リソースを活用するバランス感覚が、今後の成功を左右する重要な要素となるでしょう。
【用語解説】
SDV(ソフトウェア・ディファインド・ビークル):クラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など従来車にない新たな価値を実現可能な次世代の自動車。ソフトウェアによって自動車の主要な機能や性能が定義される。
ZCU(ゾーンコントロールユニット):車両を複数のゾーンに分けて制御する新しいアーキテクチャにおける制御ユニット。従来の機能別ECUから脱却し、物理的な配置に基づいてセンサーやアクチュエーターを統合管理する。
HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング):高性能コンピューティングの略称。車載環境では、カメラ、レーダー、ワイヤレスネットワークなどからの大量データを低レイテンシーで処理し、ADAS、インフォテインメント、コネクティビティ機能を実現する。
ADAS(先進運転支援システム):Advanced Driver-Assistance Systemsの略称。車両に搭載されたセンサーから周辺情報を取得し、自動ブレーキや車線制御などによりドライバーのヒューマンエラーによる事故回避を支援する技術。
仮想化技術:単一のハードウェア上で複数のオペレーティングシステムや機能ドメインを独立して動作させる技術。車載分野では、安全性を確保しながら複数の機能を統合するために活用される。
BOM(部品表):Bill of Materialsの略称。製品を構成する部品や材料の一覧表。車載システムの統合により、必要な部品数を削減してコスト低減を図る指標として使用される。
3D HMI(ヒューマンマシンインターフェース):立体的な表示技術を活用したユーザーインターフェース。車載環境では、直感的な操作性と視認性の向上により、ドライバーの認知負荷を軽減する効果が期待される。
クロスドメイン対応:従来は独立していた複数の機能領域(ドメイン)を横断して動作する技術。車載システムでは、インフォテインメント、ADAS、車両制御などの異なるドメインを統合的に制御することを指す。
【参考リンク】
サンダーソフト株式会社(外部)2008年設立のインテリジェントOSおよびエッジAI製品・技術のグローバル企業。車載OS「AquaDrive OS」を中核とするスマートカー向けトータルソリューションを提供している。
ルネサスエレクトロニクス株式会社(外部)半導体ソリューションを提供する日本企業。車載分野では高性能MCUを開発し、サンダーソフトと軽量ZCU仮想化プラットフォームを共同開発している。
人とくるまのテクノロジー展(外部)公益社団法人自動車技術会が主催する自動車技術の専門展示会。毎年横浜と名古屋で開催され、最新の自動車技術とソリューションが展示される。
Qualcomm Snapdragon Digital Chassis(外部)車載向けプラットフォームを提供するQualcommの製品群。第4世代8775プラットフォームは、AIネイティブ設計のスマートコックピット用OSの基盤として活用されている。