VentureBeatは2025年8月23日、起業家でマーケターのスター・ホール氏による記事を掲載した。
記事は、AIライティングツールがエムダッシュ(—)という句読点を多用する傾向を指摘している。エムダッシュは長い水平線で、カンマ、コロン、括弧の代わりに使用される句読点である。ホール氏は、AIが「今日のペースの速い世界では」という表現や修辞疑問文、反復的頭韻法を頻繁に使用することも指摘した。
記事では、AIライティング使用時の実践的な3つのアドバイスを提示している。1つ目は人間が初稿を作成し、その後AIに修正させる方法、2つ目はエムダッシュなどのAI特有の表現を削除する方法、3つ目は自然な口調に戻す方法である。
ホール氏は、AIを完全に排除するのではなく、適切に監督することで効果的に活用できると述べている。
From: Busted by the em dash — AI’s favorite punctuation mark, and how it’s blowing your cover
【編集部解説】
この記事が示すAIライティング検出の議論は、実は2025年に入ってから急激に注目度が高まっている現象です。Rolling StoneやThe Ringerといった主要メディアも相次いでこの話題を取り上げており、単なる句読点の話を超えた社会現象となっています。
エムダッシュ検出の起源は、2025年2月頃にLinkedInの投稿とChatGPTのsubredditで始まったとされています。特に興味深いのは、Gen Z世代がエムダッシュを「ChatGPTハイフン」と呼び始め、ソーシャルメディア上でAI生成テキストを見分ける指標として広めたことです。
しかし、この現象を技術的な観点から深掘りすると、単純な指標として扱うことの限界も見えてきます。ChatGPT自体も「エムダッシュ単体ではAI生成の信頼できる指標ではない」と認めており、この傾向は2023年以前の初期AIモデルの名残りとされています。現在のAIシステムは膨大な人間の文章データで訓練されており、Meta社だけでも80テラバイト以上の著作権保護された書籍をトレーニングデータに使用しています。
この検出手法の限界は、文学の歴史を振り返ればより明確になります。エミリー・ディキンソンやフリードリヒ・ニーチェといった著名な作家たちが、表現に深みを与えるため長年エムダッシュを効果的に使用してきました。その結果、優れた文章ほどAI生成と誤判定されかねないという、まさに皮肉な状況が生まれています。これにより、書き手が表現の豊かさを追求する意欲を削がれかねないという、本末転倒な事態も懸念されているのです。
また、視点を日本に移すと、議論はさらに複雑な様相を呈します。英語圏におけるエムダッシュのように、日本語の文章生成AIにも特有の「癖」は存在するのでしょうか。専門家の間では、不自然な読点(、)の頻度、特定の接続詞(「また」「さらに」「一方で」など)の多用、あるいは文脈にそぐわない体言止めの使用などが指摘されることがあります。しかし、これらもまた決定的な証拠とはなり得ません。
教育分野では、学生の課題評価において単純な句読点チェックに依存する危険性が警告されており、より包括的なAI検出システムの必要性が議論されています。このような状況は、人間とAIの境界線を見極める新しいスキルの習得が求められることを意味しています。
この件における本質的な課題は、表層的な特徴でAIか人間かを判別することではなく、生成された文章の品質と信頼性をいかに見極めるかという、より高度なAIリテラシーの獲得にあると言えるでしょう。
【用語解説】
エムダッシュ(Em dash)
長い水平線(—)の形をした句読点で、カンマ、コロン、括弧の代わりに使用される。文字「M」の幅と同じ長さに設定されているため、この名前が付いた。文章に劇的な間や強調を加える際に用いられる。
エンダッシュ(En dash)
エムダッシュより短い水平線(–)で、文字「N」の幅程度の句読点。主に数字の範囲(例:2020–2025)を表すために使用される。
ChatGPTハイフン
Gen Z世代が作った俗語で、エムダッシュを指す。AIが頻繁に使用することから、AI生成テキストの証拠として扱われている現象を表現した言葉。
HAL 9000
映画『2001年宇宙の旅』に登場する架空のAI。記事では、感情のない機械的な文章を書くAIの比喩として使用されている。
RuPaul’s Drag Race
アメリカの人気リアリティ番組。記事では、AIのエムダッシュ多用を「悪いウィッグがバレる瞬間」に例えて使用している。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTの開発元である人工知能研究企業。大規模言語モデルの開発と商用化で業界をリードしている。
【参考記事】
‘ChatGPT Hyphen’: Are Em Dashes a Giveaway of AI Writing?(外部)
Rolling Stoneが2025年4月11日に掲載した記事で、エムダッシュがAI検出の指標として使われている現象を詳しく分析。
Some people think AI writing has a tell — the em dash.(外部)
Washington Postが2025年4月9日に公開した記事で、エムダッシュを「ChatGPTハイフン」と呼ぶ現象の起源と文学的背景を解説。
Stop AI-Shaming Our Precious, Kindly Em Dashes—Please(外部)
The Ringerが2025年8月20日に掲載した記事で、Meta社が80テラバイト以上の書籍をAI訓練に使用している事実を報告。
Em Dashes, Hyphens and Spotting AI Writing(外部)
2025年6月25日の記事で、エムダッシュ検出の限界を技術的観点から分析し、検出手法の持続可能性の問題を指摘。
What the Em Dash Says About AI-assisted Writing—And Us(外部)
2025年7月16日の記事で、エムダッシュ論争が示すAIと人間の協働における深層的な問題について考察している。
【編集部後記】
皆さんはAIライティングを使う時、その独特な文体に違和感を感じたことはありませんか?どこか堅すぎる表現や不自然なリズムなど、それはもしかするとAIの「指紋」かもしれません。
今回取り上げたエムダッシュ問題は、まさに私たちがAIと共存する時代の興味深い一面を映し出しています。これからのライティングでは、AIの便利さを活かしながらも、いかにして自分らしさを保つかが重要になってきそうです。
みなさんはAIをどのように使いこなしていますか?そして、人間らしい表現とは何だと思いますか?ぜひSNSでご意見をお聞かせください。