MITのLincoln Laboratory Supercomputing Center(LLSC)が2025年10月2日、TX-Generative AI Next(TX-GAIN)コンピューティングシステムを発表した。
TX-GAINは米国の大学では最も強力なAIスーパーコンピューターであり、TOP500のランキングに認定された。システムは600台以上のNVIDIAグラフィックス処理ユニットアクセラレーターを搭載し、2 AI exaflops(1秒あたり200京回の浮動小数点演算)のピーク性能を持つ。
マサチューセッツ州ホリヨークのデータセンターに設置され、2025年夏にオンライン化された。生成AIに最適化されており、生物防衛、材料発見、サイバーセキュリティなどの研究開発に活用される。Lincoln Laboratory FellowのJeremy Kepnerが統括し、MITキャンパスのHaystack Observatory、Center for Quantum Engineering、Beaver Works、Department of Air Force–MIT AI Acceleratorとの研究協力を強化している。
LLSCが開発したソフトウェアツールは、AIモデルのトレーニングエネルギーを最大80パーセント削減できる。
From: Lincoln Lab unveils the most powerful AI supercomputer at any US university
【編集部解説】
このニュースで注目すべきは、大学という学術機関が保有するAIスーパーコンピューターとして全米最高性能を達成した点です。TX-GAINの2 AI exaflopsという性能は、1秒間に200京回(2×10の18乗)の浮動小数点演算を実行できることを意味します。これは従来の研究環境では不可能だった規模の計算を可能にします。
特筆すべきは、このシステムが生成AIに特化して設計されている点でしょう。従来のAIが「分類」に重点を置いていたのに対し、生成AIは全く新しいデータを創出します。記事では補間と外挿の組み合わせと説明されていますが、これは既存のデータパターンから学習し、そのパターンを応用して未知の領域へ展開する能力を指しています。
実用面では、タンパク質の相互作用モデリングにおいて従来よりも大規模かつ複雑な分子構造を扱えるようになり、生物防衛分野での応用が期待されています。また、レーダー署名の評価、気象データの補完、ネットワークトラフィックの異常検知、新薬・新材料の設計など、多岐にわたる研究領域での活用が進んでいます。
興味深いのは、LLSCが「対話型スーパーコンピューティング」という概念を推進している点です。通常、スーパーコンピューターの利用には並列処理の専門知識が必要ですが、LLSCは「ラップトップで作業するような感覚」を目指したユーザーインターフェースを開発しています。これにより研究者は技術的なハードルを越えて、本来の研究に集中できる環境が整っています。
エネルギー効率への配慮も重要な要素です。AIモデルのトレーニングには膨大な電力が必要とされますが、LLSCが開発したソフトウェアツールは最大80パーセントのエネルギー削減を実現しています。これは環境負荷の軽減だけでなく、運用コストの削減にもつながる重要な技術革新といえます。
TX-GAINは単独の研究施設ではなく、MITキャンパス内の複数の研究機関や米国空軍・宇宙軍との連携プラットフォームとしても機能します。特にDepartment of Air Force–MIT AI Acceleratorとの協力では、グローバル規模でのフライトスケジューリング最適化など、実戦配備された成果も出ています。
歴史的な文脈も見逃せません。1956年のTX-0、1958年のTX-2というトランジスタベースの初期コンピューターから続く命名法を継承しており、人間とコンピューターの相互作用、そしてAI研究における70年近い系譜の延長線上に位置づけられています。
【用語解説】
AI exaflops
AI処理に特化した浮動小数点演算性能の単位である。1 exaflopsは1秒間に10の18乗回(100京回)の演算が可能で、AI専用の計算処理に最適化されている。
TOP500
世界のスーパーコンピューターの性能ランキングを半年ごとに発表する国際的なプロジェクトである。計算速度や効率性などの指標で評価される。
NVIDIA GPU
NVIDIA社が開発するグラフィックス処理ユニットである。並列処理に優れ、AI計算やディープラーニングに広く使用されている。
対話型スーパーコンピューティング
専門的な並列処理知識がなくても、直感的にスーパーコンピューターを操作できるシステムである。研究者の利便性を向上させる。
補間と外挿
補間は既知のデータ点間の値を推定する手法、外挿は既知の範囲を超えた値を予測する手法である。生成AIの基本的な動作原理となる。
【参考リンク】
MIT Lincoln Laboratory(外部)
マサチューセッツ工科大学の研究開発機関。国防技術から民生技術まで幅広い分野で先端研究を行っている
Lincoln Laboratory Supercomputing Center(外部)
MIT Lincoln Laboratoryが運営するスーパーコンピューティング施設。研究者向けの高性能計算環境を提供
TOP500(外部)
世界のスーパーコンピューター性能ランキングを定期的に発表する国際プロジェクト
NVIDIA(外部)
GPU(グラフィックス処理ユニット)の世界的リーダー企業。AI・機械学習分野でも高性能ハードウェアを提供
MIT Haystack Observatory(外部)
MITが運営する電波天文学研究施設。宇宙観測技術の開発と研究を行っている
【参考記事】
Lincoln Laboratory unveils the most powerful AI supercomputer at a U.S. university(外部)
TX-GAINを開発したMITリンカーン研究所の公式サイト。今回の記事の一次情報源。
HPE Deploys TX-GAIA Supercomputer at MIT Lincoln …(外部)
TX-GAINの前世代機「TX-GAIA」の導入に関する記事。AIとHPCの融合による研究基盤の進化の背景理解。
New Tools Are Available to Help Reduce the Energy That AI …(外部)
MITリンカーン研究所が開発するAIの省エネ技術に関する記事。TX-GAINのエネルギー効率への取り組みを補足。
【編集部後記】
TX-GAINのような超高性能AIシステムが大学という学術機関に登場したことで、これまで企業や政府機関に限られていた最先端AI研究の境界線が変わりつつあります。私たちの日常生活に直結する医薬品開発や気象予測、さらには未来の材料科学まで、その影響は計り知れません。
皆さんは、このような技術革新が社会にもたらす変化をどう捉えていらっしゃいますか?また、AI技術の急速な進歩に対して、私たち一人ひとりがどのような姿勢で向き合っていけばよいとお考えでしょうか。ぜひご意見をお聞かせください。