MIT コンピューターサイエンス・人工知能研究所の研究者らが「Meschers」ツールを開発した。主著者は博士課程学生のAna Dodikである。このツールはM.C.エッシャーの作品のような物理的に不可能な物体を2.5次元構造で視覚化・編集できる。
従来は3Dで再現する際に形状を曲げたり切断する必要があったが、Meschersは局所的に一貫した領域をモデル化し、全体的な一貫性を強制することなくエッシャー風の構造を組み立てる。測地線計算や熱拡散シミュレーションが可能で、コンピュータグラフィックスアーティストの創作支援にも活用できる。
シニア著者はJustin Solomon教授である。研究はSIGGRAPH 2025会議で8月10-14日(バンクーバー)に発表予定である。論文共著者にはAna Dodik, Isabella Yu, Kartik Chandra, Jonathan Ragan-Kelley教授, Joshua Tenenbaum教授, Vincent Sitzmann助教が含まれる。
From: MIT tool visualizes and edits “physically impossible” objects
【編集部解説】
この技術の革新性は、従来のコンピュータグラフィックスの根本的な制約を打破することにあります。これまで、エッシャーの絵画に登場するような物理的に不可能な物体を3Dで表現しようとすると、形状を曲げたり切断したりして特定の角度から見せる「トリック」に頼らざるを得ませんでした。しかし、そうした手法では照明を変更すると錯覚が破綻し、正確な幾何学計算も行えない問題がありました。
Meschersが採用する「2.5次元」というアプローチは、この分野における重要なブレイクスルーです。これは、x・y座標と隣接ピクセル間のz座標(深度)の差分を利用して、不可能な物体を間接的に推論する独自の手法なのです。
技術的に特筆すべきは「局所的一貫性」の概念です。ペンローズの三角形を例に取ると、各L字型の角は個別には3Dで実現可能ですが、全体を組み立てると物理的に矛盾が生じます。Meschersは、この局所的に一貫した領域をモデル化しながら、全体的な一貫性を強制しない巧妙な仕組みを採用しています。
この技術が切り開く可能性は多岐にわたります。幾何学研究者は「impossibagel」のような不可能な形状での測地線計算や熱拡散シミュレーションが可能になり、従来は数学的抽象概念でしかなかった現象を視覚化できます。アーティストにとっては、現実の物理法則に縛られない全く新しいクリエイティブ領域が開かれることになります。
特に注目すべきは「逆レンダリング」機能です。これにより、手描きのスケッチや既存の画像から高次元の不可能物体を自動生成できるため、デザイナーの創作プロセスが大幅に効率化されるでしょう。
ただし、現段階では課題も存在します。研究チームは使いやすいインターフェースの開発や、より複雑なシーン構築への対応を今後の課題として挙げています。また、知覚科学者との連携により、人間の認知プロセスとの関連性についても研究が進められている段階です。
長期的な視点では、この技術はVR・AR分野への応用が期待されます。現実では存在し得ない空間や建築物を体験可能にする技術として、エンターテイメントや教育分野での革新的な活用が見込まれています。
【用語解説】
2.5次元(2.5D):
3次元ではなく、2次元の画像に深度情報を付加した表現形式。従来の3Dと異なり、局所的な深度の差分のみを記録する。
局所的一貫性(Local Consistency):
不可能物体の小さな部分単体では物理的に実現可能だが、全体として組み立てると矛盾が生じる性質。
測地線(Geodesics):
曲面上で2点を結ぶ最短経路。球面上では大円の一部になる。
熱拡散(Heat Diffusion):
物体内で熱がどのように伝わり分散するかを計算するシミュレーション手法。
逆レンダリング(Inverse Rendering):
完成した画像や映像から、元の3Dモデルや光源設定を逆算して推定する技術。
離散外微分計算(Discrete Exterior Calculus):
連続的な微分幾何学を離散的なメッシュ上で扱うための数学的枠組み。
ペンローズの三角形(Penrose Triangle):
ロジャー・ペンローズが考案した、視覚的には三角形に見えるが実際には3次元空間で構築不可能な図形。
【参考リンク】
MIT Computer Science & Artificial Intelligence Laboratory (CSAIL)(外部)
MITの主要研究機関で、人工知能とコンピューターサイエンスの最先端研究を行う。
Ana Dodik研究ページ(外部)
Meschers開発の主著者であるMIT博士課程学生Ana Dodikの研究活動と論文を紹介。
SIGGRAPH 2025(外部)
コンピューターグラフィックスと対話技術の最高峰カンファレンス。Meschers論文発表予定。
MIT Geometric Data Processing Group(外部)
Justin Solomon准教授が率いる研究グループ。幾何学的データ処理とコンピューターグラフィックス研究。
【参考動画】
【参考記事】
Meschers: Geometry Processing of Impossible Objects(外部)
Ana Dodik研究者による論文公式ページ。技術的詳細と数学的基盤について説明。
MIT Tool Edits Impossible Objects – Mirage News(外部)
第三者メディアによるMeschersの報道記事。技術の重要性と影響について解説。
【編集部後記】
これまでデザイナーや研究者は、現実の物理法則に縛られた世界で創作や研究を行ってきました。しかし、Meschersのような技術が切り開く新しい創造領域について、どうお感じになりますか?
エッシャーの絵画を実際に触って操作できるとしたら、皆さんはどんなアートや研究に活用してみたいでしょうか。VRやARの進歩と組み合わせることで、私たちが体験できる「不可能な世界」はどこまで広がるのでしょうか。
一方で、現実と錯覚の境界が曖昧になることへの懸念もあります。この技術が悪用される可能性や、人間の認知への影響についても考えておく必要があるかもしれません。皆さんは、このような技術の発展をどのように見守っていきたいと思われますか?
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